撤退の農村計画
過疎地域の現実を直視したもうひとつの提案


 人口減少社会、特に過疎高齢化が進む中山間地域において、すべての集落を現地で維持するのは不可能に近く、活性化の取り組みがうまくいっている地域はよいですが、その活力さえ失っている地域もあるのが現状です。このまま放置すれば農山村の未来はどうなるでしょうか。
 手遅れになる前に、持続的なコミュニティと生活・環境・文化の保全を目指す一方策として、このたび『撤退の農村計画』をまとめました。
 今回のセミナーではその中から、「積極的な撤退」について詳しく解説いただくとともに、既往の活性化対策の難しさや、集落移転に関する話、移転を流域で検討する可能性、集落診断士についての説明をしていただきました。概要をレポートします。

※なお当日、セミナーの模様を編集部ツィッターで実況中継いたしました。ハッシュタグ#tettaiで、議論が継続しています。


2010.11.12
撤退の農村計画
過疎地域の現実を直視したもうひとつの提案

林直樹・齋藤晋・西村俊昭・前田滋哉・山崎亮

「撤退の農村計画」が描く戦略的再編―「積極的な撤退」の解説を中心に
林直樹先生

まず林先生から、撤退の農村計画の「底流にあるもの」についての解説があった。
人口増加時代から人口減少時代に転換した今、アクセルを踏み続けるのではなく、ブレーキを踏むことも考えねばならない。「何が足りないか」から「何を諦めるか」という検討が必要。
計画にあたっては、目標、手段、状況という3拍子で考えることが大切だという。
まずは目標を立て、状況を判断し、手段を構築するという進め方だ。状況判断だけではどうしたらいいか分からないし、目標設定だけでは精神論になる。手段の構築ばかりすると、目標が動いて、どうであれ「成功」ということになってしまう。
過疎地域の現状は両極端である。一般的な過疎化対策として、若い世帯の農村移住、定年帰農、二地域居住といった活性化策が取られるが、それがうまくいかない地域では散発的離村が見られる。0か100かではなく中間を考えることも必要である。つまり集落移転だ。そうすることで地縁が維持でき、置き去りにされない。さらに拠点集落をつくってマンパワーを集約し、人材育成ができないだろうか。
自然環境も両極端で、水田が維持できない地域は耕作放棄地になってしまう。その中間策として放牧が考えられる。草地を維持しておけば、すみやかに修復可能なため、現状維持は無理であっても潜在力は残したい。
森林も同様で、林業振興策がうまくいっていればよいが、そうでない場合は荒廃人工林となっている。中間策として、広葉樹導入すれば、表土の流出が防止できる。この中間策がこれまで議論されてこなかったのだ。

そして、『撤退の農村計画』の本について、概要の紹介があった。
本書で掲げる積極的な撤退とは、未来に向けての選択的な撤退であり、進むべきは進む、引くべきは引いてきっちり守るという考え方だ。30〜50年先を見据えた計画である。
「すべての過疎集落を維持すべき」「衰退はありえない」という主張は現実的ではないし、「過疎集落の住民は問答無用で都市に移転させるべきだ」「何もかも自然に戻せ」「何もせず、このまま消滅させるべき」というのも反対だ。
正攻法を否定しないが、それですべてを守ることは困難だろう。撤退は敗北ではなく、来るべき農村時代に向けた力の温存だと考えている。そのプロセスにおいては「誇りの再建」が重要となる。
今後の展開として、次の点が挙げられる。
 ・法律や補助の改善:森林法、過疎地域集落再編整備事業など
 ・意思決定の支援:集落診断士の確立
 ・移転前後の心のケア:現代山村型鍼灸師の確立
 ・メニューの多様化:介護施設と一体化した集合住宅など
 ・跡地の管理:組織化、バイオマス利用など
 ・種火集落:技術の仕分け、支援の中身の検討
 ・医療の集約化:絶対防衛圏の設定など
 ・影響調査:水循環、生物多様性、財政など

空き家を利用した農村移住の現実
西村俊昭先生

西村先生は2年前に農村へ移住された。そのときの苦労も交え、若い世代の農村移住についてまとめていただいた。
農村移住願望は20代では30%ほどある。これは大きな数字だ。
一方、地方における空き家の状況として、1980年に130万戸(空き家率7%)だったものが、2020年には460万戸(空き家率18%)になると予測されている。
双方のニーズをつなぐ団体として、地方自治体が運営する空家バンクがある。しかし空家の活用は進んでいないのが現状だ。その主な要因として、貸手側からは「法事で利用する」「仏壇の管理」「改修費用」「信頼関係の構築が困難」といった問題が挙げられ、移住側からは「農村ルールの把握が難しい」という声などがある。
また地方を中心に、公立学校の廃校(年400校)や、小児科・産婦人科の減少(15年で40%減)がみられることからも、若い世帯の移住は簡単ではない。

平成の集落移転に学ぶ
齋藤晋先生

書籍にも登場する、鹿児島県阿久根市本之牟礼地区の事例(1989年)が紹介された。10世帯(人口24人)のうち7世帯が集団移転、3世帯が市街地へ移転している。
ここでは住民の希望から移転計画が立てられた。総務省の過疎地域集落再編整備事業(本之牟礼地区での実施時は国土庁の事業だった)を利用している。
本之牟礼地区の人口は減少の一途をたどっていたが、余力を残した状態での、先見の明をもった移転である。
移転先決定の合意決定には手間取ったが、移転先が同じ寺の檀家でもともと親しかったこともあり、移転後のトラブルは特にないという。仲間がいる、元居住地と似ているということが評価されており、距離的にも近く、まとまった場所への移転であることがよかった点であろう。
跡地管理に関しては、土地管理面でのトラブルはないが、道路の撤収がまだなされておらず、そういった点で財政的な効用はみられない。
これ以外に、秋田県湯沢市(旧皆瀬村)の事例(1993年、4世帯)が紹介された。

流域を考慮した集落移転の可能性
前田滋哉先生

防災や水質環境、生態系保全の観点からみて、上流(主に過疎集落がある場所)の影響は下流に伝播する。そのため、流域の住民は運命共同体とも言える。集落移転を検討する際に「流域」を考慮するという、自然科学的なアプローチについて可能性を述べていただいた。
実際に集落移転を流域レベルで行った事例はないが、京都府北部にある北近畿タンゴ鉄道の30個の駅周辺でシミュレーションを行っている。
移転先候補は、これまで医療、交通利便性、雇用など、合意形成が得やすい条件で検討されていた。
流域を考慮した積極的撤退により移転元の管理を行えば、自然災害の防止、水質環境・生態系保全といった長期的な側面でのメリットも考えられるため、合わせて検討されることが望ましい。

集落診断士とは何か
山崎亮先生

集落には様々な悩みがあるので、人が入っていく必要がある。また、全ての集落に活性化はしんどい。そこで、ある一定の基準で診断していく人材として「集落診断士」を提案している。これは、ヒアリングして一緒に対策を練っていくという姿勢をもつ中小企業診断士にヒントを得たものである。
「集落診断士」は、集落の実態を概観し(健康診断)、詳細な調査が必要な集落を特定し(集落カルテづくり)、集落へ入って具体的な対応策を実施する(予防・治療・撤退)役割を持つ。1人では限界があるので、仲間と協力することで10〜15集落をみることができる。各集落には、住み込みの「集落サポーター」が個別の問題に取り組み、さらに学生・ボランティアなどの協力を得るという仕組みだ。
集落診断士に求められる能力は、GIS等のデータを分析できることと、集落の人に問診できること。集落診断士は、物理的条件や住民のやる気などを分析したレーダーチャートで集落を概観し、サポートすべき集落を特定する。そして、住民と徹底的に話し合って方策を決定し、集落の安全安心を実現するというものだ。
集落支援の財源は、@当該集落、A出郷者、B行政、C都市居住者、D既存制度の組み換えなどから捻出することが考えられる。

   * * *

最後に、会場にお越しいただいていた著者の一人、永松先生が少しお話してくださいました。
永松先生は、民俗学が専門で、宮崎県椎葉村を30年ほど見てこられた。何とか残したい、活性化しようと努力してきたが、限界も見えている。26地区あった神楽も現在では5、6箇所のみ。小学校も数人しかおらず、統合されている状況だ。
1箇所に残すというだけでなく、住民によっては移転をしたほうがよいかもしれないし、選択的な撤退もあってよいと思う。対策を考えねばならない時期に来ている。


質疑応答

Q:流域を単位にするメリットについて聞かせてください。防災・生態系と言われても実感できないと思うが、移転後の跡地管理に役立つのか?
A(前田)
同じ流域には、山林の植生や獣害にもつながる水の流れがあるので、それがメリットとなる。

Q:集落移転の事例について、秋田県のケースでもともと発案者は誰か。
A(齋藤)
4件の集落だが、住民4人(全世帯)が発起人。

Q:集落診断士と、総務省の「集落支援員」との違いは?
A(山崎)
ほぼ同じだが、活性化させるのが「支援員」と思われがち。積極的な撤退も視野に入れ、全てを活性化させるのではないという点で「診断士」としている。
集落支援員は、役場のOBや地元で役をしていた人が一定の年収をもらいながらやっている場合が多いが、集落診断士は、データに基づいて分析したり、住民との話し合いをしていく。基本的に外部の人間。何ができるかを明確にし、いずれは資格のようなものにしたい。

Q:戦略的撤退は30年先を見据えたものだということだが、経済が伸びている時と縮小している時では違う。移転先の経済対策も同時に必要だと思う。移転先も衰退することを考えると、人口15万人程度の所に移転する必要があるだろう。移転先の経済対策はどう考えているか。
A(林)
もちろん撤退先の経済・生活空間がこの先も成り立っていかなければならない。我々が目指すのは国土再編であり、都市農村にこだわらずやっていきたいと思う。あくまでも農村が基点であるが、都市計画的な考えも取り入れたい。

Q:3千のレーダーチャートを集めたということだが、「健康的でない集落」と分析された地域に実際に入っていったときの実感と、そこでの対策は?
A(山崎)
レーダーチャートから優先的に入っていくべき集落を検討するが、これは住民代表へのアンケートに基づくものなので、実際とのイメージが違うことも多い。集落に入ると徹底的にヒアリングを行って本音を聞きだし、個々の悩みについて具体的に話し合うという解決の仕方から、集落の今後を考えていく。そうすることで現状や未来像が明らかになり、30年先のことが考えやすい。
我々は判断材料を提供するだけで、最終的に決定するのは住民。

Q:集落診断士と住民の「何を残し、何を諦めるか」という判断がずれることはないのか。集落診断士の仕事は、移転先の暮らしについても範疇に入っているか。
A(山崎)
撤退は最後の選択肢だが、住民が将来に対する希望が見えない場合が多い。
ネガティブになりがちなので、データだけで判断するのではなく、事例を示しつつ最終的には住民が判断する。そこで注意しなければならないのは、活性化・撤退の両方について、フラットに情報を提供することだ。どちらかに誘導するような説明の仕方ではダメ。
気持ちよく話し合いが出来る場づくりと、モチベーションを高めさせることが重要。
A(齋藤)
居続けることで失うものもあるという点も考慮に入れたい。
紹介した事例の移転先では、家庭菜園などで農業活動が持続的にできるよう工夫している。コミュニティが残っているのも集落移転の利点。
集落移転は最終手段ではあるが、それによって残せるものもある。体力がある段階で移転することが大事。

Q:移転に際する費用便益については?
A(齋藤)
道路維持管理費などインフラ部分での便益はありそうだが、これからの課題。秋田の事例では、除雪費が軽減されている。
A(林)
雪国では除雪作業にかかる費用が大きいので、そこでのメリットは大きそう。

Q:流域については自然のみでなく「文化圏」も形成していると思う。文化圏の単位でも移転を考えていくとリスク分散や効果もあるのでは?
A(永松)
流域には山から海への広域な文化圏がある。一方、塩の道、通婚圏など峠に沿った文化もある。共通の文化を持つということは、話もしやすいだろう。どことつながりがあるか、という事前調査が重要だ。
広域合併についても、そういった文化的な単位を無視した場合が多く、問題がある。

Q:高齢者のなかには、このまま静かに過ごしたい、移転したくないと思う人が多いのではないか。
A(西村)
集落の人と実際に話をすると、70歳を過ぎたら撤退も活性化もない、という状況ではある。判断は住民に委ねられるが、我々の世代は議論をしなければならないと思う。
一方で「看取る」というセラピー的な対策も考える必要があるかもしれない。


参加者アンケートより


撤退を視野に入れることは「賛成」というよりも、「必要」と認識しています。しかしそれ以上に今必要なことは、撤退先を整えることです。会場からの発言にもありましたが、それは国土計画、農業政策の課題です。撤退先の環境を魅力的な集落に再編成する計画とその事業化が緊急の課題です。
もう一方の会場からの発言があったように、民俗学的アプローチを含めて、新しい地域社会の構築を目指す長い道のりを視野に入れることが必要です。
撤退先の選別の過程では、小集落の自然死(安楽死)が避けられないし、重要な課題であると考えます。あえて撤退させるのではなく、安楽死させる方法も備えるのが「やさしい考え方」だと思います。
いずれにしても、我が国の農業を再生することが全ての前提条件になります。セミナーでは農業に関する話が無かったのが残念でした。

仕事で都市計画や景観に携わっていますが、どうすれば人がイキイキと暮らしていけるのか、どうすれば地域コミュニティの再生ができるのかその答えを探しています。
集落の人が抱える事情はそれぞれ異なることから、答えはひとつではないとは思いますが、著者のみなさんの言葉にそのヒントが含まれていたように思います。
中でも実践されている山崎さんのお話はリアルで、説得力があり、エネルギーが伝わってきました。大変貴重な時間でした。ありがとうございました。

書籍にない集落移転の話を聞けてよかった。秋田県出身なので、とても身近な話に感じた。
ゼミでこの本を紹介した時に、先生に、「よその人が、集落に住んだことのない人が話しているんだろ」と否定的な意見を言われたけど、集落に入っていっている人がいると知れてよかった。

タイトルを見たときは、ネガティブなイメージでしたが、参加して話を聞いてみると、積極的な撤退という新しい選択も必要だと思いました。
仕事上、活性化という面だけで地域に入ることばかりなのですが、集落によっては撤退という考え方も必要、それを診断する集落診断士にも興味を持ちました。

「撤退の農村計画」という言葉はセンセーショナルで、当該分野に対する問題意識を広める事には大きく寄与すると思う。しかし、本日メンバーの方々の話を聞いて思った事は、皆さんの思いとしても、撤退が全てではなく、むしろ問題とされている事は「衰退農村の将来計画」と言った方が妥当なのではないか。「撤退」という言葉は強く世論に影響する可能性があり、そうした意味で功罪両方のある書籍ではないかという印象を受けた。

「撤退の農村計画」のインパクトに惹かれ、興味深く聞かせて頂きました。
終始、地理学の分野にいる立場の者として、実際にどう支援できるだろう? という視点で考えていたのですが、地域(村落)に対する診断の材料になるノウハウ(例:GISと地域調査よる診断)は蓄積されているので、少なくとも物理的な環境の診断については支援可能だろうかと感じました。一方で、「社会貢献に乏しい学問」と言われてもいるので、人材育成の場があれば、地理学の人間をうまく送り込んだりすることはできないかな? と考えてみました。個人的には「勇気ある撤退」は必要だと思いますが、山崎さんのおっしゃっていた「文化や芸能のアーカイブはどうするの?」といった点に関心をもちました。「そこでしかできないもの」をいかなる形で残していくか。撤退をしたとしても、集落があった場所は風化しながらも残り続けていく。移転した住民とともに、どう継承、保存させていくか。移転先の地域デザインにも反映させる方法を模索する考え方もアリなのかと思います。

農村集落の撤退−活性化が叫ばれている中で、集落を維持できるかとなると、どうしても仕事との関わりを考えざるを得ないので、困難なコーディネートであることを感じています。
ワークショップなどで積み重ねによって充実して行くように、その後の観察と目標や、社会情勢の変化に応じた対応や先を読めるような方針、方策も導き方が難しいと思います。

以上、ありがとうございました。

(まとめ:編集N)




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