都市観光の新しい形
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主題解説

都市観光の新しい形

「観光まちづくり」の展開

JUDI関西フォーラム委員長 金澤成保

 

 

なぜ、都市観光なのか?

 JUDI・関西は、今年、都市観光をテーマにフォーラムをおこなうことにした。

 都市観光は、名所旧跡や大自然などを訪れるこれまでの観光とは大きく異なるツーリズムの新たな可能性を拡げつつある。さらに、都市経済のソフト化、雇用の創出、都市間競争の激化、地方自治の拡大、人口減社会の到来と定住から交流へのシフトなど、政策課題の面でも、観光が多くの都市で今日的なテーマになっている。

 地域のレベルに視点を移すと、集客施設の誘致や観光ビジネスの振興、旅行業者によるパッケージ・ツアーなど、いわば「上から」「外から」の観光開発とは大きく異なり、地元の人々が自らのまちや暮らしを誇りに思い、他者を招き入れともに楽しむ「観光」が、いま広がりつつある。こうした、いわば「下から」「内から」の観光振興、地元による地元のための新しい「観光」を通じて、地域に対する愛着、アイデンティティがはぐくまれ、まちの活性化と新たな都市文化の創造がはかられるのではないか。「まちおこし」「まちづくり」が、新たな展開をみせるのではないか。

 

フォーラムと小論

 このような観点から、このフォーラムでは、先進的な事例や関西でのユニークな取り組みの報告をふまえ、これからの都市観光とそれと連動するまちづくりのあり方、都市計画、環境デザインが取り組むべき課題を議論することにした。

 この小論では、フォーラムでの議論の前提となる観光そして都市観光に関する主な知見や論考を紹介するとともに、観光を通じた「まちづくり」の今後の展開について私見を述べることにしたい。

 

観光とは?

 観光を簡潔に定義すれば、変化を経験するために、家から離れた場所を自発的に訪れる、一時的な余暇活動といえるだろう(ヴァーレン・スミス1977)。

 わが国所管官庁の観光行政の定義に照らせば、観光とは、日常生活圏を離れた環境での行動で、鑑賞・知識・体験・活動・休養・参加・精神の鼓舞などを目的とする生活に変化を求めるレクリェーションといえる。

 観光について、より本質的な論考を著したディーン・マッカネル(1976)によれば、現代観光は、近代社会で神秘化した真正性(本物)を求める近代人の典型的な行為としている。近代社会の構造的な本質である社会のあらゆる局面や制度が細分化・専門化して複雑に絡み合う傾向は、近代社会のあらゆる部分に他人に開放される表領域と、他人に隠蔽される裏領域とが分離され、この隠蔽された裏領域の「ありのままの姿」が、「神秘化した真正性」とみなされる。この「近代社会で神秘化した真正性」を覗き見ようとするのが現代観光であり、近代の疎外の中で、もう一つの世界を求め、本当の自分を見つけ出そうと人は旅に出ると論じている。

 わが国の伊勢参りやカソリック諸国に見られる聖地巡礼が、観光の起源の一つとされるが、ネルソン・グラバーン(1977)によれば、観光という時間の構造は、世俗的な時間をストップさせ、聖なる時間を作り出す儀礼、「聖なる旅」の構造ときわめて類似しているとしている。

 近年の論考では、ジョン・アーリ(1990)が、現代観光は、個人の日常と非日常の根本的差異の上に成り立っているとしている。観光の「眼差し」とは、日常から離れた異なる景色、風景、町並みなどに対して視線を投げかけることであり、ロマンチック対集団的、真正対非真正、歴史的対現代的の対比を背景としてもたらされるとしている。

 山下晋司(1996)は、観光という活動は、慣れ親しんだ空間から見慣れぬ異空間に移動すること、日常から非日常への移行で旅行者の求めるのは「変化の経験」であるとし、交通の発達ともあいまって、新しい知覚のありようと新しい地球の認識のしかたをもたらしている、としている。

 時間と金銭の消費ともいえる観光行動を誘発するメカニズムには、目的地についてのイメージが組織的に生産、供給され(山中速人1992)、「疑似イベント」が仕掛けられることがある(ダニエル・ブーアスティン1964)。

 以上の知見を簡潔にまとめると、観光とは、日常からの離脱と非日常の体験、新たな世界・本物、そして自己の再発見、イメージによって仕掛けられる消費行動といえるだろう。

 

都市観光とは?

 都市観光とは、都市においておこなわれるツーリズムであるが(C.ロウ1993、S.ペイジ1995)、その内容について須田寛(2006)は、都市やまちそのもののもつ特色、そこに集積された独自の文化、景観を探るとともに市民との交流を通じてまちづくりの原点にふれる観光としている。

 さらに詳しく、都市観光とは、魅力ある近代的・現代的都市機能などを享受するためにおこなう日常生活圏を離れた余暇活動のことである。ホテル・旅館などの宿泊・大型高級店・土産物品店などでの買い物、飲食店などでの食事、都市建築・構造物の視察、芸術の鑑賞、演劇などの鑑賞、博物館への入館、会議・見本市・展示会・祝賀会への参加、スポーツの見学など、さまざまな目的が存在する。一般に、観光対象には自然的なものではなく人工的なものが多く、したがって人工的観光対象立脚型観光地を形成し、またそれによって成立するとしている(「観光学辞典」1997)。

 この定義が従来の都市観光のとらえ方を反映しているのに対し、「地域や交流の視点」から貴多野乃武次(2005)は、「異日常の旅」が都市観光であり、ホストは住民で、彼らのライフスタイルが、ゲストである旅人のモデルとなる。都市は、古来「ライフスタイルの展示場」であり、そのことの魅力が都市に多くの人を住まわせ、多くの人を引き付けてきた。魅力の本質は「舞台」にあるのではなく、「経験」の上演にある。都市は住民とビジターが交流する場である。それぞれの都市に固有のライフスタイルを構築することが大切で、ビジター・アトラクションづくりではないとしている。

 木村尚三郎は、都市観光を成功させる秘訣を、「住んでよし、訪れてよしのまちづくり」としている。

 これらの論考をまとめると、都市観光とは、固有の都市性、都会性との触れあい、集積されたエンターテイメントやサービス、さらに生活情報の享受、その都市独特の景観、環境、文化、ライフスタイルの発見、その地の人々との交流・連帯、あるいはコミュニティへの擬似的参加を求めたレクレーションといいかえることができるだろう。

 

観光をめぐる新たなトレンド

 つぎに、観光のあり方をめぐってみられる最近の変化や今後のトレンドについて概観してみよう。先に紹介したジョン・アーリ(1990)は、ポストモダン(脱近代)の浸透によって「観光の眼差し」も変容するとしている。ポストモダンは「境界の溶解」をもたらし、観光についても娯楽と学習、商業主義や消費文化の「境界の溶解」がはじまるとしている。

 安村克己(2002)は、観光の新しい形態として、エコ・ツーリズム、エスニック・ツーリズムに加え、スペシャル・インタレスト・ツーリズム、すなわち観光者が個人の関心に基づき、体験学習を目的として、ときにテーマの専門家を解説者として伴うような観光が登場してきており、新しい観光の本質は「学習」と「交流」としている。

 新たなライフスタイルを提示する都市開発が、大都市では都市観光の核となりつつある。大阪OBPのツインタワーオープン時には、市内外からの見学者が殺到し、テナントのマクドナルドは、西日本最高の売り上げをあげたといわれる。最上階までの初の吹き抜け空間を創り出した新宿NSビルもオープン当初、多数の見学者が来館した。2007年のゴールデン・ウィークの期間中、観光施設である東京タワーの来場者数が18万人、上野公園84万人、東京ディズニーリゾート74万人、USJが30万人であったのに対し、大規模都市開発のプロジェクトである東京ミッドタウンでは150万人、新丸ビル122万人、六本木ヒルズでは140万人の来館者が押し寄せている。

 世界に目を向けても、観光の形態、目的の多様化が見てとれる。「ゆっくり」、「ゆったり」のバカンスと旅、「スローフード」運動の進展、セレブなリゾート、贅沢な宿泊施設・サービスの広がり、パッケージツアーから個人、家族、友人との旅行へのシフト、見学だけでは飽き足らない、体験、参加と交流、「地元に馴染み、地元に役立つこと」さえ求める傾向、「ニッチ」な旅が急伸(ex.タイ料理、砂漠に植林、アフリカ援助、エコツアー)、同好の人々との旅、交流・触れあいによる連帯感の共有や地球環境問題への関心の拡大と精神性の希求を動機とするツーリズムなどである(Newsweek,2007など)。

 

都市観光振興の考え方と方策

 都市観光を、どのような考えに基づき、どのような方策をとるべきかを論じた、これまでの主な論考や論説をまとめてみよう。橋爪紳也(2005)は、集客都市の概念を軸に、いわば「上から」「外から」の観光振興を論じている。集客都市とは、広義のビジター産業を基幹産業のひとつとする都市の姿であり、総合的な都市政策の柱としてツーリズムを位置づけることが必要である。目的を問わず街を滞在の場、あるいは利用する場所として意識させることが重要で、地域ごとの魅力を常に更新し、地域のリピーターとファンを増やさなければいけない。そのためには、地域のブランディングが不可欠であるとしている。

 田村馨(1997)も、21世紀はヒトにモノ、コト、情報が集まる時代であり、「集いの場の復権」が重要であるとして集客都市への発展が必要としている。そのためには、「誰が集まるのか」をデモグラフィック、ライフスタイル、都市の利用度から見極め、「集積」「ホスピタリティ」「アフォーダンス」「フレンドリー」「チャーミング」「関与」「ヒーリング」をキーの概念とする都市観光のプロトタイプを創出していくことが求められると論じている。

 田村はさらに、80年代になってアーバンツーリズムが注目されるようになった要因は、高齢化、所得の増加、教育水準の向上、ワークスタイルの変化、交通ネットワークの発展、ビジネス関連旅行の増加がある。欧州ではアーバンツーリズムが都心再生策、都市間競争で勝ち抜く取り組みとして、ますます注目を集め、観光都市をめぐり都市間競争の同質化・ゼロサム化が進展していると述べている(2005)。

 集客都市は、日常−非日常、消費−生産の2軸で構成される4次元の4タイプが考えられ、集客スキームとしては、マーケティング志向(ターゲットの絞り込み、革新的な集客の仕組み、顧客創造)、ユーザーイノベーション志向(消費者としてユーザーと対峙するのではなく、共有する何かを有する生産者と想定する)、オープンなインターフェース志向(顧客の囲い込みではなく、顧客の共有を可能とする)が想定される。集客都市にあっては、ヒトが最大の集客資源であり、集客ビジネスの主体とビジターがインターラクトするプロセスの中で創造されていく。社会的集客力には社交的と社会貢献的の2軸があり、地域の発展に参加・関与する社会的貢献が、新しい、あるいは超ツーリズムを生み出す可能性があると論じている。

 

都市観光による地域づくりの手法

 都市観光による地域づくりの手法を、網羅的・体系的に日本観光協会がまとめているが、要約するとつぎのようになる(2004)。

基本的認識

 ・都市観光は、これからの都市経営戦略の柱に
 ・多様な交流が可能な社会構造へ

都市観光の魅力と特性

 ・都市の性格や規模で異なる都市観光の魅力
 ・都市観光の魅力の4つの原点
 1)都市ならではの歴史遺産、文化遺産の魅力
 2)人口集積地ならではの都市の娯楽文化
 3)消費文化
 4)祝祭性―出会いと賑わい

都市観光地づくりの基本手法

 ・ターゲット設定を中心としたマーケティング戦略を

都市観光における空間戦略

 ・都市発展の歴史的営みが容易に読みとれる街区の保全
 ・集客核の環境演出:歴史性や空間特性を活用し、祝祭性を演出
 ・観光資源の有効活用:既存ストックを最大限に活かして観光対象化
 1)都市ならではの歴史ストックの活用を
 2)都市ならではの充実した文化施設の活用を
 3)都市型娯楽施設との連携を
 ・観光基盤機能整備:ゲートシティとしても相応しい滞在基地機能の充実

都市観光における景観戦略

 ・都市風景コントロールにより、風格のある都市の景観を保全
 ・都市観光ならではの魅力である夜景の演出
 ・もてなしの心や賑わいの景観的演出

都市における観光交通戦略

 ・安全に買い物巡りや散策ができる歩行者環境整備
 ・脱モータリゼーション対応の都市観光交通施策の実行

都市観光における情報戦略・ソフト戦略

 ・豊かな知的体験を実現する適切な情報提供を
 1)情報提供拠点機能の整備を
 2)ウォーキングマップやパンフレット等の作成・配布を
 3)案内サインなどの整備を
 4)体験ガイドシステム整備を
 ・安全性を確保する警備体制の整備と、安全な都市であることのイメージ発信

都市観光の事業推進戦略

 ・都市観光推進の担い手:それぞれ大切な役割を担う行政・民間の共同作業
 ・広域的に都市観光を位置づけ、周辺地域と連携を
 ・新しい感性や話題を繰り出すため必要となる予備活動や情報発信の戦略性
 ・都市観光事業の継続的な取り組みに必要な財源確保を
 ・地域内で充分議論し、地域らしさや都市ならではの魅力にコンセンサスを
 

都市デザインと都市観光の振興

 坂上英彦(2006)は、都市デザインの実践の面から都市観光の振興を説き、都市には「市」という交流空間が必須条件で、都市は文化を創造する総合的空間である。観光は名所旧跡を訪ねるスタイルから都市そのものが目的となりつつあり、都市は、アーバンツーリズムデザイナーを求めているとしている。

 アーバンツーリズムの総合的な未来像を描くには、

 ・自然を有効に活かすデザイン(水系、地形)

 ・歴史・伝統文化を継承して未来につなげるデザイン
 ・産業(遺産)の観光的活用をデザイン
 ・生活の魅力をデザイン
 が求められ、観光産業、文化産業、建設産業、製造業・伝統工芸、情報・宣伝産業をトータルプロデュースして、都市のブランド化を進めることが重要と論じている。さらに「ライフスタイル観光」、すなわち今息づいている生活文化のすべてを楽しむ観光の追求が必要で、それを通じて訪れる者は、自分の発見、将来の人生・仕事への刺激が得られるとしている。

 都市観光は以下の観点からデザインすべきとしている。

グランドデザイン:都市構造の特徴と活用

 キーワード:コンセプト、都市の骨格、アメニティ、動線
 ・コンセプトデザイン
 ・自然の地形・水系を活かしたデザイン
 ・人・モノの流れのデザイン
 ・空間が持つ磁場・磁力を活かしたデザイン

モノデザイン:単体集客施設のデザイン

 キーワード:エンターテイメント、ホスピタリティ、文化デザイン
 ・集客施設デザイン
 ・商業・飲食施設デザイン
 ・文化コアのデザイン

タウンデザイン:歩いて楽しむ街のデザイン

 キーワード:ラビリンス、界隈、回遊性、テーマデザイン
 ・界隈デザイン
 ・歩行者空間のネットワークデザイン
 ・街並みデザイン

景観・環境デザイン

 キーワード:エコロジカル、ランドスケープ、ユニバーサル
 ・土木デザイン
 ・照明デザイン
 ・町屋再生デザイン
 ・オープンスペースデザイン

トータルイメージデザイン

 キーワード:ビジュアルデザイン、イメージ戦略、キャンペーン
 ・都市ブランドデザイン
 ・メディアデザイン
 ・プロモーションデザイン
 ・ウェブデザイン

システムデザイン

 キーワード:集客の仕組み、ソフトデザイン、インバウンド
 ・ライフスタイルデザイン
 ・産業観光デザイン
 ・インバウンドデザイン
 ・ビューロー組織体制デザイン
 

「観光まちづくり」の考え方

 これまで観光や都市観光の一般的な意味や振興策についての論説を紹介してきたが、ここでは、フォーラムのテーマである地域に根ざし地域の人々による観光とそれを通じた「まちづくり」に関連する論考を取り上げてみたい。

 米山俊直(1996)は、都市の盛り場に典型的に表れる都市性とそれを生み出す人間が重要であるとして、つぎのように述べている。観光とはいわば、快楽を求めて流動する人口現象であり、観光客が期待するのは、「都市の感性」であり、そのドラマ性である。

 喧噪と猥雑さ、ディオニソス的な要素こそが都市の重要な側面であり、人間を自由にするもとであると見る人もある。しかし、アポロ的な清潔、健康、秩序のある世界もまた、都市のものであることはいうまでもない。都市の抱えるこの両面性を認識しておく必要がある。それはまさに「感性」の問題である。美観やアメニティ、文化施設の存在、界隈性などは、感性にとって不可欠な条件であるが、それ以上に重要になるのは、都市で展開されるドラマ性である。

 上からの都市化(すなわち西洋化)と平行して、都市の盛り場は、いわば下からの独自の発展を遂げてきた。盛り場も、文化施設も、施設ではなく「たくらみ」が仕掛けられた「装置」としてとらえる。「たくらみ」、仕掛けをどのように組み込むか、それを装置化することが鍵となる。装置が装置であるためには、生身のひとが介在していることが不可欠になる。装置は生命のない施設から抜け出して、血のかよった存在、いわば生物となると論じている。

 大下茂(2007)は、観光まちづくりの現場から、つぎのように論説している。人口減少社会を迎え、まちづくりに対する価値観は、生産者主体から生活者主体へと大きく変わって来ており、新しい文化創造の担い手は市民であるという時代になってきた。地域に対して互いに配慮する心が「新たな公」としてまちづくりを加速することが期待されるとしている。

 観光まちづくりの実践から、「まちづくりは編集作業」であり、個々の取り組みの集合ではない、活動する人に光をあて、生き生きと活躍できる場をつくること、広域連携では強調と補完から活動を組み立てることが必要で、組織的・体系的な人材育成を試行的に取り組んでいくべきと論じている。

 観光まちづくりに取り組むプランナーには、コーディネイト能力・プロデュース能力、地域のグランドデザインを描く能力、マネージメント能力、情報収集・発信能力が必要であり、まちづくりにおけるプランナーの役割を明確にすること、まちづくりへの一貫した取り組みを担保すること、そして提供する知恵やノウハウに対し正当なフィーが支払われることが重要としている。

 敷田麻美と森重昌之(2006)は、観光地が地域外の観光業者や資本に従属させられやすい従来のマスツーリズム、「他律的観光」に対し、地域主導で創出する持続可能な観光が「自律的観光」として、地域社会の側が自らの意志や判断で観光サービスを提供することが重要であると述べている。そのためには、観光サービスのデザインから提供、享受までに至る観光プロセスの「参加の度合い」という視点で検討する必要がある。観光デザインプロセスへの消極的参加とは、観光業者が企画した観光サービスを、観光客が単純に享受しているだけの状態である。主体的参加とは観光サービスのデザインに対してアイデアを出すだけのレベルから、他の観光客に働きかけるレベル、そして観光客自身が観光サービスのデザインに意識的に関わるレベルまで段階的にあるとしている。

 それには「オープンソース」の概念が有用と思われる。それは、ソースコード(ソフトウェアの構成要素)を公開し、誰もが開発に参加できるようにしたソフトウェアの総称であり、全体設計図である「アーキテクチャー」とそれを構成する「モジュール」が必要となる。

 観光サービスのデザインプロセスには、「サーキットモデル」が有効と考えられる。「店を開く(openingstores)」「ネットワークの形成(networking)」「成果の発信(presentation)」「イメージの形成(evaluation)」の4つのフェーズと、「学習」のコアで構成される。ここで「店を開く」とは、「よそ者のまなざし」を持つ地域住民や観光客が「知識を開示する」という意味である。

 「サーキット」を回転させる推進力として、「成果の発信」から「イメージの形成」に至るプロセスを促進する「インタープリタ(interprete)」が、「店を開く」から「ネットワークの形成」に至るプロセスを担う機能として中間支援「インターミディアリー(intermediary)」が必要と論じている。

 

なぜ「暮らす、歩く、楽しむ、招く」なのか

 20世紀の都市は、「住」「働」「遊」の機能を分離配置し、それらを交通でむすぶことを基本原理としてつくられてきたといえる。21世紀の都市は、しかし、「住」「働」「遊」の機能が再び融合・一体化する傾向を示している。在宅勤務、SOHO、複能的都市開発、都心居住の進展などがその例である。

 このフォーラムの副題には、「暮らす、歩く、楽しむ、招く」を選んだ。観光資本、旅行業、都市政策、あるいは学者、研究者など「上から」「外から」進められる観光開発ではなく、地域の住民が主体となって地域のためにおこなう観光振興とまちづくり、いわば「下から」「内から」の「観光まちづくり」の可能性と今後の展開を探りたいと考えたからだ。

 「上から」「外から」の観光振興が、利益や経済的発展を主な目的や動機とするのに対し、「下から」「内から」の「観光まちづくり」は、地域の活性化や持続的発展が主たる目的や動機となることが、考えられる。地元にもたらされる利益よりもむしろ、「観光まちづくり」に主体的に加わることの「やりがい」や満足感・充実感、来街者や「同好の士」との出会いや交流の喜び、地元の人々や来街者とイベント・行事で、同じ「時」と「場」を共有する連帯感や楽しさが、地元の人々には報酬となることが期待される。

 ここで「暮らす」とは、住むことのみを表すのではなく、働く、つくる、商う、遊ぶなど、生活全般の行為を表している。暮らしを見せる観光には、したがってその地域の人の暮らしそのものがテーマとなるべきもので、手工業や商売、さらに行事・イベントなども含まれる。その意味では、「コミュニティ・ツーリズム」や産業観光にもつながるものだ。さらに重要なことは、名所・旧跡観光が「昔」、止まった時間を体験するのに対し、暮らしを見せる観光は、「今」、そして生きている時間を体験できることだ。

 地域をゆっくり見る、地域の人々と交流するこの観光には、「歩く」ことが鍵となる。観光スポットの「点」から「点」へ移動する従来のツアーとは異なり、一定の地区そのものを観光対象として見て歩く、楽しんでもらうことが、この観光のベースとなる。「歩く」ことにより暮らしや街並みのディテールが見えてくる。「歩く」ことにより、道すがらそこの暮らしが体感できる。地元の人々と会話をし、交流する機会ができる。

 「楽しむ」のは、訪れる観光客だけではない。観光を通じて様々な人々と触れあい、交流できる楽しさ、地元の良さや魅力を伝える喜び、ともにイベントや行事に参加する楽しさ、さらに、まちづくりを担う「生きがい」など、地元の人々も楽しめることが、この観光の鍵となるだろう。

 観光客を「招き入れる」ことにより、他の地域の人々との交流を拡げることができる。一時の観光客として訪れてもらうだけではなく、繰り返し訪れてもらうことにより、地元になじみをもってもらう、「知人の町」「第二のふる里」と思うほどに親しみを感じるようになってもらえる、それが観光の究極の姿だろう。

 地元に招き入れる観光には、しかし、生活空間やプライバシーを侵される不安や、観光客の集中による交通渋滞、駐車問題、ゴミ問題などが、地元の人々の身近な生活環境でおこることが予想される。そのことを充分予想した上で地元の人々と対策について協議し、観光計画をまとめていくことも重要となる。

 

「観光まちづくり」のデザイン〜基本的な考え

 小論のまとめとして、主に都市デザインを実践する観点から地元主体の都市観光の振興とまちづくりの基本的考えと技法を、アイデアの背景となった論説があればそれも記して述べることにする。

 ・地域独自の生活文化の継承・発展や新たな文化の創出、クオリティ・オブ・ライフの向上、地域の持続的発展とともにある観光を
 ・地域に根ざし、地域の人々みずからが、ハード・ソフトの両面で地域の個性をはぐくむ「まちづくり」を
 ・訪れる者にとっては「異日常的」であるクオリティを見出し、活かし、体験と学び、あるいは記憶と懐かしさ、地域との交流に訴える観光と「まちづくり」の実践を
 

デザインの技法

ほりおこす

 ・街並み・建造物、地形や水辺、地場産業や伝統文化、さらに新しい都市文化など多角的に地域の固有性と「観光資源」を見つけ出す
 ・「原風景」、懐かしさ・親しみを感じる風景の発掘する(とくに「昭和レトロ」)

 ・町や社寺の由来、歌や文学、落語などに表れるスポット、地元出身の有名人などを調べ出す
 ・都市の設計原理(城下町、風水都市など)を見つけ出す

かさねる

 ・資源と情報、体験と学び、参加と交流、人とモノ・コトをかさねる
 例)「コナモノ」とミナミ、笑いとミナミ、大阪のおばちゃんのキャラとファッション(体験、学習)

 ・五感・体全体で感じるまちづくりを
 ・見ると聴く、嗅ぐ、食べると触れる(例「アンソロジー・五感に映る大阪」)

つむぐ

 ・場とコトをつむぐ物語の展開を
 ・懐かしさを醸す要素や雰囲気づくりを
 ・歴史的・伝統的景観と現代の暮らしと都市景観を共生させる
 ・「和」を現代のデザインに

いかす

 ・地域の個性、暮らしや文化、イベントの活用を
 ・老舗、ユニークな施設、地場産業が核となったまちづくりを
 ・ミニ地域情報紙の展開を

まとめる

 ・課題と問題、長所と短所、可能性と制約を整理する
 ・地域の将来像、ビジョンをまとめる
 ・コンセンサスをつくりだす

きわだたせる

 ・地域の「ブランド化」をはかる
 ・ブランドとは、他から区別して、自己を選択購買させる「目印」のこと
 ・顧客にとって「重要なこと」を標的市場とし、その「実現力」をもつ
 ・標準・大衆的ブランド、選択的・差異的ブランド、希少的・高級ランドに大別される(高桑郁太郎1999)

 ・ブランドの成長の法則1:消費者の購買意欲を刺激する「便益」を認識させる
 ・法則2:消費者の「規範」(義務感、責任感、自尊心、感謝の気持ちなど)に訴える
 ・法則3:その選択が最適あるとの「認識」をプログラム化すること
 ・法則4:消費者の憧れや「アイデンティティ」を表現できるものであること
 ・法則5:「感情」に訴え、愛情を感じるものであること(A.ブーフフォルツ、W.ボルデマン2002)

 ・ビジョン、イメージ戦略、誠実さ、そして、そこでの暮らしを愛する市民が必要(Newsweek、2007)

 ・多様性とメリハリのある都市空間の形成を(都市空間の意味的構成の強化を)

 ・すべての都市とその部分は、対立する意味の地区の組み合わせとして考えられる(A.ラポポート1977)。公と私、表と裏、顕示と秘匿、展示と非展示、自然と文化、我々と彼ら、男と女、聖と俗、善と悪、上流と下流。

 ・中央と周辺、表と裏、開放と閉鎖、垂直と水平、右と左、聖と俗、頂上と底(トゥアン1974)

 ・固有と共通、友好的と敵対的、秩序と無秩序、粗とデリケートな、緩いとコンパクトな、華美と簡潔(ハーシュバーガー1972)

 ・都市のダイカトミー(dichotomy二分法の尺度)。たとえば、表と裏、光と闇、新と旧、喧噪と拡散、集積と拡散、空と地下、男と女、昼と夜、無と有、悪臭と良臭、大と小、緊張と弛緩、開と閉、生と死、柔と剛等々(グループπ、月刊レジャー産業資料226号)

 ・StayinginStyleスタイルにこだわりを
 ・建築・インテリアからライフスタイル、ファションまで

つなぐ

 ・「みち」で界隈のネットワーク、ライフスタイルの舞台づくりを
 ・「みち」から「界隈」へ、さらに「ひろば」へ、都市へ
 ・「みち」をつくることは都市をつくること
 ・界隈の成熟―ストリート・カルチャー・人はみな、見たり見られたりしたいものである。

 ・公でも私でもない、コモンスペースを認められるかどうかが民力の差(浜野安宏2005)

 ・水辺に開かれた街とみちを
 ・道に向かっていること、水に向かっていることが都市の魅力となる(浜野安宏2005)

 ・旧街道・古道を歴史体験の軸に

しくむ

 ・資金、人材、組織、制度を活用し、プロジェクトの実現に向けて手順と仕組みを示す
 ・官民、NPO、住民と専門家とを連携させる
 ・観光客の地域への関与、貢献、交流と参加ができる仕組みをつくる
 

都市環境プランナー・デザイナーの役割

 「観光まちづくり」は、すでに観光都市として地位を築いている都市に限られるものではない。むしろ、潜在的な資源がありながら、観光のために訪れるほどのものはないと、みずからは見なしてきた「普通」の都市でこそ、まちづくり、まちおこしを進めてみようとする地域でこそ、大いに取り組まれるべきではないか。

 それには、都市計画や環境デザインに携わるさまざまな専門家に期待される役割は大きい。「観光まちづくり」は、新たな計画・デザイン業務の開拓の面から見ても積極的に取り組まれるべきだろう。以下で、「観光まちづくり」のなかで、とくに都市環境プランナー・デザイナーが果たすべき役割を整理することにする。

 ・「資源」発掘:建造物、施設、街並み、みどり、水辺、歴史、伝説、文学、アート、イベント、活動、人材等に至る地域の埋もれた「資源」を発掘する。

 ・プロデュース:「資源」の活用策、「資源」の組み合わせ、その「ストーリー」の構築、さらに「まちづくり」への発展のためのビジョンづくり、仕掛けづくりと実践のナビゲートをおこなう。

 ・プランニング:観光振興、「まちづくり」に関わる計画の立案、とくに歩行者を優先とする道路・交通計画、来街者が安心してゆったり歩けるルート、案内システム、休憩所、トイレ、博物館、文化施設、宿泊施設等「観光インフラ」の整備、資金、制度、を計画する。

 ・デザイン:公共空間、「核」となる施設、街並み、みどり、水辺等のトータルデザイン、バリアフリーのデザイン、パブリックアート、照明デザイン、カラーコーディネート等をおこなう。

 ・コーディネート:地元住民のコンセンサスづくり、官民+専門家・研究者等との連携と協働、イベントのオーガナイズ、まちづくり運動への展開等をおこなう。

     
     金澤成保(かなざわしげもり)
     都市計画・都市デザイン・都市文化論、Ph.D(コーネル大学)。1975年に京大(建築)を卒業後、京大院を修了し、1991年まで日建設計で都市計画・都市デザインに従事。その後2001年まで佐賀大学に勤務。現在、大阪産業大学教授。ベネツィア建築大学、ペンシルバニア大学、コーネル大学に留学。「風土と都市の環境デザイン」(ふくろう出版)などの著作がある。
 
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