グアナファトのパブリックスペース

関西学院大学 角野 幸博

 メキシコ中央高原の鉱山都市グアナファト。メキシコシティから長距離バスで5時間ほどの距離にある山間の小都市である。ここにもメキシコ人の色彩感覚が町にあふれる。
 昼間、原色の花吹雪を散らしたような家並みが山の斜面を駆け上がる。夕日を浴びてひときわ輝き、やがて夕闇が近づいて家々に灯りがともり始める頃、原色の壁はぼんやりとしたオレンジ色の灯りに染め上げられ、幽玄な世界を作り出す。


 この町、18世紀には世界の約三分の一の銀を産出していたという。石見銀山など、鉱山の町で世界文化遺産に指定されている例はいくつかある。以前にJUDIのセミナーで訪れた金鉱の町オーロプレット(ブラジル)もそのひとつだった。オーロプレットは一攫千金を夢見た人々のオーラが町を金色と白に輝かせていたが、グアナファトにはそのオーラの代わりに原色が塗り重ねられる。
 しかもここは過去の町ではない。芸術や学生の町としても世界に知られており、10月に行われるセルバンテス祭には、町中でさまざまなイベントが繰り広げられる。普段でも夜な夜な夜になるとセレナータを歌いながら町を練り歩く楽団が現れる。これについて路地を練り歩くのも観光客の楽しみだそうだ。
 斜面に広がる旧市街地は、とても高密度である。道幅は狭く、教会前広場もヨーロッパの町の広場と比べて決して広いとはいえない。しかし、その狭さを生かした魅力的なパブリックスペースづくりの方法もある。
 グアナファトへのアクセス道路は地下道になっている。古くからあった石造アーチ構造の地下水路や坑道を自動車道に改造している。仄暗い地下のバス停を降りて地上に上がると、強烈な光を反射する色彩の洪水が目を驚かせる。地上にも車は走っているのだが、あくまでも主役は歩行者だ。
 メインストリート(といっても狭いが)に面したフアレス劇場の正面階段には学生や観光客がいつも腰を下ろしている。隣には小さな公園と教会。階段と、道路と、公園と、教会の距離が近い!
狭い公園に深い日陰を提供するのが、大胆に剪定された中木である。その枝は、ベンチが並ぶ大理石 張りの歩道上に、道行く人の頭がつかえそうな低さで水平に4メートル近くも張り出す。直射日光を浴びる原色の壁と、深い緑の陰とが絶妙のコントラストを見せて、人々を木陰に呼び寄せる。座っているとどこからとも無くミュージシャンがやってきて音楽を聞かせる。もちろんチップを要求されるのだが。街路と公園と街路樹と人との距離の近さが、この町の特徴である。
 狭さを逆手に取った名所は他にも見つけられる。斜面を上る路地の一角に、「口づけの小道」という階段状の路地がある。幅は1メートル足らず。向かい合う家はもともと犬猿の仲だったのだが、それぞれの娘と息子が恋に落ち、お互いの窓から体を乗り出してキスをしたという。今は隠れた名所になっていて、カップルで行こうものなら、必ず誰かがやってきて、「写真を撮ってやるからキスしろ」といわれるそうだ。下町の生活感あふれるアジアの路地も面白いが、こんなおしゃれな路地があっても良い。ただし、メキシコのように乾燥した気候じゃないと難しいかもしれないけれど。
 密集市街地の魅力は、もちろんその中に入り込まなければわからない。だがグアナファトの魅力は、その全貌を眺めることのできる展望スペースがあることだ。市街地の反対側にあるピピラの丘は、その代表格。ここへは積み木のようなケーブルカーで上がることができる。
 高密度だからこそ、パブリックスペースが生きてくる。日本国内にも坂の町はたくさんあるが、大都市ばかりでなく、坂道の小さな町や密集市街地のパブリックスペースのあり方のヒントを、グアナファトからもらったような気がする。

メインアクセス地下道 劇場前広場
原色の夜道 口づけの小道

(この原稿は、「実践!街創りゼミhttp://www.machizemi.com/」に掲載したものを加筆修正したものです。)