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「サンフランシスコ:まちの話題」第1号 1999年6月

サンフランシスコの交通事情

改行マークサンフランシスコは、 このところエル・ニーニョの影響もおさまり、 異常な長雨などはなくなりましたが、 まだカリフォルニアらしい爽快な天気が少ないような気がします。 日本の夏らしい夏がなつかしくなることもあります。 今年も名物の霧が5月からもうひんぱんに現れて、 午前中は薄暗い日の多い今日このごろです。

改行マークダウンタウンまで歩いて約25分の私の住居兼オフィスからは、 隣家との間の庭しか見えませんが、 真紅のバラが咲き、 アジサイの緑の芽がふくらんでいます。 ブーゲンビリアのガクも赤く色づき、 ハイビスカスも遠慮がちに咲きはじめました。 花の終わったプラムの実を待ちきれずにロビンがピーヨ、 ピーヨと鳴き、 フィンチ(赤いスズメに似た鳥)も自慢のメロディーでさえずります。 小さなハチドリも、 空中の一点で羽ばたいて花の蜜を吸いに来ます。

改行マークさて、 今月から「サンフランシスコ:まちの話題」と称して、 わがホームタウン、 サンフランシスコのまちの「いとなみ」に関する最近の話題、 それもみなさんにも興味ありそうな話題を気ままに報告しようと計画しています。 初回は、 最近急に悪化している交通事情に関連する話題を中心にとりあげてみました。 みなさんのご意見も歓迎します


渋滞する道路

改行マークサンフランシスコ・ベイエリアはここ数年、 相変わらず好調な景気、 郊外の諸都市につらなるシリコン産業、 バイオテクノロジー、 医薬品工業などの発展、 それに多様なアメニティに満ちたサンフランシスコの企業立地、 観光地としての吸引力などによって、 ますます過密化しています。 81年に私が引っ越して来たころは、 高速道路での渋滞などほとんどありませんでしたが、 現在では東京の首都高(低?)速なみの渋滞も見られます。 交通の用語では、 一応動いているがすぐに止まってしまう交通の流れをレベルE、 完全に止まってしばらく動かない状態をレベルFといいますが、 市内への出入りは日中に関する限りほとんがEの状態で、 ときどきFになります。

改行マークサンフランシスコ市内の人口は、 ここ2、 3年で急に5万人ほど増えて現在78万人を超えました。 昼間の人口は150万人近くになります。 南の郊外から車と通勤列車が、 北と東からそれぞれ金門橋とベイブリッジ経由で車とバスが、 湾からは通勤フェリー、 その下を高速鉄道(BART)が毎日通勤客などを運ぶからです。 かと言って、 サンフランシスコに住んで郊外に通勤している人も楽ではありません。 たとえば、 サンフランシスコから南のシリコン・バレーに車で通うには、 101号線と280号線の二通りのルートがありますが、 やはり渋滞に悩まされます。 しかもどちらのルートでいつ渋滞がひどくなるかは、 全く予測がつきません。

改行マーク市内の高速道路は、 午後3時ごろから帰りの渋滞が始まります。 これは、 金融、 証券関係の企業がニューヨーク・タイムで仕事をしているせいもあります。 幸い市内には、 きわめて限られた距離しか高速道路がないので、 これを利用する人は出入りが渋滞して大変ですが、 市内で動き回る場合は、 最適なルートを選びさえすればかえって好都合なわけです。

改行マーク高速道路に関するかぎり、 サンフランシスコは幸運にめぐまれてきたと言えます。 半世紀前の1948年に都市計画委員会が発表した交通計画図を見ると、 ウォータフロントやゴールデンゲート公園の両側をはじめ主な幹線沿いに縦横に高速道路がはりめぐらされています。 ところがフリーウェイ反対派の市民の根強い運動によってその多くが実現しなかったうえ、 建設が途中で中断されたものもあります。 また1989年の大地震で構造的な損傷をこうむった個所も大規模に撤去されました。 したがって、 全米の他の大都市でよくみられるように、 高速道路によって近隣住区が分断されていることもありません。


公共交通機関

改行マークサンフランシスコの交通システムは、 多様な公共交通機関(パブリック・トランジット)を誇っています。 したがって、 市の交通政策もトランジット優先主義をとっています。 つまり郊外から市内への通勤には、 できるだけ公共交通機関を利用するような計画や奨励策を周辺諸都市や州の交通局と協力しながら講じています。 カープール・レーン(2人または3人の相乗りレーン)やバス専用レーンもその一例です。 また車で駅まで行って駐車し、 電車に乗り換える「パーク&ライド」も有効な対策です。 ところが、 郊外から都心への買い物客を集めるためには、 どうしても市内の駐車場をさらに整備せざるを得ません。 郊外の人々は公共交通機関の整備されていない地域に住んでいる場合が多いので、 集客力を高めるには、 ある程度都心の駐車場を整備しなくてはならないのです。

改行マーク市電、 市バス、 ケーブルカーを管轄する市の交通局のことをミュニシパル・レールウェイ、 略してミュニと呼びますが、 これらの利用者だけでも平日の一日平均利用者が70万人にのぼり、 全米では第7位と言われています。 高速鉄道(バート)は、 関係する周辺の郡と市の代表からなるベイエリア高速鉄道行政区という独立の機関によって運営されています。 サンフランシスコを通らない路線があったり、 市内を通過してもほかのまちで降りる乗客がいますが、 それらを除くとサンフランシスコからの利用客は平日平均約6万人、 BART全体の利用者数は平日平均約28万5千人です。 現在建設中のサンフランシスコ空港線が開通すると、 これらの数字が大幅に増加することは確実です。

改行マークミュニは現在1000台あまりの車両を保有しています。 そのうち、 ディーゼル・バスとトロリー・バスが計830台、 路面電車は145台、 ケーブルカーは39台運行されています。 路面電車のなかには、 詩情豊かな往年のヒストリック・カーが含まれているのがユニークです。 これらの運営、 保守、 事業計画などをすべて公共交通委員会という独立の機関が監督しています。 ミュニとバートに関するさらに詳しい情報は、 それぞれ次のウェブ・サイトを参照してください。

改行マークアメリカの都市の鉄道駅は、 西欧の諸都市と同じように必ず町はずれにあります。 南の郊外からサンフランシスコに入ってくる通勤電車はタウンゼンド通り(タウンズ・エンド=町はずれの意味で、 今でも場末の雰囲気がある)に終着駅があり、 通勤客は市バスを利用するしかありませんでしたが、 最近都心まで乗り入れる市電が開通しました。 市バス以外の郊外からのバスも何本かありますが、 ターミナルは別として、 市内では乗客を降ろすだけで乗せないようになっています。

 

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1. 路面電車:湾岸通りに開通したばかりのEライン 2. 路面電車:マーケット通りに今も走るヒストリック・カー
 
改行マーク路面電車は1851年にはじめてミッション通りに私鉄としてオープンました。 それ以前から、 馬で鉄道を引っ張る鉄道馬車が利用されていました。 市営として始まったのは1912年に市がゲーリー通りの路線を買収してからです。 第二次大戦中は、 ガソリンとタイヤの配給制のため、 急激に利用者が増加しました。 日本でもLRT(路面電車)のファンが増えているようですが、 今年早々に一部開通したばかりのエンバルカデロ線(湾岸通りを走るEライン)も是非一度試乗してください。

改行マークケーブルカーは1873年に初めて発明者アンドリュー・ハリデイの経営する私鉄としてクレイ通りにオープンし、 一時はフィルモア線を含む8路線が運行されていました。 フィルモア線は、 極端な急勾配のため上りと下りの車両がケーブルでつながっていたそうです。 現在の路線では、 グリップで地下のケーブルをつかみます。 残念ながら、 その後つぎつぎと5つの路線が廃止され、 1952年には残りの路線が市に買い取られ現在にいたっています。 シアトルなどにもケーブルカーはありましたが、 現在ではサンフランシスコだけの名物になっています。

改行マークところで、 今年は市の財政が空前の黒字といわれ、 1999-2000年度の予算総額42億ドルのうち、 3億7千万ドルがミュニにつぎ込まれる予定です。 最近では、 待ってもなかなか来ないなどあてにならない運行によって通勤客や買い物客の不満が高まっています。 市バスの事故、 深夜の乗客のための防犯、 架線の故障など、 解決しなければならない問題が次々とあり、 ブラウン市長も認めているように、 ミュニは思いきった改革をせまられています。 そこで、 民間のコンサルタントを雇い入れて、 サービス改善のための調査・提案およびカスタマー・サービス代行などの協力も得ています。

改行マーク財政上ミュニは、 その運営費の約3分の1を運賃で回収しています。 次に大きなのはパーキング・メーターなど駐車関係の収入で約27%、 連邦政府と州政府からの補助が約20%で、 市の一般会計からの支出は13%程度にとどまっています。 駐車関係は事業収入とは言えませんから、 事業収入の比率は約33%ということになります。 今後は、 利用者の信頼を高めてライダーシップ(乗車率)を上げ、 事業収入比率を50%近くに伸ばすことが望まれます。


悪化する交通マナー

改行マークサンフランシスコに長年住んで働いている住民として、 私はサンフランシスコのさまざまな特長や市民の活動に大変誇りを持っていますが、 反対にほかのまちと比べても決して誇りにできないことがひとつあります。 それは市内での車の運転マナー、 というより無法運転のことです。

改行マークサンフランシスコでドライブされた方ならご存知と思いますが、 最近赤信号を無視する車が大変多いのです。 信号が黄色になったのに無理に通過することを言っているのではありません。 赤になっているのに平気で交差点をぶっとばすのです。 このため、 信号待ちをしている車は青になってもすぐに発車しません。 無法な車が来ないことを確かめてから、 というのが常識になっています。 では、 信号が次々とシンクロナイズされて変わる大通りではどうでしょう。 それでもかまわず、 横から入ってくる車があるのです。

改行マーク幸い私はまだ事故を起こしたことはありませんが、 このような無法な車のために、 今年に入ってからも歩行者を含む何十人もの人が命を落としています。 ちょうど150年前、 ゴールドラッシュで金鉱堀りが集まったころもサンフランシスコは無法地帯でした。 たび重なる放火や略奪に手を焼いた市民が自警団を作って犯人たちを捕らえ、 今のエンバルカデロ大通りあたりの広場で公開のつるし首にしましたが、 その時代を連想させます。 赤信号を無視するドライバーを「レッドランナー」といいますが、 西部劇の時代のことはともかく、 このレッドランナーを何とかしたいものです。

改行マークたしかに、 車の先進地域ロスアンジェルス周辺では、 いったんフリーウェイに入るとかなり緊張を強いられる車の流れに出会います。 しかし一般街路でこれほどの信号無視は経験したことがありません。 この事態は当然社会問題として地元の新聞などで取り上げられるようになりました。 当局もサウス・オブ・マーケット地区などの事故多発交差点にカメラを設置したり、 罰金を270ドルに値上げすることを検討したりしています。 270ドルというのは、 カープール・レーン(前述)やバス停のゾーンに侵入した時の罰金のレベルです。 ところが、 写真で証拠をつかまれたドライバーは、 ナンバープレートを変えるなどして逃れたり、 写真に撮るのはプライバシーの侵害だ、 などと主張する過激な活動家がいたりして、 なかなか対策が効果を発揮できないでいるのが現状です。


車対歩行者

改行マーク一昔まえのことなので、 今は事情がやや違うかもしれませんが、 私が以前住んでいたマサチューセッツ州のケンブリッジというまちでは、 歩行者が大きな顔で信号を無視して道路を横切っていました。 つまり、 車は遠慮してそのつど停車するか、 のろのろ走らざるを得ません。 一方、 たとえば中東のまちイスタンブールなどの繁華街ではもっと文明化されているというか、 車と人とが同じ場所にひしめきあって、 つまりバスや車はスピードを出すこともできずに人の間をかきわけるようにのろのろ進むので、 死傷者が出るような事故はめったにないわけです。 車が大きな顔をするまちと歩行者が大きな顔をするまちと、 どちらが先進的でしょうか?
 サンフランシスコ対岸のオークランドでは、 市街地をフリーウェイのスピードで飛ばす車のために小さな子供がたびたび犠牲となり、 ようやくトラフィック・ボタン(一般用語ではスピード・バンプともいう)を道路上に設置して、 車がスピードを出せないようにする個所がいくつか実現しました。 サンフランシスコでは、 駐車場や施設の入り口以外に、 一般道路には以前に設置したものが一部残っているだけで、 騒音や振動の増加で住民にめいわくがかかることや、 緊急自動車の通行に支障をきたすことから最近では採用しない方針をとっています。

改行マークもうひとつ、 日本にはない交通規則に赤信号での右折があります。 特別な表示や矢印信号のある交差点を除いて、 赤信号でも車は右折できます。 交差点で交わる二本の道路がどちらも一方通行の場合は、 赤信号で左折もできます。 これは、 おそらく信号待ちによる渋滞を緩和するために決めたものでしょうが、 大変危険な結果を招きます。 つまり、 右折(左折)しようとする車のドライバーは、 横から直進してくる車に気をとられて、 すぐ前を横切る歩行者や自転車を無視するのです。 これは、 何とかしたい規則です。

改行マーク危険なことばかり述べましたが、 この無法状態も一般の住宅街では全く事情が違うことも付け加えなくてはなりません。 信号も標識もない住宅街の角では、 南北と東西に進む車がきわめてお行儀よく交互に、 時には譲り合いながら通過します。 急な坂道では上りの車が平坦な道路上の車より優先といわれていますが、 あまり関係なく交互通行を守っています。 たまに二台続けて順番を無視する車がいると、 非難のクラクションがなることもあります。

改行マークでは町内の危険な個所に、 新しく交通標識を立ててほしいとか、 横断歩道の信号を長くしてほしいなどという場合はどうすればよいでしょうか。 これには、 住民投票のための法案(プロポジション)を提出する場合のように住民の署名を集める必要はありません。 パーキング&トラフィックという市の部局にまず手紙で申請します。 すると、 そこの交通専門官が審査して、 採用しようという場合は勧告書を作成します。 それに基づいて、 市政執行委員会(市議会に相当)が議決するのです。 たとえば、 交通量の多い大通りの一角に突然ストップ・サインが立てられることがありますが、 これは住民の申請が通ったわけです。

改行マークまちの交通事情からは、 そのまちの文化がいろいろと分かります。 これは、 われわれ一人ひとりの心構えや取り締まりだけで何とかなるものではありません。 交通事情には現状維持はあり得ないわけですから、 一般市民と専門家と市の当局者が協力して、 長期、 短期の政策と財政上のしくみを工夫しながらこれに挑戦してゆくしかありません。

改行マークでは、 次回の話題をお楽しみに。

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