比較的安全な場所にあり、 明るく清潔で、 納得できる家賃のアパートには多くの競争相手が現れます。 その上家主は、 データベースで信用調査するテナント・スクリーニング・サービスを利用したり、 以前の家主に電話をして応募者の信用を調べることも多いので、 すぐには返事をくれません。 一目で気に入って、 いつでも入居できるような物件は、 私などにはとても手がでない家賃です。 そしてやっと契約できたアパートは、 暗く長い廊下を通って行く裏庭に面した陰気なユニットで、 2ベッドルームといっても、 2LDKより2LKに近い小さな3部屋のユニットでした。
いよいよ部屋を借りるとなると、 家主とテナントは賃貸契約を結び、 家賃、 契約期間その他の諸条件を取り決めるわけですが、 その際、 テナントは最初の月の家賃と共にセキュリティ・デポジットという保証金(敷金)を払わなくてはなりません。 家主が課すことのできる保証金の最高限度は州法で決められているので、 カリフォルニア州内どこでも共通ですが、 家賃の2ヶ月分です(家具付きの場合は 3ヶ月)。 日本で最近問題になっている「礼金」はありません。 家主によっては、 最後の月の家賃を初めに徴収することもありますが、 それも敷金とみなされます。 契約期間は、 当事者間で合意がない場合(たとえば、 契約更新が遅れた場合)は、 自動的に月極めとなりますが、 そのほか、 住宅では一般に6か月または1年契約が多いようです。
サンフランシスコでは、 人口の70%以上が賃貸住宅に住んでいますから、 テナントの権利は市議会にまで浸透して、 充分護られています。 ごく最近の例では、 9月末に発効したばかりの「ルームメート規定」があります。 これは、 ルームメートが引っ越した場合に、 テナントは新しいルームメートを探して又貸し(サブレット)することを家主に請求できると共に、 家主は正当な理由がない限りこれを拒否したり、 それを理由に立ち退きを執行することができないというものです。
テナントが入れ替わると適用されない家賃の上昇限度率(後述)を確保するため、 ルームメートが連鎖的に交代する場合があり得るという理由で、 2人の議員が反対したのですが、 結局テナント・パワーに押し切られました。
アパートを借りるのも大変ですが、 賃貸住宅を経営するのも楽ではありません。 賃貸住宅に関する家主とテナントの権利関係は、 州法の29のコードのひとつである「シビル・コード」に基本的な条文が見られますが、 さらに市ごとにレント・コントロールという条例で詳細が定められており、 サンフランシスコではテナントの権利が最大限守られています。 ただし、 家主にとって極めて都合のよいことがひとつあります。 それは、 レストランからネール・サロンまでほとんどあらゆるビジネスが登録と免許を必要とするのに対して、 賃貸住宅の経営にはそれらが全く必要ないことです。
広義のレント・コントロールとは、 前述の調停や仲裁を含むサービスと、 賃貸に関する諸規則の制定、 施行を含みます。 一方、 狭義では「家賃の値上げに対する規制」という意味でよく使われます。 サンフランシスコのレント・コントロール制度は '79年に発足しましたが、 家賃の値上げ率の限度は'81年まで定められていませんでした。 そして'82年には年間の限度率が7%、 '84年から4%に設定されました。 ところが '92年秋の住民投票でプロポジションHが可決され、 この限度率を前年の消費者物価指数(CPI)の60%とすることが決められたのです。 家主協会は、 当時家賃の平均が数年にわたってほとんど上昇していないことを理由に反対しましたが、 やはりテナント側の勝利に終わりました。
また、 限度率まで値上げしなかった場合は、 「バンク」する、 すなわち貯めておいて以後の年にその率を加えることができると定められています。 たとえば上の表で、 '97年度に家賃を据え置いて '98年度に2年ぶりに値上げする場合、 1.8% + 2.2% = 4.0%の値上げが許されます。 ここで、 特に計算が早くなくてもすぐに気付くことは、 この加算による限度率の合計は、 毎年値上げする場合の複利計算1.8% x 2.2% = 4.04% を僅かながら下回ることです。 この点にも、 テナントを保護する仕組みが見られます。
レント・コントロール・ボードでは、 このバンクする方式を自ら「ウィン-ウィン・シチュエーション」(「家主にもテナントにも勝利」の意味)と評価しています。 つまり、 テナントにとっては、 毎年値上げするのに比べてバンクした場合の尻上りのカーブの分だけ支払い総額が少なくなります。 一方家主も、 毎年値上げして良いテナントを逃がすリスクを減らせるという訳です。 ただし、 住宅不足の現況では、 普通1%前後の値上げだけではテナントは逃げませんから、 あまり説得力のある説明とは言えません。
したがって、 市内で住宅を新たに購入したい人もテナントに劣らず大変です。 売り手市場ですから、 買い手の競争相手が多い場合は、 売り手の提示価格を上回る価格で取引が成立することもよくあります。 われわれ多くのサンフランシスカンにとって不幸なことに、 住宅市場がオーバーヒートしているようです。 ビジネスに例えれば、 会社の事業所得に比べて株価が高すぎる、 つまりP/E(Price/Earnings)指標が異常に高いのにある意味では似ています。
当地で住宅を購入する際に最も重要な要素は、 相変わらずロケーションですが、 それに劣らず重要なのは建築の質だと思います。 建築の質には大きく分けて2種類あります。 ひとつは機能性をも含む空間の質、 もうひとつは職工および材料の質です。 外装または内装が一見荒廃していても、 本来の造りが端正な住宅は職工の質が良いと言えます。 したがって、 このような住宅に改築・改装を施すと市場価値も急上昇します。
ところが、 一般にあまり問題にされないのは、 同じ地区ならば、 住宅の単位面積あたりの価格が建築の質にそれほど影響されないことです。 たとえば車なら、 高級車と大衆車では価格に3倍から5倍の開きがあります。 ところが、 住宅の単位価格は市内であまり違わないのです。 言い換えれば、 住宅の実質価格(Value/Price)の格差が非常に大きいわけです。 このため、 住宅を新たに購入しようという場合、 予算、 広さ、 便利さ、 付帯施設、 家族の状況などいろいろ考慮するわけですが、 何よりもこの格差に十分注意しなくてはなりません。 そして、 実質価格の高い物件は、 市場に出る前にコネで売れてしまうことも珍しくありません。 不動産の世界では、 証券業界と違って、 インサイダー取引が法律で禁止されていないのです。
さて、 この逼迫した市場の状況は、 さまざまな原因の複合した結果といえます。 その主なものとして、 次のような要素が挙げられます。
これらの町並みは、 たとえ傾きかけた家屋やしっくいの剥げ落ちた塀が曲がりくねった狭い路地に沿って並んでいても、 足元を見てみると、 多くの場合道端がよく手入れされていることに気づきます。 特に塀や建物と「みち」との境が清潔で、 一坪ほどのスペースでも気のきいた植栽がほどこされていたり、 時には休み石があったり、 ゴミひとつ落ちていない玉砂利洗い出し仕上げに水が打ってあったりします。 何世紀にもわたる地元の人々のたゆまぬケアと思い入れが場所の精神に昇華しているようです。
いま「清潔」と言ったのは、 ゴミや犬の糞が落ちていないというだけではありません。 建築が地面に接する足元のディテールがしっかりしていて、 高級な材料こそ使っていなくても、 長い年月の間によく工夫され、 ていねいに造られたことがうかがわれる状態を言います。 この清潔さこそは、 日本の伝統的な町並みの大きな資産の一部ではないかと、 私は最近思うようになりました。
これは、 清潔好きといわれる日本人の習性にも関わりがありそうですが、 さらに大きな要素は、 これらの通りが、 寺であれ町屋であれ店であれ、 土地家屋の所有者が住んでいる、 つまり家主居住(オーナー・オキュパント)の町並みであるということではないでしょうか。 もし下宿人が住んでいるとしても、 その家主が同じ一角に住んで環境を管理しているのでしょう。 また長年住んでいるテナントなら、 短期滞在の場合と違って家主と同じ意識を持つことも十分あり得ます。
町並みにとって不幸なこの状況は、 決してテナントに責任を負わせることはできません。 家屋の改築や管理に出資するのは、 必ず家主だからです。 ところが、 先に述べたように家賃の年間上昇率が消費者物価指数の60%に抑えられているということは、 その家賃が毎年消費者物価の上昇率の40%ずつ下がり続けるということにほかなりません。 このため、 ほとんどの賃貸住宅の家主は、 賃貸住宅を改築したり外構を改善する余裕がないのが実情です。
もちろん、 レント・コントロール(狭義)が現在より緩和され、 家賃を毎年より高い率で上げられるとしても、 その増収分が賃貸住宅の環境改善に廻されるかどうかは疑問視する向きもあります。 その反面、 レント・コントロールのおかげで市場価格を大幅に下回る家賃を長年享受し続ける住人が少なくなれば、 市場競争が活発化して、 より高い家賃を得るために家主が思いきって改築や環境改善に出資するインセンティブを与えることになります。
ここで明確にしておきたいのは、 近隣の環境と町並みの価値形成を考えるにあたって、 私は所得階層による住宅地の等級について論じているのではないということです。 たとえば、 質素な近隣住区でも家主が住んでいる場合は手入れの行き届いた住宅が多いですし、 高級住宅街でも放置された荒れ地は見られます。 また、 高所得層が持ち家に住み、 より低い層が賃貸住宅に住むと考えるのも誤りです。 これは、 あくまでもライフスタイルやモビリティの問題であり、 家の管理を嫌って、 管理人がすべて面倒を見てくれるアパートに住んでいる資産家や、 いつ配転や移籍に合うか分からない有名人もいるわけです。 家賃が月額5,000〜6,000ドルもする賃貸住宅が新聞広告にしばしば掲載される訳もこれで分かります。
ところで当地では、 売り家の広告に「プライド・オブ・オーナーシップ」という言葉がよく使われます。 これは自分で住む住宅を購入すると、 ローンの支払につれてエクィティ(市場価値からローンの残額や固定資産税の未納分その他の負債を差し引いたもの)が蓄積されるとか、 金利が所得税から控除になるなどの利点とは別に、 住宅購入の重要な意義として、 自分の家を持つというプライドが得られることを指しています。 ところがその裏には、 町並みに対する社会的な責任が同時に生じるという意味も含まれているように思われます。 近隣の環境改善による町並みの価値形成は、 この「プライド・オブ・オーナーシップ」に期待するのが最も有効な方法のひとつではないでしょうか。
したがって賃貸住宅に関しては、 その集合住宅の一戸に家主が住んでいる場合(居住家主)と住んでいない場合(不在家主)を区別し、 住んでいる場合はレント・コントロールの緩和と税制上の優遇措置を設けるのもひとつの有効な方法です。 それにも関わらず、 94年の住民投票の結果、 それまで規制の対象外だった4戸以内の家主居住住宅もレント・コントロールの対象になってしまい、 町並みに対するその悪影響が懸念されます。
不在家主の場合でも、 市の公共事業局や近隣組合が近隣環境の荒廃を監視し、 家主に通告して改善させるのも有効です。 市によって異なりますが、 14日以内に改善を求める通告によって火災時の危険性を増す枯草や粗大ゴミの放置、 運転しない車、 落書きなどを除去させる通告を出し、 家主がこれに応じない場合は市当局が民間業者に代行させて、 家主に請求することもあります。 賃貸契約書にテナントの清掃義務などが明記されている場合は、 家主はテナントに責任を負わせることもできます。
以上のことから、 家主とテナントの問題は、 思いのほか町並みの価値形成に大いに影響することが理解できることと思います。 町並みは、 市の住宅政策と住宅市場のメカニズムの関数として現実のかたちで表れてきます。 そして、 公正な住宅政策とある程度管理された自由な住宅市場は、 持ち家であれ賃貸住宅であれ、 市民の家庭生活と仕事の基盤でもあります。
家主とテナントの間の階級的な対立もこの問題に関係しています。 つまり、 テナント側には、 家主が利潤だけを追求する資産家であるという偏見が見られ、 家主の側には、 テナントは住宅を一時利用するだけの無責任な消費者という偏見があり勝ちです。 私個人の経験から、 これらの偏見は的外れであると言わざるを得ません。 たとえば、 昔から所有しているユニットを貸してやっと生計を立てているシニアや、 極端な節約を続けてやっと2戸建てを購入し、 1戸に住んでもう1戸を貸している勤労者がサンフランシスコの公聴会で証言しているのをテレビ(54チャンネル)で見たりします。 一方、 ちょっとした改善、 たとえばフェンスの修理やペンキの塗り替えなどを自らボランティアで行うような立派なテナントもときどき見られます。
現在私は自分の家に住んでいますが、 先に述べたように何度もアパートを引っ越したため、 テナントの苦労はよく分かります。 その一方では、 持ち家に住むことがいかに費用のかかることかも実感しています。 したがって、 家主とテナントにとってバランスの取れた公共政策とは何か、 ということをよく考えます。 そこでこの問題をさらに突き詰めるにあたって、 次は住宅の公共政策における持ち家奨励制度について少し述べてみたいと思います。
たとえば自分で居住する住宅(本宅=プリンシパル・レジデンス)を購入すると、 月々の住宅ローンの利子分が連邦所得税から控除になり、 したがって所得税を徴収する州では、 州税も節約できます(日本でもようやく99年度から住宅ローン減税が導入されたようですが)。 この利子控除は、 本宅だけでなくセカンド・ハウスにも適用されますから、 もしこれを賃貸すれば、 管理や修理の諸経費と共にローンの利子分が控除できることになります。
またサンフランシスコでは、 固定資産税のベースとなる査定価格が本宅に限って7,000ドルまで減額されるので、 毎年70ドル余りの節税になります。 さらに本宅の場合、 郡の登記所に一旦ホームステッド申告書 (Homestead Declaration)という書類を登記すると、 特定の債権者の請求権を免れます。 つまり、 借金が返済できなくなっても家を取られることがないわけです(ホームステッドとは、 本来「家族が所有して居住する土地家屋」という意味)。 ところが、 賃貸住宅の場合にはこの制度が適用されません。
公共政策だけでなく、 民間のシステムも持ち家を奨励する結果となっています。 住宅ローンを提供する金融機関は、 一般に本宅よりも賃貸住宅の方がリスクが高いことから、 ローンの利率を通常5-10%ほど高く設定していますし、 不動産保険は同レベルの保険金ならば、 賃貸の方が掛け金が高いのが普通です。 また住宅のエクィティを担保に増改築の費用などを借り入れるエクィティ・ローンについても、 賃貸住宅の方が多くの点で不利な条件になっています。 さらに、 サンフランシスコには存在しませんが、 オークランドのように賃貸住宅にビジネス・タックスを課す市もあり、 あらゆる意味で賃貸住宅の維持・管理に余分な費用がかかる仕組みになっているのです。
要するに、 官民とも持ち家を奨励する制度を適用しており、 特に一般の勤労者が初めて住宅を購入する場合に有利となるように構成されていることが分かります。 ところが、 賃貸住宅の家主にとって不利な種々の条件は、 その負担がほぼそのままテナントに回されやすい状況にある、 という事実が余り問題にされないのが実情です。 その上、 賃貸住宅の運営は多くのビジネスと同じで、 当初にまとまった投資が必要なうえ、 テナントに対する過失責任の可能性もあり、 リスクが大きい割に利益の回収に長期間を要します。
以上のことを総合的に考えると、 公正な住宅政策というのは、 あらゆる住宅形態を含めた市場のエコロジカルなバランスを実現するのを最優先すべきで、 政策の副次的波及効果に目を向けずに統計上の比率にとらわれたり、 特定のカテゴリーに焦点を絞って奨励策などを講じると、 本来の意図からはずれた思わぬ結果を招きます。
住宅は市民の「特権」ではなく「権利」であると言われ、 一般商品よりも市場操作が必要であるとしても、 市場原理を尊重した上で慎重にこれを行う必要があります。 住宅市場が圧倒的に需要過剰(供給不足)で安定性に欠けたサンフランシスコのような過密化都市では、 住宅をめぐる諸問題が顕著に現れます。 長期戦略に基づいた住宅政策に導かれて、 経済的なバランスの点でも、 町並みの価値形成の点でも成功したプロジェクトが一つひとつ実現して、 周辺にスピンオフ効果を与えてくれることを期待する次第です。
では次回の話題をお楽しみに。
サンフランシスコの賃貸住宅
日本の大都市でもそうだと思いますが、 サンフランシスコで家やアパートを新たに借りるのはひと苦労です。 これは最近始まったことではありません。 もう18年前のことになりますが、 私がはじめてサンフランシスコで就職して借家を探した時も足を棒にして歩き回りました(坂道さえ厭わなければ、 ノブヒルやパシフィック・ハイツといった中心部はかなり歩けるまちです)。
レント・コントロール
レント・コントロールは、 サンフランシスコ・レント・ボードという市の委員会によって管理されています。 この委員会は、 正式にはRent Stabilization and Arbitration Boardといい、 文字通り「家賃の安定をはかり、 家主とテナントの間の争いを調停する委員会」です。 調停(arbitration)とは、 仲裁(mediation)とは異なり、 当事者双方の間に立つ調停者が裁決を下して、 当事者はそれに従わなくてはなりません。 仲裁の場合は、 仲裁者が当事者間の争いを収拾する手助けをしますが、 最終決定は当事者が行います。 レント・ボードは、 調停だけではなく'96年からこの仲裁サービスも始めました。 レント・ボードについての詳細は、 次のホームページを参照してください。
表1:レント・コントロールによる家賃の上昇限度率(レント・ボードの資料を筆者が編集)
表1は、 制定以来の家賃の上昇限度率を示しています。 年度始めは3月1日で、 固定資産税の査定年度(7月1日〜6月30日)とは一致しません。 消費者物価指数による変動制は'92年12月より実施されました。 これで計算すると、 たとえば'93年始めに月1,000ドルだった家賃は、 '99年始めには1,096ドルまでしか値上げできませんが、 プロポジションHが可決しないで、 上昇限度率4%が依然有効であると仮定すると1,265ドルになったはずです。
このように、 既存の賃貸住宅市場にあれこれと操作を加えるよりも、 民間の非営利ディベロッパー(ハウジング・コーポレーション)によるアフォーダブル住宅の建設をさらに促進する方がより有効で公正な住宅政策ではないかと、 私は思います。 たとえば、 '96年秋の住民投票によってプロポジションAが可決され、 持ち家奨励+アフォーダブル住宅建設を促進するための大型債権が発行されました。 これはサンフランシスコの住宅政策における大きな出来事で、 成果が期待されています。 また都市計画委員会は過去20年近く、 25,000平方フィートを超える大規模オフィス・ビルの開発に対してアフォーダブル住宅の付置義務、 または1平方フット当り7ドルの負担金を課してきましたが、 '99年の夏からこの制度を大規模なホテル、 商業、 娯楽施設の開発にも適用することになりました。 新しい商業開発が既存の住宅市場に与える影響と市街地における複合用途の奨励ということを考えると、 これは大きな意義のある住宅政策ではないでしょうか。
緊迫した住宅市場
各所で繰り返し述べましたが、 サンフランシスコは全米で最も住宅価格の高い都市です。 拙著「コミュニティの再生とNPO」にも示したように、 一戸建ての中間価格は '96年の時点で約30万ドルでしたが、 ここ3年余りで約40万ドルになってしまいました。 およそ年率10%の上昇です。 一流の物件に関しては、 年間20%近く高騰することもあります。 このような状況の中で、 買い手にとっては緊迫した住宅市場がここ数年続いているのです。
1. 西、 北、 東を海に囲まれた地理的条件。 比較的有望な南東地区への発展も限りがあります。
以上のような要素から成る複雑で大きな流れが、 家主とテナントの運命を大河のように押し流しているのが住宅市場の現況ではないでしょうか。 そこで次に家主とテナントの問題を町並みとの関係で考えてみましょう。
2. ビジネスや文化活動の中心としての吸引力とネーム・バリュー、 さらにビクトリアン・ハウスなどの木造建築に対する人気。 これは全米的な人気です。
3. ゾーニングの柔軟性の欠如。 あるブロックのゾーニング変更または条件付認可(CUP)は、 基本的に近隣の合意がないと都市計画委員会が承認しません。
4. 新開発に反対する近隣の住民パワー。 残念なことに、 とにかくどんな開発にも反対する人々がいます。
5. 既得の権利(as of right)としての住宅建設の機会が少なすぎること。 特に集合住宅では、 都市計画委員会などの自由裁量による認可を必要とすることが少なくありません。
6. 大資本の投資による高価格住宅の供給。 安い住宅の消滅を助長しがちです。
7. 住宅地に用途変更可能な工業地帯の土壌汚染。 汚染緩和の費用は、 通常民間プロジェクトの採算の限度を超えています。
8. リーズナブルな費用で質の高い小規模工事を請け負う業者の不足。 建設費の異常な高さと、 慢性化した遅れには驚かされます。
9. 無認可増築ユニットの特赦的措置や、 リブ・ワーク(職住一致住宅)の推進に対するインセンティブを含む公共政策の停滞。
町並みの価値形成
京都をはじめ、 金沢や鎌倉などのいわゆる日本の伝統を背負ったまちを訪ねると、 歴史の重みに裏付けられた場所の存在感はもちろん、 建築物や土地の起伏、 土木構造物、 ランドスケープなどを含む環境全体の成熟度がありありと感じられます。 つまり、 当たり前のことですが、 10年や20年の都市計画によって作られたまちではないということです。
写真1:近隣の3戸建てビクトリアン賃貸住宅―ビクトリアン・ハウスは、ほとんどが1880〜1890年代に建設
写真2:近隣の4戸建てビクトリアン賃貸住宅―家主が端の1戸に住
み、他端の1戸をコンドとして売却し、中央の2戸を賃貸
写真3:近隣の3階、12戸建てフラット―1階は自動セキュリティ・ドアから入るロビーと駐車場
私の住んでいる近隣では、 1〜4戸のビクトリアン・ハウスや新旧とりまぜた集合住宅が密集していますが、 その家屋に所有者が住んでいるか賃貸なのかは、 いま述べた道端の清潔さによってかなり区別がつきます。 門前に紙くずが吹きだまり、 セメントで適当に応急処理した擁壁に枯れ草が生い茂り、 さびた車の部品が捨ててあったりするのは、 ほとんどの場合その住宅が賃貸であることを示しています。 特にこの地区は賃貸の回転率が高い、 つまりトランジアントな近隣で、 新しい住人が次々とやってきては、 また数年で引っ越してゆくせいもあるかと思います。
持ち家奨励制度の問題点
サンフランシスコの場合とは逆に、 全米における持ち家率は非常に高く、 平均60%を超えています。 これは、 ひとつには連邦、 州および市政府の税制を含むそれぞれの政策が持ち家奨励制度を取っていることにも大きく由来していると思われます。
このページへのご意見は川合正兼へ
(C) by 川合正兼