サンフランシスコ:まちの話題第5号 2000年2月住宅問題その2 - 弱者の立ち退き |
前回の話題のひとつ、 市長選の決戦投票については、 現職のブラウン市長がほぼ6対4の得票差で、 挑戦者の市議会議長アミアーノ氏を破って再選を果たしました。 ブラウン市長に期待と信頼を寄せていた日系コミュニティなどは、 大いに勇気づけられたようです。
今回は10月号の「住宅問題その1」を受けて、 市民のなかでも弱者、 特にシニアや低所得者にとっての深刻な立ち退きの問題と、 それがサンフランシスコというまちの発展に及ぼす影響などについて考えてみたいと思います。
ローラは今年84歳になるサンフランシスカンです。 ミッション地区にある4戸建てのアパートの1戸を借りて、 40年間一人暮しを続けてきました。 40歳を過ぎたころ離婚して居住用ホテルに住んでいたところ、 親切な家主が空き室を安く提供してくれたそうです。 それ以来、 自費で数々の改築も行なってきました。 ところが、 その大家が最近亡くなり、 '99年の初めに現在の大家である不動産ブローカーが建物を購入しました。 コンドミニアムに転換して売却するためです。 彼女は現在、 賃貸契約期限が切れて立ち退きを迫られているのです。 他の3戸はすでに空き家です。 彼女は頼るべき身寄りもなく、 他にアパートを探すにも、 今の月々100ドルの家賃とは比較にならないほど高額の物件ばかりです。 彼女は、 すでに裁判所に立ち退き禁止命令を求める訴訟を起こしています。
このような経緯はともかく、 ローラのような高齢のテナントを長年住み慣れた我が家から追い出すことは、 何かが間違っているという気持ちが次第に強くなり、 頭から離れません。 そこで私は、 火曜日の朝8:30に彼女の支持集会が予定されているシビック・センターの州最高裁前に集合することにしました。
州最高裁の前には、 人々がぽつぽつと集まってきます。 早速、 例のファックスを送ってくれた人物に会いました。 シニア・ハウジング共闘 (SHAC) の代表ジムです。 まだ30代前半の若者ですが、 弱者が賃貸住宅から追い出されるという社会的不正義と戦う意気込みを感じさせます。 また、 ローラと同じミッション地区で、 低所得者住宅の開発を推進する非営利団体 (NPO) で活躍するビルとも出会いました。 彼とは以来親しくなり、 彼らが開発した低所得者住宅を後日見せてもらいました。 従来の常識を破る画期的なデザインです。 そのほか、 サンフランシスコ・テナント連盟や住宅人権委員会の活動家仲間、 同じような境遇にある何人かのシニア・テナント、 それにドキュメンタリーの製作を勉強している女性や報道関係者も混じって、 総勢30人ほどのグループです。 ローラ本人は高齢のためか現れませんでした。
我々はまず、 英語とスペイン語で、 「欲の深い大家とその弁護士...」と書かれたプラカードを持って「ストップ・エヴィクション (立ち退き中止)!」と声を合わせて叫びながら、 裁判所の周辺を練り歩きました。 数人の警官がぴったりつけて、 デモ隊が常軌を逸しないように警戒しています。 裁判所の裏手に回ると、 デモのリーダーが、 担当裁判官のオフィスの窓を指差してシュプレヒコールを先導します。 そして、 一行は場所を市庁舎の玄関前に移して演説集会を行ったあと、 その日は解散しました。
その後 2 週間余り経って、 地元の新聞に小さな記事が出ました。 ローラは、 大家と法廷外で和解し、 2000年の8月までそのアパートに滞在できることになった、 とあります。 大家は、 かなりの額の補償金を申し出ましたが、 社会保障 (ソーシャル・セキュリティ) の受給資格に影響を与えることもあってか、 彼女はそれを断ったそうです。 いずれにしても、 彼女はこの夏以降移り住む場所を探さなくてはなりません。 ただし、 地元の新聞やテレビで紹介されてかなり有名になったので、 市長室住宅局も解決策を検討しはじめたということですし、 多くの人々の支持を得て、 無事新居に引越しできることが期待できそうです。
エリス法は、 カリフォルニア州法のひとつ、 カリフォルニア州政府規定 (Government Code) のセクション7060の各項に規定された賃貸住宅に関する法律です。 起草した議員にちなんだ通称が付いていますが、 この名前は条文には見られません。 条文の冒頭には、 「いかなる政府機関も、 法律、 条例、 規制の制定、 またはこれらを執行する行政行為によって、 住宅物件の所有者に賃貸または賃貸の続行を強制してはならない」と書かれています。 これは端的に言えば、 賃貸契約が切れた際に、 その住宅物件を賃貸市場から引き上げる権利を家主に保証するものです。 市場から引き上げて、 その後10年以内に再び賃貸する場合は、 もとのテナントに一定の条件で再入居の申し出を行う義務があるなど、 詳細な条件が付いています。
このエリス法による立ち退き (Ellis eviction) は、 今サンフランシスコで大きな社会問題になっています。 つい先日も、 立ち退き手続きを代行中の弁護士と地元のテナント活動家が街頭で険しい応酬をしている記事が、 大きな写真入りで掲載されました。 ご存知のように、 ここ数年サンフランシスコ市内は、 住宅価格、 家賃共に大幅な高騰を経験し、 この先もし米国経済が急降下しても、 高値安定するのではないかと予想する向きもあります。 そこで、 時代遅れの低い家賃を徴収している賃貸住宅の家主は、 不動産ブローカーや投機家にそこそこの価格で賃貸したまま売却してしまうのです。 前述のローラの件もこれにほぼ相当します。 そこで、 投資物件を購入した投機家は、 早速エリス法を盾に、 一挙に建物全体をコンドミニアムに転換して、 一戸ずつ売却して利益を上げようとするのです。
これに対して、 従来からテナントを追い出す手段として、 レント・コントロールで定められた家主入居による立ち退きが利用されてきました。 これは「OMI 立ち退き」とも呼ばれています。 OMIとはオーナー・ムーヴインの略で、 家主が自ら入居することです。 正確には、 住宅の所有者本人またはその親子、 兄弟、 配偶者、 祖父母、 孫などが入居する場合は、 賃貸契約が切れた際にテナントを追い出すことができるというものです。 これには、 本人や家族が入居した後、 3年以上本宅として居住することが条件となっており、 10年経たないと再び賃貸できないエリス法による立ち退きより家主にとっては有利な面もあります。 家主入居による立ち退きの場合、 各住戸を購入した家主がテナントの立ち退きを行います。 この新しい家主は、 本人 (または前述の家族) が入居する限り、 テナントとの賃貸契約を終了して占有権を回復できることになります。
ところが'98年の秋、 住民投票で可決されたプロポジションGにより、 家主入居による立ち退きは建物1軒につき1戸のみに制限されると共に、 10年以上住んでいる60歳以上のシニアと身障者、 それに5年以上住んでいる重病人 (別途定義) には適用できなくなりました。 したがって、 最新のレント・コントロールにはこの条項が追加されています。 その結果、 家主入居による立ち退きを利用したコンドミニアム転換は、 1戸からだけテナントを立ち退かせる場合に限られるので大変困難になり、 その件数が急激に減っています。
一方、 エリス法は州法で保証された家主の権利に関するものですから、 市民による住民投票や市の条例によって、 これを無効にすることはできません。 したがって、 市のレント・コントロールにも基本的にそのまま採用されています。 そこで、 全戸を賃貸市場から引き上げることによって、 一斉に空室にできるエリス法による立ち退きがこのところ急激に増え、 サンフランシスコでは大きな問題になっているのです。 コンドミニアムに転換する目的でエリス法を利用しようとする投機家に対して、 市長、 市議会およびテナント活動家たちは、 これを市のレベルで阻止するための条例改正をいま検討中です。
所有者が抽選に応募し、 当選してからコンドミニアム転換が完了するまで、 一般に1年から1年半かかるとされています。 コンドミニアム転換の応募資格があるのは、 2戸から6戸までの多所帯住戸と、 コミュニティ・アパートメントと呼ばれる不動産の所有者です。 コミュニティ・アパートメントとは、 住宅分割条例によると「土地の不可分な共有と、 その上に建つ住戸の占有権からなる不動産物権」と定義されています。 コンドミニアム転換に際しては、 それぞれの場合について所有者の最少居住年数に関する下限や、 40%以上のテナントが新住戸を購入する意思があるかどうかなどの条件も定められています。 ただし、 株式を取得して居住権その他を得るコーポラティブの場合は、 200戸の年間制限が適用されません。
家主入居による立ち退きを利用したコンドミニアム転換が、 '98年の住民投票によって大変困難になったことは先に述べました。 ところが、 この新しい法律をくぐり抜けるために、 不動産投機家たちは「TICコンドミニアム」なるものを考案したのです。 TICとは、 テナンシー・イン・コモンの略で、 不可分な共同所有形態 (均等である必要はない) のうち、 共同所有者に相続権のないものをいいます。 つまり、 遺言の有無にもよりますが、 所有者の一人が亡くなると、 その所有権が共同所有者にではなく他の相続人に相続されることになります。
TICコンドミニアムには分割所有権がありませんから、 法的にはコンドミニアムではありません。 そこで、 家主入居によってテナントを追い出すために、 一旦TICコンドミニアムに転換しておいて1戸づつ売却し、 新しい所有者がテナントを立ち退かせ、 全戸に所有者が入居してからCC&R (Covenants, Conditions and Restrictions) と呼ばれる約款を作成してコンドミニアムに転換するのです。 現在まで、 家主所有による立ち退きの約半数は、 このTICコンドミニアム転換によるものとされています。 不動産ブームの時期ならではの現象といえましょう。
賃貸住戸が減って、 その分コンドミニアムの住戸が増えると、 住宅総戸数は変りませんが、 当然アフォーダブル住宅は消失してゆきます。 しかもアフォーダブル住宅の供給は、 サンフランシスコの公共政策の中でも最上位に位置づけられている重要課題です。 一方、 私有財産保護の観点から見ると、 不動産を所有する権利には、 これを最大限に利用して享受する権利も含まれますが、 それと同時に公共の福祉に適うべき一定の義務も伴うとするのが現在では規制を正当化する根拠です。 そこで、 公共の福祉とは何かという問題と、 所有者にどの程度まで義務を課すことが、 無償収用 (taking) に相当しないかという難しい問題に行きつきます。
賃貸住宅に関する法律がどうであろうと、 移り住むあてもないシニアを、 40年も住みなれた我が家から立ち退かせるのは、 社会正義に反すると言わざるを得ません。 ところが、 彼女が支払っている月額100ドルという家賃は、 低賃金で働きながら、 たとえば毎月600ドルの家賃を支払って、 ぎりぎりの生活をしている人々にとっては、 これも不公正と思われるかも知れません。
では、 彼女のような立場のテナントに対しては、 公共の福祉が安全ネットとしての役割を果たすべきなのでしょうか。 それとも、 公共機関からいわばライセンスを得て営業している民間の非営利団体に社会的使命があるのでしょうか。 あるいは、 コンドミニアムとして売却しようとしているブローカーは、 本来そのような問題のある物件と知りながらこれを購入すべきではなかったか、 あるいは購入できないような仕組みがあるべきだったのでしょうか。
一方、 賃貸住宅の所有者には、 特定の規則に則って、 賃貸業務を中止する権利はあるはずです。 いかなる法律も、 事業者に特定の業務を続行することを強制できません。 そして賃貸物件であろうと所有物件であろうと、 住宅市場にある限り自由に取り引きされ、 所有権の形態も所有者の意思で変更されるべきものです。 そこで、 市場住宅に対する特殊住宅という問題が現れてきます。
市場住宅とは、 市場価格で自由に取り引きされる住宅です。 特殊住宅とは、 公共機関が供給する住宅をはじめ、 公共の資金援助を得て低所得者などに提供される住宅で、 民間非営利団体が開発または改築して提供するものも含みます。 民間非営利団体は、 事業税の免税措置をはじめ、 公共の低利融資や資金援助を受けている事業体なので、 その製品は特殊住宅です。 そして、 特殊住宅は市場で自由に取り引きできない仕組みになっています。
ローラの場合は、 実質上の特殊住宅が一般市場にあったことに起因しているのではないでしょうか。 つまり市場に顕在化しない「民間の特殊住宅」だったわけです。 そして、 緊迫した市内の住宅市場が、 このようなインフォーマルな特殊住宅の存在をもはや許容できなくなる状況を作り出しているのが現状です。 ところが、 特殊住宅は市場に従属すべきではない、 というのが公共政策の立場です。 もちろん現実には市場に影響されますが、 いわば独立変数のように、 独立の要因を保ちながら市場住宅との関わりを持っています。
市場住宅と特殊住宅は、 互いに競合することはあります。 たとえば、 品質の高い特殊住宅のために、 市場住宅の需要が伸び悩んだり、 逆に低価格の市場住宅の普及で、 特殊住宅の採算が取りにくくなることはあるでしょう (民間非営利団体も、 常に採算には厳しくないと生き残れません)。 しかしながら、 市場住宅と特殊住宅は互いに排他的 (エクスクルーシブ) であるべきではありません。 競合的ではあるが排他的ではない関係を、 包括的 (インクルーシブ) と呼ぶことにすると、 包括的事業とは、 そこに参加する要素を排除しないで、 公正にそれらを競合させることです。
シニアや低所得者などの弱者の立ち退きの問題は、 単に住戸から彼らを追い出すだけでなく、 必ず次の段階では特定の地区から、 さらに市内から排除することに自然につながります。 このような事態の起こらない包括的なシステムを創出して実施すること、 そこに解決の道がありそうです。 前述のエリス法は廃止できなくても、 たとえば市長室住宅局との取り引き関係において、 非営利団体が、 営利企業であるブローカーと折衝することも一法かと思われます。 これが官、 民、 非営利の三角関係による包括的事業です。
次に、 この「排他的-包括的」の関係を都市の多様性とアーバン・ファブリックいう問題に拡張して考えてみましょう。
アーバン・ファブリックは、 都市を構成する地理的条件やランドスケープをはじめ、 それぞれの土木、 建築構造物およびインフラストラクチャー、 さらにそれらのハードウェア上を走るソフトウェアである情報や社会システムなどのすべてを含みます。 ところがこれらの構成組織の中で、 他を引き離して最も重要なのは、 そこに住む人間である、 という自明なことがらを我々はないがしろにし勝ちです。 つまり、 誰が住んでどのような暮らしをしているか、 ということが、 アーバン・ファブリックの本質ではないかと思います。
では、 なぜアーバン・ファブリックがしばしば問題になるのでしょうか。 それは、 都市の多様性と関わりがあるからです。 特に世界中から多様な移民を受け入れて成り立ってきた米国では、 多様性は都市の属性ではなく、 情報密度とか、 安定した発展と共に、 都市にとってかけがえのない要素のひとつです。 つまり、 それ無しには真の都市ではなくなる必須条件と言えましょう。 かつて私が都市計画を勉強し始めたころ、 最初に教わったことのように記憶しています。
たとえば、 住宅だけの集まったコミュニティは都市とは言えません。 また大型団地に住宅建設だけを推進し続けた連邦政府のHUD (住宅・都市開発省) の失敗は、 適切な建て替え事業によって現在各地でよい結果を生みつつありますが、 その教訓は、 カリフォルニア州法の公共住宅政策に関する条文にも明記されています。 つまり、 HUDの失敗に鑑みて、 公共住宅については、 住宅建設だけではなく、 住民のための社会サービス、 経済開発、 職業訓練などのプログラムも同時に行うべきことが制定されています。 日本では、 たとえば県条例の条文で建設省の失敗に言及することなどあり得ないのではないでしょうか。
サンフランシスコでも最近、 バンネス通りから日本町にかけて、 大型のシニア用高層住宅が次々と建設されてきました。 しかし、 このような「シニア地区」を助長する排他的な公共政策は間違いであったことが、 将来明らかになるでしょう。 すでにシニアを狙った犯罪も多発しています。 また、 大病院や大手のHMO (医療管理法人) が陣取り合戦のように次々と近隣住区を侵食して、 従来見られた歩道レベルの活気を奪いつつある状況もあります。 これらはすべて、 複合開発ではなく、 単一大規模開発による反多様化の兆候です。
ただし私は、 プライベート・クラブ的なゲーテッド・コミュニティ(ゲートで囲まれたコミュニティ) に反対しているのではありません。 そうではなく、 まちづくりの公共政策として、 ここはシニア地区、 ここは低所得者地区と区別することが、 いずれは地元住民の望まない結果を招くであろうことを予見せざるを得ません。 サンフランシスコの近郊をはじめ、 全米各地に1万人前後の単位でシニアが老後の生活を享受しているシニア・コミュニティが見られますし、 またラスベガス郊外のスパニッシュ・トレールのような傑出したエクスクルーシブ・コミュニティも、 郊外ではそれなりに存在価値はあると思います(「エクスクルーシブ」は、 「排他的」だけでなく「高級な」というニュアンスもあります)。
真の都市ではない郊外は別として、 これからの都市の健全な発展は、 多様性を排除してはあり得ません。 この「多様性の原理」は、 住宅に限らず商工業や公共的施設についても当てはまります。 たとえば、 全国チェーン店が近隣商店街の小規模な自営商店 (夫婦で経営する意味からMom & Popと呼ばれています) に取って代りつつある状況も、 近隣住民の危機感を高めています。 これらすべての大きな現象に見られるアーバン・ファブリックの組織崩壊が、 弱者の立ち退きという小さな事件と思わぬところでつながっていることに気付いたような気がします。
では、 次回の話題をお楽しみに。
立ち退きを迫られるシニア ― ローラ事件
図1:シニアハウジング共闘から送られたパンフレットの漫画
昨年の夏のことになりますが、 私のオフィスに「回覧」と称して知らない人から1枚のファックスが送られてきました。 ダイレクト・メールをファックスで送ることは法律で禁じられていますので、 私が低所得者住宅やアフォーダブル住宅の問題に関心を持っていることを誰かが知っていて、 連絡をくれたのかと思って読んでみました。 「ローラ (敢えて苗字は伏せます) の立ち退きを阻止するシニアとテナントのデモに参加を!」という見出しが目につきます。 それに続いて「コンドミニアム売出中」の看板をかかげた低所得者住宅から荷物を持ってすごすごと出てゆくシニアの姿が漫画で描かれていました(図1)。
写真1:市庁舎前に集まりエリス法による立ち退きに反対する市民
写真2:立ち退きに会ったアパートの実例を挙げたプラカード
さらに11月の末になって、 私はシニアや身障者の立ち退きに反対する集会に再び誘われました。 今度はミッション地区だけでなく、 チャイナタウンなどからも100人ほどが市庁舎の玄関前に集まっています (写真1)。 今度は、 立ち退きを迫られている89歳の女性をはじめ、 病弱そうなシニアや車椅子に乗ったテナントも見られます。 何枚かの大きなプラカードに、 立ち退きを執行されたアパートの写真が貼ってあり、 そのテナントの数と家主の名前が記されています (写真2)。 「挽救我家園」(我家を救おう) とか「停止逼遷」(立ち退き中止) などと中国語で書かれたプラカードも見られます。 次に一行は、 「新しい開発を認可する前に、 アフォーダブル住宅を検討すべし」などといった項目を含む要望書を市当局に手渡しました。
エリス法と家主入居による立ち退き
テナントの立ち退き問題は、 意外と複雑な局面を持っています。 問題の性質をもう少し深く理解するには、 カリフォルニア州法の一つであるエリス法、 市の行政法の一つであるレント・コントロール (10月号で一部紹介しました)、 および市の住宅分割条例 (Subdivision Code:「宅地開発条例」と訳す場合もありますが、 あまり正確な訳とは言えません) の一つであるコンドミニアム転換規制について検討してゆく必要がありそうです。
コンドミニアム転換 (Condo conversion)
コンドミニアムとは集合住宅の所有形態のひとつで、 1戸の分割所有権と共有部分の不可分な所有権を併せ持つものです。 賃貸住宅をコンドミニアムに転換するには、 市の公共事業局の認可が必要となります。 サンフランシスコでは、 市の住宅分割条例に、 '94年1月1日から2000年12月31日まではこれを許可してはならない旨が記されています。 ところが、 例外として毎年200戸だけ応募者の中から抽選によって認可してもよいことが定められています。 元市長の名前をとって、 通称ファインスタイン法と呼ばれています。
市場住宅と特殊住宅
以上の複雑な状況を踏まえて、 冒頭に紹介したローラのケースに戻り、 もう少し突っ込んで賃貸市場における市場住宅と特殊住宅の問題について考えてみましょう。
アーバン・ファブリック
当地で都市計画やアーバン・デザインに携わる人々の間では、 「アーバン・ファブリック」という言葉がよく使われます。 日本語では、 これにぴったり対応する訳語をいまだに見つけられないでいますが、 敢えて言えば、 都市を構成する組織 (会社組織の組織ではなく、 神経組織や上皮組織の組織) とか、 まちの複雑な成り立ち方といったような意味でしょうか。 さまざまな糸で織り混ぜられた一枚の布に対する比喩が語源となっています。
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