サンフランシスコ:まちの話題第6号 2000年4月住宅問題その3 - アフォーダブル住宅 |
先月(2000年3月)は、 米国と日本でそれぞれ都市開発に大きな影響を与えると思われる注目すべき出来事がありました。 3月11日付のインターネット版朝日新聞によると、 建設省は、 市街化区域と市街化調整区域を区分けする「線引き」を全国の自治体に委ねるために、 30年ぶりに都市計画法の抜本的な改正案をまとめたとのことです。 この改正案には、 商業地域内の開発権委譲(TDR)に関する条文も含まれ、 閣議決定のうえ今国会に提出されるそうです。 米国で都市計画の地方分権制度が始まってから約90年、 日本でもいよいよ地方自治体の権限による都市計画の時代が幕開けしようとしていることは、 とても意義のあることだと思います。
一方、 米国議会では、 3月16日、 Private Property Rights Implementation Act(私有財産権施行法)が、 修正案の裁決と委員会への差し戻し提案のため迂回した末、 結局共和党の圧倒的な支持により226対182で可決されました。 この新法は、 不動産の所有者が、 地方自治体の条例や都市計画決定などにより無償収用(taking)を被ったとして市立裁判所に訴えを起こしても「らちがあかない」(futile)と認められる場合は、 連邦裁判所に直訴できるというものです。 従来は、 下級裁判所から順に上級裁判所に上訴しなくてはなりませんでした。 過去10年間に、 連邦裁判所で争われた無償収用のケースは14件しかないそうですが、 今後は件数が増加し、 都市計画上の地方自治体の管轄権が弱まる可能性が懸念されています。
それぞれ意味合いは異なりますが、 米国と日本で、 地方自治体の都市計画権限に関する反対方向の動きを見るようで、 とても興味深いものがあります。
さて今回は「住宅問題その3」として、 アフォーダブル住宅開発について、 その立役者である非営利ディベロッパーの役割とその運営の仕組み、 およびそれを管轄する市長室住宅部の役割、 さらにアフォーダブル住宅の最後の砦ともいえるSRO(居住用一室ホテル)を、 サンフランシスコで初めて営利企業が開発した例などについて紹介したいと思います。
この深刻化するアフォーダブル住宅の危機に対して、 クリントン大統領は2001年度予算案で、 低所得所帯のための家賃直接補助金6億9,000万ドル、 ホームレス対策に12億ドル、 HUDから地方自治体を通じて開発業者に与えられる包括補助制度である住宅投資共同プログラム(HOME)に16億5,000万ドルを供与することを提案しています。
史上空前といわれる米国の好景気にもかかわらず、 アフォーダブル住宅の危機がこのように深刻化している理由としては、 以下のような要素が挙げられます。
市内には、 テンダーロイン地区やミッション地区といったアフォーダブル住宅のニーズとフィージビリティの特に大きな地区を中心に、 大手の非営利住宅ディベロッパーが約10団体あり、 いずれも20-30年の経験を誇っています。 これらのNPOによる住宅供給実績は、 年によっても異なり一概には特定できませんが、 ごく大ざっぱに言うと、 改築も含めて過去10年間に約15,000戸のアフォーダブル住宅が民間非営利ディベロッパーによって開発されてきました。
これらの民間ディベロッパーは、 低所得者用のアフォーダブル住宅の開発・運営を専門に行う非営利団体(NPO)で、 一般にハウジング・コーポレーションまたはディベロップメント・コーポレーションと呼ばれています。 地元の教会関係者が発起人となって設立したもの、 近隣の有志グループが共同組合を作って次第に非営利の資格を得たもの、 住環境改善や困窮家庭のための社会サービスを行っていたNPOが住宅開発に乗り出したものなど、 生立ちはさまざまです。 いずれも、 賃貸住宅の開発・運営だけでなく、 児童やシニアのデイケア、 カウンセリング、 文化活動など、 住民に対するさまざまなサービスをはじめ、 近隣の利益を守るための市民活動、 コミュニティ内における公共計画への積極的な市民参加など、 幅広い活動を行っている民間企業なのです。
ここで「企業」と言ったのは、 彼らが厳しいビジネスとして企業活動を推進しているからです。 採算を二の次とした慈善団体でもなければ、 ボランティアの集団でも決してありません。 アフォーダブル住宅の供給という公共性の高い事業を有効に推進してゆくには、 他のNPOだけでなく、 市場住宅の開発業者とも競合し、 その中でビジネスを成功させて将来の生き残りを図ることが肝心です。 まさに「公共の福祉を目的としたビジネス」なのです。 この点が日本では大いに誤解されているように思われます。
もうひとつの誤解は、 アフォーダブル住宅が、 みすぼらしい外観を持った水準の低いプロジェクトではないか、 ということです。 決してそうではありません。 アフォーダブル住宅のほとんどは賃貸の集合住宅ですが、 中には、 既存の町並みに溶け込んで、 市場価格のコンドミニアムと見紛うものもあります。 窓は、 プランニング・コードの規定により、 一定規模以上の場合、 サンフランシスコの伝統的なビクトリアン住宅の要素であるベイ・ウィンドウ(張出し窓)を適用することになっていますし、 美しいカラー焼付塗装のアルミサッシや二重ガラスもかなり一般的です(写真1)。また、 ロビーなどの共用空間に外国産大理石をふんだんに使用した一流ホテルのようなプロジェクトまであります。
企業運営のしくみも、 決して単純一様ではありません。 公共の補助金を得て、 単独で開発する場合もありますが、 それ以外に、 各団体はそれぞれ、 プロジェクトの規模や状況に応じて独自のシステムを利用しています。 以下にそれらの例を2つ紹介してみましょう。
一方、 クレジットを購入した投資家は、 向こう10年間にわたって、 毎年その分だけ所得税を減免されることになります。 実際に、 チャイナタウン・コミュニティ・センターというNPOによる開発事業で、 民間企業とパートナーを組み、 リミテッド・パートナー契約のもとにこのクレジットが利用された例があります。
もちろん、 営利企業と非営利団体の間で、 不透明な資金の融通があると、 税務上の問題を引き起こしかねず、 適正な報酬や会計の透明性の点で最大限の注意が必要となります。 日本では、 NPOがアフォーダブル住宅を開発する段階にまだ至っていませんから、 むしろ逆に、 民間企業の開発したプロジェクトをNPOが管理・運営するという方式がまず第一段階としてあり得るかと考えられます。
このほかにもあらゆる複雑な仕組みを組合せたり、 新たに考案したりしながら、 それらを駆使してアフォーダブル住宅の供給を推進するサンフランシスコのNPOの革新的な姿勢には、 改めて感心させらます。 では次に、 NPOの「非営利」とは何かということについて、 もう少し突っ込んで検討してみましょう。
米国のNPOは、 連邦政府の内国歳入法(Internal Revenue Code)の第501(c)(3)項の規定により、 事業所得の免税資格を得ています。 つまり、 家賃収入やサービス料からの事業所得はもとより、 寄付金や補助金による所得にいたるまで、 所得税をすべて免除されているのです。 したがって、 州および地方自治体レベルの所得税も一般に免除になります。 地方自治体の固定資産税も徴収されません(この特典は将来なくなるのではないか、 と懸念する向きもありますが)。 さらにNPOに献金する個人や法人も、 ほとんどの場合、 その献金額から実際に得たサービス(たとえば、 慈善パーティの食事代など)を差し引いた額だけ所得税から控除できます。
免税特権はこれだけではありません。 NPOの従業員には、 公務員と同じレベルの優遇年金制度が適用され、 一般の民間企業では給与から差し引かれる失業保険(FUTA)も免除されます。 社会保障税(FICA)も以前は免除されていましたが、 84年の税制改正により、 この特典はなくなりました。 また、 首尾よく利益を計上した場合は、 従業員に対する利益配分(プロフィット・シェアリング)の制度まで認められています。 非営利団体で利益配分が行われるというのは、 矛盾した印象を受けますが、 NPOにおいても、 いやNPOだからこそ優れた従業員を確保しなければならない、 という法の精神をそこに読み取れます。
以上のことから、 非営利団体とはいっても、 事業から得た利益を経営者や投資家に配当できないだけで、 利益がないということでは全くありません。 利益が計上されれば、 次の計画資金のためのプールや緊急時に備えたリザーブに回すこともあるでしょうし、 利回りのよい投資に運用されたり、 前述のように従業員の利益配分に割当てられることもあり得ます。 このような総合的な優遇税制が、 米国のNPOによる社会福祉活動の原動力となっているわけで、 一切免税資格のない日本のNPOは、 その社会活動の範囲と規模が極めて制約され、 将来性が心配です。
これほど、 さまざまな特権を授かっているNPOですから、 税務当局による監査はもちろんのこと、 設立時の資格審査にも厳しいものがあるのは当然です。 資格条件には、 基本的に「組織条件」と「活動条件」があります。 組織条件の主要な点は、 個人の集まりやパートナーシップはNPOとして登録できないということで、 州の免許を得たコーポレーション(法人)でなくては免税資格を得られません。 一方、 主な活動条件のひとつとして慈善事業が挙げられますが、 貧困家庭や困窮者の救済はもとより、 身障者やシニアのケアも当然慈善事業として認められています。 したがって、 HUDの基準による低所得者所帯のための住宅開発を行うディベロッパーは、 免税資格に応募できます。
免税資格を得たNPOの活動は、 非営利活動に限られています。 つまり同じ組織の中で営利と非営利の活動を混合することは認められていません。 先の例のようにNPOの関連会社を営利企業として設立して、 役割を分担するような例も実際には見うけられますが、 税務上の公正さをよほど確保していないと、 危険が大き過ぎます。 いったん税務当局に免税資格を剥奪されると、 NPOとしてはまず生き残ってゆけないからです。
アフォーダブル住宅に関しては、 96年に市長が召集して発足した総合的住宅アフォーダビリティ戦略諮問委員会(CHAS)という官民の委員からなる委員会が、 プロジェクトの計画、 開発、 竣工後の監視、 市の資産の有効活用、 その他の諸問題についての決議事項を市長に上申する役割を負っています。 MOHはこの委員会にも常任委員を送ると共に、 再開発局や都市計画局などの他部局や委員の間の調整も行っています。
ところで、 都市計画委員会は、 市内の住宅開発を認可する際、 10%の低所得者住宅を供給する規定にもかかわらず、 多くの場合自由裁量でそれより多くの戸数を要求してきますが、 MOHは、 プロジェクトごとの状況に応じて適正な低所得者住宅の戸数を委員会に提言する役割も負っています。 最近の例では、 SOMA地区のヤーバ・ブエナ・ガーデンズの近くに現在建設中の高層住宅の場合、 475戸に対してその約21%にあたる99戸が低所得者用住戸に割当てられています。
MOHのもうひとつの大きな役割は、 アフォーダブル住宅供給の開発者兼所有者であるNPOに対して、 その業務を監視し、 計画申請を審査・指導し、 さまざまな資金源からの補助金を配分すると共に、 直接一般市民に対しても住宅購入の頭金の補助や低利の融資を行うことです。 その資金源としては、 前述のHOMEやコミュニティ開発包括補助金(CDBG)を含むHUDからの補助金のほか、 一般市債の発行によるアフォーダブル住宅基金(96年の住民投票で可決)、 市内のすべてのホテルから徴収されるホテル税とダウンタウンの商業開発業者から徴収するオフィス・住宅リンケージ・フィーによる基金、 それに再開発局の管轄するタックス・インクリメント基金などが主要なものです。
MOHがプロジェクト全体または一部を資金援助して、 98年までに実現したアフォーダブル住宅の実績戸数は以下のとおりです。
開発プロジェクト件数 総住戸数 一次取得者用住宅 18 815 家族用賃貸住宅 107 6,304 低所得単身者住宅 33 2,569 シニア住宅 19 1,246 エイズ患者のサポーティブ・ハウジング 11 148 サポーティブ・ハウジング(エイズ患者以外) 53 2.448 合計 241 13, 530
融資額については、 中間所得の80%以下の所帯では5万ドル、 80%を超えて100%までの場合は3万ドル借りることができます。 ただし、 頭金の一部として購入価格の5%を自己資金でまかなわなければなりません。 購入する住宅のサイズは、 1人につき1ベッドルーム、 2人の場合は2ベッドルームまでというように、 所帯のサイズに応じて決められています。 ところが、 このプログラムの最大の難点は、 購入価格の上限が低くおさえられていることです。 たとえば、 2ベッドルームの住宅では限度価格が25万5,000ドルに定められており、 市内の住宅の中間価格が40万ドル近くに達している現状では、 このような物件を見つけるのは簡単ではありません。
さて、 ローンの応募者はまずこのような物件を自分で見つけ、 MOHの指定する金融機関から住宅ローン(モーゲッジ)の資格認定を受けなくてはなりません。 頭金のローンの申し込みは、 住宅ローンの申し込みと同時にこの金融機関に提出します。 購入価格を25万ドルとすると、 その5%(1万2,500ドル)とローンの諸手数料を用意して、 MOHから3万7,500ドルの融資を受け、 合計5万ドルを頭金としてエスクロー(不動産取引の授受を管理する第三者機関の供託口座)に払い込むことになります。 したがって、 銀行からの融資額は20万ドルとなり、 年利7.5%の15年ローンと仮定すると、 毎月の支払いは1,854ドルです。 この際MOHは、 ローンの保障はしません。
この住宅を売却すると、 その時点で、 借り受けた頭金に売却益の一定の割合を加えた額をMOHに返済しなくてはなりません。 賃貸に転換した場合も、 これに準じた取り扱いとなります。 また、 モーゲッジの支払いが不履行(デフォルト)になると、 通常の場合は金融機関が差し押さえて競売に出しますが、 このプログラムでは、 場合によってMOHが肩代わりして、 次の応募者に割当てることもあります。
このヤーバ・ブエナ・コモンズという名のプロジェクトは8階建てで、 278戸の全戸がSROの集合住宅です。 約1,000m2の商業スペースが地上階にあるほか、 住人用のレクリエーション+フィットネス施設と共同のランドリーが付いています。 敷地はフリーウェイ101号線がベイブリッジを渡る80号線に移行する部分に面していて、 屋上からは、 北に壮観なダウンタウンの眺め、 数ブロック南には、 竣工直後のパックベル・パーク(サンフランシスコ・ジャイアンツの球場)が見えます。 ディベロッパーであるAMBパートナーズのパートナーの一人、 ルイス・デルモンテ氏と、 管理人である息子のトニー・デルモンテ氏に場内を案内してもらいました(写真2、 3)。
既存の古いSORの多くは、 台所や浴室が共同ですが、 このプロジェクトでは全戸にキチネットと浴室が備え付けられています。 浴室はトイレとシャワー・ブースと洗面所だけで、 従来浴室にあるべき掃除用のシンクが平面の都合上キチネットに付いているので、 市の条例を一部変更してもらうべく、 モデル・オーディナンスを用意し、 専門家を雇って市議会議員に働きかけた結果、 変更が実現したそうです。
家賃は全戸一律で、 ベッドその他の家具と光熱費込みで月額507ドル、 オプションのケーブル・テレビが16ドルです。 入居資格者は単身者に限られ、 その年収の上限は2万1,400ドルですから、 HUDの規定どおり、 住居支出が収入の30%以下に抑えられていることになります(507×12÷21,400 =28%)。 住人の約70%が仕事をもち、 30%が民間のチャリティや障害者追加保障(SSI)を含む公的援助からの定期的な収入に頼っているとのこと。 身障者用の住戸は27戸で、 一般住戸の約20m2に比べて約23m2とやや広めに設計されています。 駐車場は市条例の規定により50台分のスペースを2層に設けてあります。 実際に利用している住人は2人だけだそうで、 市当局も、 そのあたりを柔軟に対処してほしいという要望も聞かれました。 身障者用の住戸についても利用率が低く、 同じことが言えます。
土地は、 AMBパートナーズと3人の個人が再開発局から購入しました。 開発費については、 通常の銀行ローンのほか、 先に紹介した低所得住宅のためのタックス・クレジットにより賄われています。 州のタックス・クレジット割当委員会に応募した結果、 1,600万ドルのクレジットを割当てられましたが、 それをジェネラル・エレクトリック社(GE)に940万ドルで売却したそうです。
後から考えると、 最初に短期ローンを組んで開発し、 竣工後に長期ローンで返済するブリッジ・ローンを利用するべきだった、 そうすれば、 当初銀行からの融資を受けて開発し、 その後タックス・クレジットを売却できた、 とデルモンテ氏は述懐しています。 プロジェクトの実績ができることによってクレジットをより高値で売却できるうえ、 長期ローンの借り入れ条件もよくなるからです。
HUDの家賃補助プログラムであるセクション8にも応募しましたが、 断られました。 (ただし、 公共補助を受けると、 タックス・クレジットの割当てに影響します)。 また管理・運営をNPOに委託する試みもありましたが、 これも断られたそうです。 NPOにとっては、 同じSROを運営するにも、 このような営利事業に対する偏見が残っているものと思われます。 管理業務は現在、 管理人のトニー・デルモンテ氏、 フルタイムの用務員、 賃貸契約エージェントの3人のフルタイム職員を中心に、 臨時のパートタイムを雇用して行っているとのことです。
このプロジェクトの成功の第一要因は、 何といっても低所得者住宅タックス・クレジット制度です。 近隣の反対がほとんどなかったことも大いに貢献しています。 いずれにしても、 リスクの大きい未知の開発に乗り出したデルモンテ氏の勇気は賞賛に値します。 今後、 SOMA地区を中心に数多く残っている遊休地を利用して、 このような民間プロジェクトが次々と開発されることが望まれる一方、 市内の地価が次第に上昇するにつれ、 採算が取りにくくなることも確かでしょう。 ヤーバ・ブエナ・コモンズも今のところ、 まだ利益を計上する段階ではないそうです。
では、 次回の話題をお楽しみに。
アフォーダブル住宅の危機
住宅・都市開発省(HUD)が先日3月27日に発表した住宅の最深刻需要(worst case needs)に関する調査報告によると、 調査の始まった97年の時点で、 全米の約5,400万所帯の低所得勤労者家庭は「何ら公的な援助を受けることなく、 収入の半分以上を住宅費に支出するか、 または一定の水準を下回る住宅に住んでいる」ということです。 これは、 すでに公的補助や、 公的補助を受けた民間非営利団体(NPO)の供給する住宅の恩恵を被っている所帯は除かれているので、 驚くべき数字と言えるでしょう。 特に低所得者層にとってアフォーダブルな賃貸住宅は次第に減少傾向にあり、 97年までの6年間に、 各地域の中間所得の30%以下の低所得層にとってアフォーダブルな賃貸住宅の絶対戸数が5%減少したことも報告されています。
端的に言えばこの現象は、 好景気の恩恵を被らない層にとって、 住宅事情がますます厳しくなっていることを示しています。 一般の市場住宅が従来から厳しい状況にあるサンフランシスコでは、 アフォーダブル住宅供給の現状はどうでしょうか。 具体例は、 拙著「コミュニティの再生とNPO」をはじめ、 いくつかの文献を参照していただくとして、 ここでは、 その基本的な問題と現状、 および運営のしくみを中心に説明したいと思います。
NPOによるアフォーダブル住宅供給
サンフランシスコには、 市や州が供給する公営住宅は存在しません。 市内に12,000戸以上ある公共住宅(パブリック・ハウジング)はすべて連邦政府のHUDが建設し、 州の出先機関であるサンフランシスコ・ハウジング・オソリティ(公共住宅局)が管理しているものです。 その他の低所得者住宅やアフォーダブル住宅はすべて民間の非営利団体によって供給されています。 資本力の面ではともかく、 市政府よりも民間企業の方が住宅開発のノウハウも資本投資の機動力も優れているからにほかなりません。
写真1:テンダーロイン・ファミリー・ハウジング。9階建て、175戸。右に隣接するのは他のNPOによる低所得者住宅。
このように、 アフォーダブル住宅が質にこだわるのには、 いくつかの理由があります。 まずアフォーダブル住宅の場合、 開発投資の仕組みが極めて多様で、 以前の事業からの繰越金や市を通じて得られる補助金以外にも、 民間企業とパートナーシップを組んでタックス・クレジット基金(後述)を利用したり、 市中銀行から有利な融資を受けるなど、 十分な融資を得て開発が行われる点が挙げられます。 さらに公共政策の面からは、 一定の住居水準に達しないと、 市長室住宅部からの資金はもとより都市計画局および建築検査局の認可を得られないこと、 品質の高い恒久的な材料を用いた方が、 メンテナンスと投資効果の面から長期的には結局有利なことなどから、 市場住宅にも劣らないデザインと品質のアフォーダブル住宅が次々と建設されているのです。例1:低所得者住宅タックス・クレジット
これは、 米国議会によって各州に与えられた特権で、 資格のある低所得者住宅プロジェクトに対して、 州政府がタックス・クレジットを発行できる制度です。 タックス・クレジットは、 99年度は州人口ひとり当り1ドル25セントまで発行できることになっており、 カリフォルニア州の場合、 人口が約4,000万人ですから、 総額は5,000万ドルとなります。 このクレジットは、 申込みの上資格審査によって選ばれた低所得住宅を含むプロジェクトに配分されます。 ただし、 中間所得の50%以下の所帯を全戸の20%以上、 または60%以下の所帯を40%以上含むこと、 という基準があります。 そこで、 クレジットの配分を受けたディベロッパーは、 一般にそれを個人投資家に売却し、 その収益が開発資金の一部となるのです。例2:別会社(営利企業)の設立による管理・運営
NPOが開発したアフォーダブル住宅を、 そのNPOのメンバーが営利目的の別会社を設立して管理・運営する場合もあります。 この管理会社は全くの独立採算により運営され、 一般の民間企業と同じ資格ですが、 業務の目的がNPOによるプロジェクトに貢献するという点でユニークな立場にあります。 もちろん、 他のプロジェクトの管理業務を行うこともできます。 開発主体であるNPOは、 この企業に建物のメンテナンスや家賃徴収などの管理業務を委託し、 それに対して適正な報酬を支払います。 一方、 この管理会社が利益を計上した場合、 利益の一部をNPOに寄付すると、 その寄付金でNPOの運営費の一部をまかなうことができ、 管理会社は寄付による所得税の控除を利用できるという一石二鳥の取引が成り立つわけです。
NPOの資格と免税特権
日本でも98年の春に特定非営利活動促進法案(NPO法案)が国会で可決され、 以来千数百団体がNPOとして登録されて、 さまざまな社会福祉活動の基礎を築いたと聞いています。 ところが、 米国と日本におけるNPOの間には、 決定的な違いがひとつあります。 それは、 税法上の免税措置です。
市長室住宅部(MOH)の役割
市内のアフォーダブル住宅に関する公共政策や開発の資金援助の上でかなめの役割を果たしているのが市長室住宅部(Mayor's Office of Housing=MOH)です。 MOHは、 市のいかなる部局にも属さない市長直属のオフィスとして、 第一に、 総合計画や詳細計画(スペシフィック・プラン)の住宅要素をはじめ、 再開発区域内の住宅開発、 レントコントロール、 公正な住宅関連業務などの問題について調査・研究を行い、 それに基いて市長に提言を行います。
表1:98年4月までに市長室住宅局と再開発局の資金援助によって開発された住宅
(アフォーダブル住宅と市場価格住宅の混合プロジェクトを含む −市長室住宅局資料)
営利企業の開発したSRO
サンフランシスコでは、 ここ数年の住宅価格の高騰と共に賃貸住宅の家賃もかなりの上昇を続け、 比較的アフォーダブルな地区でも、 1ベッドルーム(2室)の住居で月額1,000ドル、 良好な地区では1,500ドルが相場です。 そこで、 低所得層の単身者にとっては、 アフォーダブル住宅の最後の拠り所は一室のレジデンシャル・ホテル(SRO)しかありません。 そのため、 市内には非営利ディベロッパーにより開発・改築されたSROが着実に増えています。 先日サンフランシスコで初めて、 営利企業によって開発されたSROがオープンしたので、 早速SPUR(サンフランシスコ都市計画調査協会)の他の会員と共に見学してきました。 以下はその報告です。
写真2:SROプロジェクト、ヤーバ・ブエナ・コモンズの外観
写真3:SROプロジェクト、ヤーバ・ブエナ・コモンズの室内
デルモンテ氏にとって、 低所得者住宅は初めての試みです。 サンディエゴであるディベロッパーが開発したSROプロジェクトに触発されたそうです。 全米の大都市だけでなく、 市内でもSROの供給が需要に比べてますます減少しています。 そのような状況の中で、 ホームレス用の緊急シェルターや、 短期滞在型トランジショナル・ハウジングの次のステップとしてのSROの重要性を痛感し、 ビジネスとして賃貸住宅を経営しながら、 弱者救済という社会的にも貢献できる事業を行いたいという考えから、 このプロジェクトが生まれたといいます。
このページへのご意見は川合正兼へ
(C) by 川合正兼
学芸出版社ホームページへ