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は じ め に

 

宮元健次

『桂離宮と日光東照宮』に寄せて

 一九三三年、 日本への亡命を果たしたドイツの建築家ブルーノ・タウトは桂離宮を訪れ、 その美しさを絶賛し、 一方日光東照宮を「威圧的」、 「珍奇な骨董品」であると痛烈に酷評している。

それ以来、 桂離宮についてはその簡素美が高く評価され、 また東照宮はその装飾過剰さが、 たえず批判されてきたようである。

桂離宮は一六一五年から一六六二年、 東照宮は一六一六年から一六三六年とほぼ同年代に、 共通の関係者が参加して造られたにもかかわらず、 両者は一見対極的な造形をもつといわれてきた。

 しかし、 一九七六年より桂離宮の昭和の大修理が行われた結果、 かつて桂離宮の意匠はもっと華やかであったことがわかり、 桂が簡素、 東照宮が装飾的であるというそれまでの単純な図式が崩れ去った。

 これによってタウトの発言以来の、 桂と東照宮に関する比較論も振り出しに戻ってしまった観がある。

 このような経過の中で、 最近筆者は桂離宮や同年代の建築における西欧文化の影響について著わした(『近世日本建築にひそむ西欧手法の謎「キリシタン建築」論序説』)。

 そして、 桂離宮と東照宮の造形上の相違における根本的原因についても、 同様の視点から説明が可能なのではないかと考えるに至った。

 そこで本書は、 タウト以後の両者の評価やそれぞれの成り立ちをふりかえった上で、 主に西欧文化の影響という従来とは異なる視点から、 これらの二建築を比較検討し、 その造形上の相違について、 その根本的原因の一端を明らかにしようとするものである。

 近世を代表する二建築がなぜ対極的な造形を持つといわれるのか、 また本当に両者の造形は対極的なのか。

さらには本当に桂離宮は美しく東照宮は醜いのか。

 本書によってそういった疑問に少しでも答えることができれば、 筆者として無上の喜びである。

著者 

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宮元健次『桂離宮と日光東照宮』

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