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は じ め に

 

金城一守

 

 大石内蔵助で有名な京都の山科に、高級住宅地で人気のある安朱という街があります。その街を東西に琵琶湖から京都へ向かう疏水が流れており、その疏水の管理道路に接した二〇〇坪位の物件が売りに出されました。物件はあるファイナンス会社が不良債権を競買で落札するような形で所有しており、私の経営する不動産会社への購入打診も内々のものでした。

 早速私は現場調査に行ったのですが、物件は何ら問題はなく、ただ少し気になるのが道路幅四メートル位の疏水管理道路がどのような性格の道路かということでした。そこで、すぐに担当行政に確認を取ったのですが、その結果、管理道路は建築基準法道路でも道路法道路でもなく、ただ疏水を管理する道路で、本来はこの道路を利用して建築をすることは出来ないはずのものでした。この敷地は、建築基準法成立以前にこの道路を利用して建築がなされていたのです。

 ただし、建築基準法には43条の但し書という項目があり、この条項を使うと、四件の木造建築を建てるのは可能だという回答を得たので、早速購入の手続きをしました。

 この物件を購入するのに、その当時、弊社との取引を申し入れていた大手F銀行から借入することにし、私は資料関係をすべてF銀行の担当者に渡し、事業計画を立てました。途中、私は弊社管理部から本物件借入に対して、F銀行内でもめているという話を聞いていたのですが、それは弊社がF銀行とは新規の取引会社で、また、当時不良債権の温床であった不動産会社の事業であるからだろうと思っていました。しかし、取引前にはその問題も解決して、物件は無事購入し、弊社は約一年たらずで相当の利益を乗せて、金融公庫扱いの建売企画で売却したのです。

 すべてが終わってしばらくしてから、F銀行の支店長が私を訪ねてきて、苦笑いをしながら当時の内情を話しました。実は、本物件は道路に接していない瑕疵ある物件だとしてF銀行本部の融資部では融資は下りなかったのだといいます。それを支店長が支店内の独自の権限で決済したということでした。支店長としては本部融資部の意向に逆らい、独自の判断で融資したものですから、この物件が本当に弊社が企画したように売却できるのか、薄氷を踏む気持ちで販売動向を眺めていたようです。また、支店長が本部融資部に逆らってまで弊社に融資したのは、私の不動産に対する見方に賭けたということでした。そんな内情は露知りませんから、私は気楽に鼻歌混じりに事業を遂行しておりました。

 私は笑いながら「そんなことなら直接私に問いただしてくれればよかったのに」と言ったのですが、支店長は苦笑いするばかりでした。そして、嘆息するように「銀行の融資部の不動産評価は素人ですなぁ」と一言、「銀行には不動産評価の新しい教科書が必要ですなぁ」とも呟きました。

 長年不動産業をやっておりますと、不動産の担保評価について金融機関と真っ向から対立することが数多くあります。様々なケースがあって、今ここで適切な事例を出すことは出来ませんが、対立の後、数年後に思い返しても金融機関の方が正しかったと思える事例はなかったと言明できます。そういう対立を繰り返しながら、何人かの担当行員から真顔で「不動産の見方の本を書いていただけませんか」という依頼を受けました。

 私の方も、弊社社員に私の不動産の見方のようなものを、あらためて知らしめる時期にきているのではないかという思いと、不動産の購入を検討しているユーザーに、適切なガイダンスのようなものが書けないかという思いがありましたので、その依頼が良いきっかけになったのでした。

 

 弊社は創立後一六年間、継続して不動産で商いをしております。営業エリアは京都地域に絞っており、扱う商品は建売住宅から中古住宅、注文建築、建替え、分譲マンション等多岐にわたっています。弊社の規模(平成8年度売上で九五億)になりますと、営業職種を分譲マンションや大規模分譲住宅などに絞って事業計画を立てるのが通常なのですが、弊社は三〜四人でやっていた頃の事業職種も、絶やすことなく扱っているのです。

 私は分譲マンション、大規模分譲住宅を、ある一定規模のボリュームで継続して行うのは、今後の経済環境、日本の分譲ボリュームの現状と今後の住宅ニーズから見て非常に危険だと判断しています。これから先、経済の落ち込みがあっても、住宅ニーズが下回っても、一時的に避難壕に逃げ込むことが出来るような、それでも持ちこたえることが出来るような、そんな会社を目指しています。

 何故そこまで不動産市場を警戒するのか。答えは私の不動産の見方が、不動産を扱う会社を経営する私に、そのような弾力的に対応できるような会社づくりをせよと命じるからなのです。

 拙著「不動産の賢い見方」は、書き上げてみると統計的な資料に乏しく、思いつくまま書き散らしたという印象がありますが、この本を基盤として、さらに第二の「不動産の賢い見方」を書き重ね、いずれは、執筆を発意させた金融機関行員の方に満足していただくような本を書きたいと考えております。

 

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金城一守著『不動産の賢い見方』

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