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モースが教える日本住宅の特質

 明治十年に生物学の研究のために日本へ渡ってきたエドワード・S・モースは、 大森貝塚の発見者あるいは関東ローム層の命名者としても有名ですが、 民俗学的な興味も旺盛で、 多くの貴重な記録や写真、 民具、 陶磁器のコレクションを残しています。 なかでも、 アメリカの住宅と比較しながら明治の日本家屋の印象を詳細に記述した著書『日本の住まいとその周辺(Japanese Homes and their Surroundings)』(一八八六)は、 現代の日本人が忘れてしまった和風住宅本来の特質を的確に分析していて興味深いものがあります。

 以下、 その一部を紹介します。

 「レインをはじめ文筆家たちは、 日本の住居にはプライバシーが欠けている、 と述べている。 しかし、 彼らは、 プライバシーは野蛮で不作法な人々の間でのみ必要なことを忘れている。 日本人は、 こういった野蛮な人々の非常に少ない国民であり、 これに対し、 いわゆる文明化された民族、 とりわけイギリス人やアメリカ人の社会の大半は、 このような野蛮な人々の集まりなのである」。 彼が観察対象と同じ視線の高さに立って、 暖かいまなざしを送っていたことは、 この一文で十分に理解できます。

 彼はまず「日本の住宅の内部は、 非常に簡潔な構成だ。 これは私たちアメリカ人が慣れ親しんできたインテリアとは、 根本的に違い、 説明しようにも、 適切な言葉がうかんでこない」と断わり、 日本家屋の様子を説明するのにスケッチを多用してこれを補っています。

 最初に受けた日本家屋の印象について彼は、 「わが国の住居とくらべて、 こんなになんにもない、 ということは、 私たちからすれば、 これらの日本の家屋を住居とみなすのが、 むずかしくさえなる」と、 塗装もされず家具も満足にない住宅に対して「貧相にみえる」と率直な感想を述べています。 しかし、 何もないと思っていた室内を深く観察していくうちに、 「壁の塗り仕上げと木とが、 完全に調和していること」や控え目な墨で描かれた襖絵などを発見し、 これらの趣向が日本人の深い教養を語りかけていることに感動するのです。

 そして、 「家や家具が、 このように簡素だといえば、 家族が部屋のたりないのをがまんしたり、 必要な家具をきりつめたりしているように思われるかもしれない」が、 「実際は、 より快適な生活を送るために、 こうしているのだ」と結論づけます。

 「目をゆっくりとやすめるべく、 目につくところには何も置かない徹底したすがすがしさや洗練さが、 日本の室内装飾の大きな特徴」であり、 日本人は「努力して」この単純さとすばらしさを実現しているのだと高く評価し、 部屋を家具やもので埋めつくすことばかりが室内装飾であると思い込んでいるアメリカ人の趣味に対して疑問を投げかけています。

 モースが気づいたこの日本的な室内装飾の美意識こそ、 伝統的な室礼の精神そのものであり、 西洋風のインテリアの概念とはまったく異なる、 もう一つの選択肢なのです。

 モースはアメリカ人の奢侈(しゃし)を成金趣味的でインテリアの奴隷のようだと皮肉っていますが、 彼が日本の住宅の現状を知ったら一体何と思うでしょうか。

邦訳は上田篤・加藤晃規・柳美代子(一九七九)より引用。

図
モースによる日本住宅のスケッチ(出典:エドワード・S・モース、上田篤・加藤晃規・柳美代子共訳『日本のすまい・内と外』鹿島出版会、1979より)

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