庭に込められた 小宇宙を読み解く |
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読者レビュー 作曲家武満徹は、日本庭園にも強い関心があって、彼の音楽活動の発想や作曲に、庭園をモチーフにした曲が多いことはよく知られているところです。「ファンタズマ・カントス」という曲は、庭園を回遊しながらその眺めをテーマにして作曲したといわれています。「小径にそって、あちこちと立ち止まりながら瞑想していく情景や心情をテーマにした」といわれます。どこの庭園がテーマになっているのか興味のあるところです。南北朝時代の名僧で作庭にも関与したといわれる夢窓国師にも強い関心があったのか、「ドリーム・ウインドゥ」という曲は、“夢”“窓”で、夢窓国師をイメージに作曲したように思われます。 その武満徹は「日本庭園は“空間芸術”である」と語っていますが、空間芸術、屋外芸術、総合芸術というのが日本庭園といえるでしょう。 近年、飛鳥地方はじめ、奈良、京都、全国各地で、庭園の調査や発掘が活発になり、新発見史料もつぎつぎと出て目が離せない状況です。また、世界の文化遺産にも批准されたりして国際的にもなり、日本庭園のアイデンティティや、由緒ただしい知識が必要な時代になってきました。 この日本庭園を鑑賞する上で、ひととおりの基礎的な知識があることによって、真の庭の美しさというか、多方面からの理解もでき、鑑賞の範囲も奥行きも広がっていくものと思います。また調査や研究する上においても、欠かすことの出来ない一冊『日本庭園鑑賞便覧』の新版が、このたび版元も新たに出版されました。まさに待望の書と言えます。旧版は『全国庭園ガイドブック』(昭和41年刊)でしたが、すでに廃刊になって久しく、再版が待たれていました。庭園と係わって30年間余になる小生ですが、文字通り座右の書として、またいつも鞄に持ち歩き、3度買い換えをしました。 本書の柱で圧巻は何といっても、「全国日本庭園一覧」です。全国の庭園の所在地を網羅した随一、唯一といってもよく、これには、編著である、重森三玲の創設した京都林泉協会のメンバーが、師の意志を継いで、追加しまとめあげたものです。その他にも林泉(庭園)年表、庭園関連用語抄もあり、幅広い庭園文化は、建築、茶道、石造美術など、その周囲の芸術文化を鑑賞する上で必要な事項が、殆ど網羅されているといっていいでしょう。勿論これ一冊で十分というものではありませんが、写真や図版も適切で、庭園関係書目録等の欄もあり、文字通り、庭園鑑賞や研究のガイドブック、ハンドブックとなるもので、学生をはじめ日本庭園に関心を持つ人にまず進められる一冊です。 (兵庫大学美術デザイン学科非常勤講師/西 桂) 『全国庭園ガイドブック』の待望久しかった改訂新版が出版された。『日本庭園鑑賞便覧―全国庭園ガイドブック―』、四六判264ページ。旧版同様、小さな体裁であるが、中に詰まっている情報の量たるや驚くべきものがある。 「第1章:庭園鑑賞の基礎知識」では、日本庭園史の概略を記した上で、地割の変遷、石組、苑路と垣、石造美術品、茶室と露地、古建築について豊富な図版と写真を駆使して解説し、さらに庭園関連用語抄を付している。「第2章:全国庭園ガイド」は、北海道から沖縄まで全国に残る日本庭園1278庭を時代・様式・所在地付きで紹介した全国庭園一覧に加え、庭園遺跡一覧、重森三玲先生の略歴・作庭年表で構成される。「第3章:庭園関係資料集成」には、三千家をはじめとした茶家系譜、日本画流派一覧、前栽秘抄伝承に関連する藤原氏略系図、古代から現代に至る林泉年表などがおさめられ、さらに年号索引、庭園関係図書目録までついていてまことにありがたい。 豊富な内容を持つ本書の中でも、特筆すべきが第二章の中心をなす全国庭園一覧である。国の史跡名勝に指定されたり、観光ガイドブックにのるような有名な庭園はともかくとして、全国各地には一般には知られることの少ない庭も数多い。しかも、庭は建物と違い屋敷の外からでは存在がわかりにくい。そうしたなか、旧版を引き継ぎ全国の古庭園を網羅したこのリストのもつ意義ははかりしれない。そして、交通機関も未発達の時代に、全国津々浦々に庭園調査の足をのばされ、このリストの基盤を作られた重森先生の熱意とエネルギーには今さらながら頭が下がる思いである。 日本庭園史を研究する立場からあえて苦言を呈すれば、第1章のなかには解釈上いかがかと思われる部分が全くないわけではないし、第2章の庭園遺跡一覧に載せる物件に追加してほしかったものもある。しかし、そうしたことを差し引いたとしても、この本の持つ価値がその小さな体裁をはるかに越えるものであることは、言うまでもない。秋。この一冊をたずさえて、庭園めぐりに出かけてみませんか。 (独立行政法人文化財研究所奈良文化財研究所文化遺産研究部主任研究官/小野健吉) 担当編集者から 第一回執筆者会議に京都林泉協会の方々が持参されたのは、びっしりと書き込みがなされ、たくさん付箋のついた『増補改訂版 全国庭園ガイドブック』(昭和55年刊)でした。 毎月の編集会議では、日本庭園が持つ深遠な背景、多岐にわたる構成要素、新たな発見や旧来の見識について、どこまでを掲載すべきかが、何度も何度も話し合われました。 そして、1年以上の歳月を経て、ようやく完成したのが本書です。 日本庭園は、何故かくも美しく、心癒される不思議な空間なのでしょうか。 学芸出版社のあるここ京都の地には多くの名庭が存在し、日本人ばかりではなく、たくさんの外国人をも魅了してきました。わが国固有の風土が育んだ、美的要素の一形態が日本庭園である、ともいえます。 この美しい小宇宙を読み解くために必要な知識が、ぎゅっと詰まった一冊です。小脇に抱えて庭園をめぐり、行く先々で開いてみてください。 (G) |