読者レビュー
町おこしにハウ・ツーはない。
「吉川」という男には、時代に流されない本物を見抜く力は確かに卓越したものがあった。しかしこれだけの賛同者を呼び、成功させたのは、このままでは町が廃れてしまうという危機感を背にした情熱に他ならない。誠実さ、無欲さはいつの世も人の心を動かす。そして歴史を塗り替える。
「まずお茶でも飲んでいけっしゃ」
評者が地元紙村上支局に異動したのが、平成12年秋だった。
町屋巡りが浸透し始め、第1回城下町村上町屋の人形さま巡りが成功を収めた頃。町屋商人会の店ではどこでも、このように声をかけてくれた。黒光りした梁に箱階段、囲炉裏や調度品。実際に現在でも使われている品々であり、そこに住む人の生活感が伝わり、たまらなく面白い。しかし、なによりの「旅のごちそう」は、村上弁での心温まるもてなしだ。いずれも大観光地では味わえない醍醐味。私自身、すっかり村上にハマってしまった。
一連の活動がもたらした一番の功績は、村上人特有のもてなし心を呼び覚ましたことだろう。
町おこしにおいて、無い物ねだりをせず、足元を見つめ直そうと言われて久しい。地方においてそれは歴史的建造物や伝統芸能、手付かずの自然などだろう。成否の分岐点はそこに「心」があるかどうかにある。
「吉川」の己が信じた道を突き進む姿は圧巻だ。
私が村上に赴任していた2年余の間に、人形さま巡りを核にしつつ、「黒塀プロジェクト」「十輪寺えんま堂の骨董市」「竹灯籠まつり」「SL運行」を始動させた。
予算がない中での実行。新しい事業をやる時、とりわけ地域の結びつきが強い社会においては、周囲に理解されないこともある。町おこしに目覚めた「吉川」のこれまでは、孤独との戦いでもあっただろう。しかしすべてで結果を残し、その度に協力者の輪を村上の内外に広げている。
村上の人々の努力が次々に結実していく様(さま)に私が感じた興奮を、読者もきっと共有できるだろう。
村上町屋は埃をかぶった宝石。その埃を取り払い、町並みに磨きをかけ、次世代に残そうとする「吉川」最大の目的からすれば、まだ道半ば。挑戦は続く。
「急がば回れ」。本書では、気をてらわない、地に足をつけた活動にこそ成功の道が開けることを痛感する。住む人の息遣いを感じる観光地へ向け、村上は確実に歩みを進めている。
最後に。本書は「ラブレター」でもある。陰になり日向になり、「吉川」を支え続けた著者の深い愛情を行間から感じずにはいられなかった。
(新潟日報社整理部/山本 司)
担当編集者から
いまだ訪れたことのない、みも知らない北陸の町村上。
そこでは、町を思うたったひとりの男が立ち上がったことによって、保守的とされる城下町の人々が巻き込まれ、どえらいことが起こっていました。
「町屋の人形さま巡り」「町屋の屏風まつり」というそれぞれ10万人超の人を集めるという新しいおまつりの誕生、はじめての骨董市や燈籠まつりの開催、他にも、市民による黒塀づくり、外観再生プロジェクトの始動等々……と、とても3万人の町とは思えないパワーで、この5年の間に続々といろんなことが打出されていました。
次々と町に起こる楽しいこと、町に戻ってきた賑わいに、子どもが、お年寄りが、大人が喜び、私も何かできるんじゃないかと参加の輪は広がり……。
この村上市活性化の仕掛け人吉川真嗣さんの奥さんである美貴さんの筆は、まちづくりも、村上も、まるで知らない読者まで一気に読ませ、吉川さんの驚くべき行動力と村上に起こった素敵な出来事に、まるで自分のことのようにワクワクし、拍手を贈らせる力を持っています。
吉川さんという男を輩出したまちと、彼に積極的に巻き込まれていった市民の感動的な記録―あれよあれよという町おこし成功の物語は、誰をも魅了し、わが町を愁う多くの人に勇気を与えることと思います。
(O)
|