竹内正明 著

四六判・240頁・定価 本体1900円+税
2006.3.30発行
ISBN4-7615-1213-X

■■内容紹介■■
美術館や百貨店など身近な場所で何気なく座っていた椅子が、実はミースやル・コルビュジエのデザインによるものだった。なぜその椅子はその空間に置かれたのか。実際に座わることで今まで気づかなかった愉しみを発見するだろう。本書は、背景となる建築・デザイン史の知識を交え、椅子と建築空間の優れた結びつきを紹介する。


 
読者レビュー

にかくどこかへ出かけずにはいられなくなる、そんな衝動にかられる本である。
 そういうわたしも、あらためてミースの名作に座りなおしてみようと思い立った。京都島屋のロビーに、本の表紙のとおり、何気なくバルセロナスツールが置かれている。腰をおろしてみると、名作に触れる緊張感から椅子に沈む安堵感、喧騒から遠ざかる癒しの浮遊感と、感覚が冴えてくる。皮のくたびれ感もほどよく心地よい。わたしにとってミースの名作は、買い物時のお決まりコースとして馴染みのあるものだ。しかしこの本を読んだことで、それまで鈍感だった身体が覚醒するような、とても爽快な気分になった。やはり、座れる名作はただ座るだけでも愉しいものだ。椅子の座り心地を愉しんでいると、初めてこの名作を体験した時の興奮までよみがえる。そういえば、たしかこの椅子は1脚30万円もしたはず!
 そう、なんとこの本は美術館が展覧するような椅子に、気軽に、しかも無料で座れる場所を教えてくれるのだ。この本はちょっぴり得をした気分になるネタから、椅子と建築のまじめな話までてんこもりなのである。各地のご当地情報もおもしろいし、飾り置きしたくなる装丁もいい。デザインと建築の歴史にも詳しくなれる。何よりも、椅子と建築は切っても切り離せない関係だと再認識できたことは大きいだろう。
 さらに名作とはいえ、椅子は観るものではなく座るもの、というごく当たり前の視点が、とても新鮮だ。というのも、ここに登場する椅子たちは「デザイナーズチェア」とも呼ばれ、生活スタイルを彩るセレブなファッションツールという顔をもつ。大衆にはいわば高嶺の花なのだ。デザイン性の高さばかりをもてはやし、鑑賞するだけのトレンドに、マーケット自体はもう飽き飽きしてしまっている。「座る」視点を重視したこの本は、こうしたトレンド時代の終焉と、生活スタイルに深く関わりをもつ時代の到来を予感させるのだ。
 近ごろ、テレビCMなど日常の中でも名作の姿を頻繁に見かける。しかし、生活自体に浸透しているとは、まだまだいえない。そこでこの本は、椅子・建築と読者の実際の出会いをつなぐ本だといえる。まずはこの本をもとに、あなたが惹かれる名作を見つけて訪れてみてはいかがだろう。意外とちかくに出会いが潜んでいるかもしれない。
(元情報誌制作ディレクター/ナカムラ マスミ)

担当編集者より

書で紹介している椅子のなかには、MoMA(ニューヨーク近代美術館)のパーマネント・コレクション(永久展示品)に選ばれたものもありますので、美術品としての価値もあるといえますが、やはり椅子は「座る」ものです。著者は、日本全国の椅子のある建築を訪ね歩き、実際に座りにいきます。座るという行為こそが、椅子を鑑賞する唯一の正しい態度だといえるでしょう。本書は、そのあたりまえながらも、きわめて本質的なことを教えてくれます。ぜひ、街なかの「美術館」にある名作を、座って鑑賞してください。
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