長崎さるく博プロデューサー・ノート

茶谷幸治 著

四六判・192頁・定価 本体1600円+税
ISBN978-4-7615-1237-8
2008.2.10 初版発行

■■内容紹介■■
10年間で1割以上落ち込んだ観光客数を底上げするために企画された市民主体の地域活性化イベント「長崎さるく博」。この日本初のまち歩き博覧会は、1000万人以上の参加者を集め、3万人近い市民が関わった。その構想から実施までを、イベントプロデューサーという役割でいかに実現し、市民力を高めるに至ったのかを克明に語る。


読者レビュー

書は2006年に長崎市を舞台に「まち歩き」をテーマにして開催された「長崎さるく博」の総合プロデューサーがその構想から終了までの3年間をまとめたものである。構想段階での長崎市企画主幹とのメールでのやり取り、市民プロデューサーとの立ち上げでの模索、ボランティア・ガイドと観光客の感動の交流、そして随所に述べられる著者の都市観光論、地域イベント論、市民まちづくり論が克明に記されている。
 第1章では後に長崎市長となる田上主幹(当時)とのメールの往復に「まち歩き」を半年間のイベントにするという前代未聞の企画への挑戦に確信ととまどいの交錯する様子がよく表われている。私はこの部分を読みながら、市民はもともと昔から「祭」がそうであるように市民プロデューサーを中心にイベントをやってきたことに気づかされた。私事だが長崎くんちの始まる1週間前の夕暮れ後、市内の神社の境内でくんちの練習をやっている場面に出くわし、鯨の山車を繰り返しやりまわす人たちの熱心な姿に見入った経験がある。伝統的な祭では本来、市民プロデューサーが活躍してきたのだ。そのような発見が、まさにメール交信に原初体験としていくつも現われ、息をもつかせないやり取りとなっている。
 本番の2年前の「第1次実施計画公式発表」に至るまでの短期間ではあるが極めて緊迫した日々の中での市長、事務局、総合プロデューサーの著者、市民プロデューサー、そして市の実業界や市会議員たちとの合意形成への過程には強烈なドラマを感じずにはおれない。「市民主体」の「まち歩き」の「博覧会」という不退転の大方針がこの時点で決定する。「長崎さるく」が「長崎さるく博」となる伊藤市長(当時)決定も印象的だ。
 総合プロデューサーの仕事は綿密な全体事業設計を作成するとともに、現場監督でもある。「長崎さるく」の主役となる400人余の「さるくガイド」への指導はまち歩きボランティアガイドにとっての基本が含まれており、実際に役に立つページだ。「さるくガイド」自身の語る言葉もふんだんに取り入れられ、興味深い。
 さらに、本番が始まってからは総合プロデューサーには集客という重圧がのしかかる。販売面でのインターネットの効果や旅行会社の役割などにも触れ、実用的な指針にもなる。
閉塞感ただよう現代日本社会において、「長崎さるく博2006」を大成功に導いた市民の顔はいかに輝いていることであろうか。「長崎さるく博」は新しい時代に生まれた市民イベントであり、観光イベントであり、まちづくりイベントである。まち歩きは観光を変えただけでなく、イベントを変え、市民を変えた。そのような意味で、本書は観光・イベント・市民の革命の書である。
(大阪観光大学観光学部教授/尾家建生)


担当編集者より

年、都市環境デザイン会議関西ブロックのフォーラムで、都市観光を取り上げる事になった。基調講演をどなたに頼むかで、春から夏にかけて皆で大いに悩んだのだが、ある日、長崎さるく博の茶谷さんの話が面白いとの紹介がメンバーからあり、それは良いということで一気に決まった。長崎さるく博の評判は聞いていたが、その中心人物が関西にいるとは知らなかったのだ。
 すぐに講演依頼を進めると同時に、ブログを読ませていただいて感心した私は別途ご執筆をお願いした。都市計画や建築系のまちづくりの人達が、観光との距離を測りかねているときに、とても軽快で、しかも本質をズバッと指摘する茶谷さんの文章は、刺激的で、かつ元気を分けてくれる。
 特に目から鱗だったのが「観光の内需と外需」の話。長崎市民が長崎市内で消費する、例えば市民が「まち歩き」をして、飲食をし、バスや電車に乗り、買い物をすれば、大きな内需が発生する。一方、東京の人が長崎に来てくれて歩いてくれるのは嬉しいけれど、交通機関の切符を手配し、ホテルを予約し、旅行準備の衣服を買うのは、居住地=東京で行う消費行動で、長崎観光に関わるお金の大きな部分が東京で消費される。
 やっぱり、地域内経済循環というのか、地域に地域の人がお金をおとし、地域のお店や人を育てることが大事なのではないだろうか。
(Ma)