社宅街 企業が育んだ住宅地



社宅研究会 編著

A5判・256頁・定価 本体3000円+税
ISBN978-4-7615-3176-8
2009-05-30 初版発行

■■内容紹介■■
日本の近代化を支え、生産機能向上にまい進した企業は、福利施設として住居、娯楽施設、都市基盤等をも整備し、街をつくった。北海道から鹿児島に加え、日本統治時代の樺太、台湾、南洋群島の12事例を取り上げて、先進的な試みに満ち、現代にもひそやかに息づく社宅街の、成立と変容を明らかにする。社宅街データベース付。


 
読者レビュー
 今回紹介する『社宅街 企業が育んだ住宅地』は戦前の炭鉱や工場など第二次産業の社宅街のイメージを180度換えてくれる本です。この時代の社宅街といえば、『女工哀史』や西山夘三の『日本の住まいV』からネガティブなイメージをもたれがちですが、当時の記録をたどると同時代の一般地方都市とは比べ物にならないほど優れた住環境だったことがわかります。
 企業が優秀な労働者を引き止めるために住環境整備に力を入れていたことや、病院や文化的施設を企業外にも開放して地方都市の近代化に貢献したことなどなど、社宅街のネガティブイメージをがらりと変えてしまう事実が紹介されています。
 では、『女工哀史』や西山夘三ら戦後の計画学者たちが事実と異なることを語っていたのかと言うと決してそうではないでしょう。理想とする労働環境や住宅環境を語るシナリオの中で、社宅はヒール(悪玉)の役割を担わされたのかもしれません(ヒーローは公団というところでしょうか)。社会へのメッセージはヒーロー/ヒールの図式が単純なほど伝わりやすい。戦前社宅のヒーロー的な活躍はドラマのストーリーからぽろぽろこぼれ落ち、住宅史では語られなくなったのではないでしょうか。
 『社宅街 企業が育んだ住宅地』では「実習報文」という鉱工業の現場にいた実習生たちの報告書を読み解くことにより、このこぼれた落ちた事実を拾い上げることに成功しています。それは“戦後”と言われた時期や高度成長期を、明治や戦前と同様客観視できる現代だからこそ可能となったことでしょう。戦前社宅街史をもう一度住宅や都市の近代化の歴史として語ることは日本の建築史の厚みをさらに増すことになるはずです。
 同書の中では社宅街を観光地化した台湾の事例も紹介されています。いつの日か日本でも、昨今の団地ブームのように、社宅街のヒーローのごとき活躍を広く一般の人々に知らしめる機会が訪れて欲しいものです。


 近代日本の住宅地に関する待望の本格的な研究書である。インパクトのある書名からもわかるように、本書は社宅を中心に形成された町「社宅街」を取り上げ、鉱山町を中心に北海道から九州、海外植民地を含む計12例を報告している。鉱工業や紡績業といった企業は、その周辺に従業員のための住宅を供給してきた。そこでは娯楽施設や購買施設のような福利厚生施設、都市基盤そのものまでもが整備され、先進的な試みに満ちていたものも少なくなかった。
 本書の特徴は、第一に実習報文という新たな資料群を発掘した点である。これは旧帝国大学を始めとする採鉱・冶金学科の学生が、主に夏休みに鉱山や製錬工場で実習を行い、その内容を報告した大量のレポート群である。これにより生き生きとした描写とともに、どうしても開発者側の資料に偏りがちだった従来の研究に対し、第三者の視点からの記述が可能となった。第二は労働問題など「負の遺産」として捉えられがちだった第二次産業の遺構に対し、「社宅街」という新たな定義を与え、住環境の改善に積極的に取り組んだ事例を多数明らかにすることで、新たな史観を示しえた点である。
 これまで近代日本の住宅地に関する研究は、私鉄資本などにより開発された大都市の郊外住宅地に関する研究が中心だった。これは郊外住宅地が産業革命以後の職住分離の生活に対応した近代社会を象徴する存在と考えられたからだ。これに対し、「社宅街」は産業資本により地方で開発された。本書の多数の事例はそれが普遍的な形態だったことを示している。産業化に伴う都市への人口集中は、大都市ではホワイトカラー中心の郊外住宅地を、地方ではブルーカラー中心の「社宅街」をもたらしたのである。この点で両者は近代都市が生み出した双子のニュータウンの類型と言えるのではないか。
 本書で中川理が述べるように、こうした「社宅街」は19世紀の欧米を中心にユートピア社会主義者たちによって築かれた工業都市を思わせる。そこには大都市の郊外住宅地には希薄だった、働く場に根ざした共同体意識が感じられよう。私など職場の人間関係を居住地まで持ち込むのは敬遠したくなってしまうクチだが、「社宅街」にはそんな現代的な感覚(?)とは異なる、労使を超えて共有された特有の意識が存在したようなのである。現存する倶楽部や集会所、劇場と言った施設は、そうした独自の都市文化をうかがわせてくれる。日本の高度成長の理由に福利厚生に手厚い日本企業の特性が挙げられることがある。それは「社宅街」において先行的に示されていた、と言ったら言い過ぎだろうか。
 日本の近代化は世界でも稀な急速な産業化に支えられていた。本書は住宅地と言う側面から、この日本的な近代化の背景を明らかにした優れた著作であり、近代住宅地研究に新鮮な風を吹き込んでくれた。
 最後に二点ほど。「社宅街」に光があてられたことで、改めて第二次産業以外も含めた社宅自体の歴史が知りたくなってしまった。またこれは史料上難しいのだろうが、社宅街がどのような人々により「生きられていた」のか、彼らの生の声も知りたいところである。
(東京大学大学院工学系研究科都市持続再生研究センター特任助教/初田香成)

担当編集者より

 本書で事例として取り上げたのは、苫小牧、鴻之舞、釜石、小坂、日立、生野・神子畑・明延、倉敷、新居浜、串木野、樺太、台湾・金瓜石、南洋群島(サイパン・テニアン・ロタ)の12箇所。そして、巻末の社宅街データベースには、全国400以上の社宅街が掲載されています。
 これほどの数がありながら、これまで「社宅街」という書名のついた本はありませんでした。
 本書は、建築や都市計画分野だけでなく、さまざまな分野の方にも、ぜひ読んでほしい一冊です。新たな切口で「日本の近代」像を提示しています。
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