生きている文化遺産と観光
住民によるリビングヘリテージの継承

藤木 庸介 編著

A5判・232頁・定価 本体2600円+税
ISBN978-4-7615-2480-7
2010-03-30 初版発行

■■内容紹介■■ 
安易な観光地化が進む地域では、中身のない景観的レプリカ保存や、過度な商業開発による本来の暮らしと伝統文化の崩壊が生じている。観光推進が地域活性化の突破口として注目される今、生活文化の保全といかに両立するかが重要だ。世界遺産都市から小さな村まで、観光がもたらす地域の変容と共生への道を、11の事例に探る。



 
読者レビュー
 本書は、歴史的町並みや棚田、陶芸など、地域固有の文化遺産を観光資源として活用することで、住民生活の維持と文化遺産の保護を行おうとする、地域の取り組みや現状を紹介している。「町並み保存」や「住民によるまちづくり」に関する各地のケーススタディを扱うという点で、一見すると類似した書籍が幾つかあるように思えるのだが、本書を読み進めていくと、そうした書籍とは一線を画した考え方が根底にあることがわかる。それが、副題にもなっている「リビングヘリテージ」である。
 フィリピン・ルソン島の事例を挙げると、当地の棚田景観は、一目見て、ほとんどの人が感動を覚える景観だと言える。また、この景観を残すために、棚田を耕す住民の存在は重要だと考えると思われる。しかし、著者はこうした単純な図式ではなく、棚田と住民の間に存在する、長い歴史の中で培われた習俗や考え方があるからこそ、棚田に価値があると言う。また、そうした習俗や考え方が、観光を推進する国家にとっては不都合な存在となっている事実も明らかにしている。
 各事例において、著者らによる詳細な調査・研究から見出された「リビングヘリテージ」が提示され、それを取り巻くネガティブな面をも含めた現状が詳述されていることに本書の独自性がある。
 編著者が事例に挙げた中国雲南省・麗江は、評者も研究に参加し、町並みの変容に関する調査を行ってきた地域である。当地では、観光客を主眼とした改築や、外部からの事業者の流入によって、町は変容を続けている。しかし、それでも先住民族の人々の生活文化を垣間見ることのできる空間や祭が片隅に残っている。これを昔のまま残すことは難しいかもしれないが、観光と共存し、新たな文化を創出しながらも、継承できればよいと思う。なぜなら「生きている」文化遺産なのだから。
 本書は、研究者や、文化遺産を活用したまちづくりを行おうとする方々にとって非常に有用な資料に成り得るだろう。また、多くの土地を訪ねる旅行者の方々にも手に取って頂き、観光を通した「生きている文化遺産」の体験をおすすめしたい。
(奈良女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程/北山めぐみ)

担当編集者より

 魅力的なまちには、住民の暮らしが感じられる。美しい町並みも、そこで生活をするなかで、それを守ってきた人々がいればこそ、である。そこには暗黙のルールがあったり、現在のスタイルには合いにくいものもあるだろう。我々はそれを強いることはできないし、かといって、どこも同じように観光地化されていくのも寂しい。
 観光が地域振興の手段ともされている今、大事なことは何かを、本書は問いかけている。ここに紹介したまちは、一大観光地となっているところもあれば、観光で地域を盛り上げようとしているところもあるが、それぞれ悩みも抱えている。観光地となって人がたくさん来ても、肝心の住み手がいなければ意味がない。
 住民が自らのまちを楽しんでいたり、愛する気持ちが、まちを魅力的なものにしている。それに惹かれた人たちが、繰り返し訪問してくるように思う。
 町並み保存や観光まちづくりに携わる方々、また地域文化を考える際には、ぜひとも一読いただきたい。
(N)