読者レビュー
本書は、歴史的町並みや棚田、陶芸など、地域固有の文化遺産を観光資源として活用することで、住民生活の維持と文化遺産の保護を行おうとする、地域の取り組みや現状を紹介している。「町並み保存」や「住民によるまちづくり」に関する各地のケーススタディを扱うという点で、一見すると類似した書籍が幾つかあるように思えるのだが、本書を読み進めていくと、そうした書籍とは一線を画した考え方が根底にあることがわかる。それが、副題にもなっている「リビングヘリテージ」である。
フィリピン・ルソン島の事例を挙げると、当地の棚田景観は、一目見て、ほとんどの人が感動を覚える景観だと言える。また、この景観を残すために、棚田を耕す住民の存在は重要だと考えると思われる。しかし、著者はこうした単純な図式ではなく、棚田と住民の間に存在する、長い歴史の中で培われた習俗や考え方があるからこそ、棚田に価値があると言う。また、そうした習俗や考え方が、観光を推進する国家にとっては不都合な存在となっている事実も明らかにしている。
各事例において、著者らによる詳細な調査・研究から見出された「リビングヘリテージ」が提示され、それを取り巻くネガティブな面をも含めた現状が詳述されていることに本書の独自性がある。
編著者が事例に挙げた中国雲南省・麗江は、評者も研究に参加し、町並みの変容に関する調査を行ってきた地域である。当地では、観光客を主眼とした改築や、外部からの事業者の流入によって、町は変容を続けている。しかし、それでも先住民族の人々の生活文化を垣間見ることのできる空間や祭が片隅に残っている。これを昔のまま残すことは難しいかもしれないが、観光と共存し、新たな文化を創出しながらも、継承できればよいと思う。なぜなら「生きている」文化遺産なのだから。
本書は、研究者や、文化遺産を活用したまちづくりを行おうとする方々にとって非常に有用な資料に成り得るだろう。また、多くの土地を訪ねる旅行者の方々にも手に取って頂き、観光を通した「生きている文化遺産」の体験をおすすめしたい。
(奈良女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程/北山めぐみ)
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