読者レビュー
異相のビル建築群に引き裂かれてしまった職住接近の中低層市街地。この混沌をどう裁ち直したら良いのか。
この難問を正眼で見据える田端氏は、建て込んだ都市建築のはざまへもぐり込む。和と洋の複眼を使いこなす彼の虫観的な感覚は、地面のうえに、あたかも都市の指紋のように刷り込まれた小規模間口の敷地連鎖をさぐりあてた。鰻の寝床のようなその敷地割の連鎖構造こそ、時間的慣性をもつセミ・インフラストラクチュアとして、建築が建替わってもさざ波のように濃やかな町の表情を再生するはずだ。「敷地と建築の関係性」そして建築の接道・隣接作法こそ鍵だ。日本の都市文化遺産としての敷地の作法に則って立ち上がる『洋風』建築。その「和風×洋風」というハイブリッド性が多次元的に生成し円熟した彼方に「和」のこころがほの見えるだろう。
著者は、歴史的都心の、敷地割り連鎖構造に秘められた遺伝子の実証的な解読をもとにして提案する。とぐろを巻く路地裏の木造長屋、まち通りに面した小規模間口建築、そしてそれらを取り巻く外側の大通りに面した中大規模建築、という3層構造モデルだ。人間尺度の領域に町を分節するこの多元的モデルは、大通りに面したやや間口の広い大店のうらに、山里のような長屋を包み込んでいた江戸時代の町割りにつながる係累であろう。
そしてまた、低層部の軒下にうずくまる「ぼんやりしたまとまり」にいだかれた、看板やテラスのヒューマンスケールの提案は、町屋建築のうみだした通り庇の美しいあいまいと華やぎをひきつぐにちがいない。
都市の襞のなかに自らの身体を投げ込んで、ゆっくりと町の命を仕立てあげようとする田端氏の庭師のような手さばきは、公と私の関係を問い直しながら、生活文化とライフスタイルの生成へ市民を誘うにちがいない。
本書は、混沌とした町並の狭間に、なす術も無く立ちすくむ市民へ放たれた、希望の閃光である。実践の継続を望みたい。
(東京工業大学名誉教授/中村良夫)
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