撤退の農村計画
過疎地域からはじまる戦略的再編

林 直樹・齋藤 晋 編著

A5判・208頁・定価 本体2300円+税
ISBN978-4-7615-2489-0
2010-08-30 初版発行

■■内容紹介■■ 
人口減少社会において、すべての集落を現地で維持するのは不可能に近い。崩壊を放置するのではなく、十分な支援も出来ないまま何がなんでも持続を求めるのでもなく、一選択肢として計画的な移転を提案したい。住民の生活と共同体を守り、環境の持続性を高めるために、どのように撤退を進め、土地を管理すればよいかを示す。



読者レビュー
 読む側のことがよく考えられた書物である。30代の若手を中心に総勢15人が執筆に参加して、これだけまとまりのある本を作ることは簡単ではない。問題の提起から実態の分析、そして具体的な提案に至るステップが明快だ。記述に精粗のばらつきがなく、文章のスタイルにも統一感がある。執筆グループのチームワークの良さと、編者の優れたリーダーシップが伝わってくる。
 むろん、構成やスタイルは良書の必要条件に過ぎない。善し悪しを決めるのは中身である。本書は農山村の長期再生ビジョンという難問に真正面から取り組んでいる。広い範囲の地道な実証研究の成果がベースにある。もっとも、農山村の問題を扱った文献は少なくない。図書館を訪ねてみれば、ずいぶん多くの蓄積があることがわかる。そんななかで、本書の持ち味は類書にない新鮮な切り口に富んでいるところにある。印象に残ったフレーズをいくつか列挙する。
「時間スケールは最低でも30年〜50年」「阪神・淡路大震災で得られた教訓」「村づくりの研究者や専門家がもっとも感情的」「山あいの文化を守ってもらう種火集落」「高度成長期の直前がベストである理由はどこにもない」「世代間格差に無神経な人」「山野の恵みに対して多すぎる日本の人口」「コミュニティ転居」「集落診断士」といった具合である。
 本書のタイトルは4年前に決まっていたと言ってよい。2006年5月に共同研究会「撤退の農村計画」が誕生したときである。そして、研究会は本書によって充実した成果を世に問うことになった。「撤退の農村計画」といういささか刺激的なネーミングから受ける印象とは異なって、メンバーの仕事は冷静であり、バランス感覚にも富んでいる。もうひとつ忘れてはならない点、それは人間に対する温かいまなざしである。本書が読む側をよく考えた作品になったのも、研究会のスピリッツの反映である。
(東京大学大学院農学生命科学研究科長/生源寺眞一)

担当編集者より

 最初にタイトルを聞いたときは戸惑った。これまで地域再生を扱う書籍をつくってきたし、そうあってほしいと思っていただけに、真っ向から対立する概念ではないかと思ったからだ。
 ところが丁寧に話を聞くうちに、それは違うということが理解できた。人口減少と高齢化に喘ぐ中山間地域を何とかしたい、という気持ちは一緒なのだ。
 過疎集落問題は、そこに住民の暮らしや想いが関わってくるので、非常に難しいと思う。理想論や、幾人かのやる気だけではまったく進まないだろう。その間に、どんどん疲弊して暮らしにくい場所になってしまうのが現状ではないだろうか。うまく元気を取り戻せる地域はよいが、そうではない所は「再生、活性化」以外の方策を考えてみることも必要かもしれない、と思うようになった。
 何を選択するかは住民自身である。しかし、合意形成は容易ではないだろう。どういう可能性があるのか、メリットとデメリットは何か、懇意になって解説していくことが、これからの行政やアドバイザーとなる人々に望まれているだろう。
 様々な角度から「撤退」にみられる可能性を検討した本書は、地域再生の現場に新たな一石を投じている。
(N)