読者レビュー
読む側のことがよく考えられた書物である。30代の若手を中心に総勢15人が執筆に参加して、これだけまとまりのある本を作ることは簡単ではない。問題の提起から実態の分析、そして具体的な提案に至るステップが明快だ。記述に精粗のばらつきがなく、文章のスタイルにも統一感がある。執筆グループのチームワークの良さと、編者の優れたリーダーシップが伝わってくる。
むろん、構成やスタイルは良書の必要条件に過ぎない。善し悪しを決めるのは中身である。本書は農山村の長期再生ビジョンという難問に真正面から取り組んでいる。広い範囲の地道な実証研究の成果がベースにある。もっとも、農山村の問題を扱った文献は少なくない。図書館を訪ねてみれば、ずいぶん多くの蓄積があることがわかる。そんななかで、本書の持ち味は類書にない新鮮な切り口に富んでいるところにある。印象に残ったフレーズをいくつか列挙する。
「時間スケールは最低でも30年〜50年」「阪神・淡路大震災で得られた教訓」「村づくりの研究者や専門家がもっとも感情的」「山あいの文化を守ってもらう種火集落」「高度成長期の直前がベストである理由はどこにもない」「世代間格差に無神経な人」「山野の恵みに対して多すぎる日本の人口」「コミュニティ転居」「集落診断士」といった具合である。
本書のタイトルは4年前に決まっていたと言ってよい。2006年5月に共同研究会「撤退の農村計画」が誕生したときである。そして、研究会は本書によって充実した成果を世に問うことになった。「撤退の農村計画」といういささか刺激的なネーミングから受ける印象とは異なって、メンバーの仕事は冷静であり、バランス感覚にも富んでいる。もうひとつ忘れてはならない点、それは人間に対する温かいまなざしである。本書が読む側をよく考えた作品になったのも、研究会のスピリッツの反映である。
(東京大学大学院農学生命科学研究科長/生源寺眞一) |