読者レビュー
建築家であるわれわれは、「フクシマ」後、その罪に加担してきたかもしれないということを充分に反省できているだろうか?『原発と建築家』は「エネルギーに無自覚で、あまりにも都合のいい豊かな状態に安住していたことが、事故の遠因になっていやしないか」と考えた著者竹内昌義氏が、原発問題に関して声をあげ、自身が当然やるべきだと思うことを行い、できるかもしれないことを探して「歴史」「技術」「政治」「自然エネルギー」の専門家たちに話を聞き、それをわれわれに伝え、行動を呼びかけている書物である。
おかしいと気づいたことにはおかしいと言わざるを得ない、そういう正直さが竹内氏の身上だ。普段、氏の語りや表情は常に軽妙でユーモラスだが、同時に透明で鋭利な批評眼が周囲を貫く。ヨット部で自然を自身の体と知で生き、また「みかんぐみ」という設計ユニットで(トップダウンでない)徹底した合議をベースとした手法で設計を展開する氏には、自立し協働する生活市民としての「普通」の感覚が備わっていると言ってよい。そこにあるのは風通しの良さである。
澱み腐臭を放つ原子力ムラの無風の闇がまた日本の普通の幸せに覆い被さろうとしている。原発が全て停まったしばらくの間われわれは少し爽やかな風を感じてはいなかったか?本書に促されて、風を求めて、思いっきり深呼吸できる世界を求めて、われわれは動かなくてはいけない。−子供たちの未来のために−(本書扉の言葉)。
(京都造形芸術大学環境デザイン学科准教授/小野暁彦)
担当編集者より
事故以来、原発について建築家の発言を聞きたいと思っていたので、竹内さんが本の企画を引き受けてくださった時は「ようやく!」と喜んだ(でも企画するまで事故から半年もたってしまったことは反省)。
原発については、思ったり考えたりするだけでなく、発言することが大事だなと、再び動こうとしている原発と、なかなか変わらない状況を見ていて改めて思う。
建築は社会とも政治ともつながっているのだから、そして建築家の構想力はもっと多くの場面で発揮されて欲しいと思うから、引き続き発言の場を見つけたりつくったり、していこうと思う。
(I)
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