評 : 兼松佳宏 (greenz.jp編集長)
どの本の感想を書くとしても、立場の表明は大事だろう。僕は、この本を「鹿児島」に住む者として読むことができた。しかし、インタビューが掲載されたのは、「鹿児島の事例2」ではなく「東京」の章だった。それは本当に今の僕らしいと思ったし、「面白くローカルに住めているだろうか?」という手厳しい問いを突きつけた。うーん、答えは、まだない。言い訳っぽいものを挙げていけば、きっとキリがない。
僕は秋田に生まれ、大学で上京し、昨年、子育てをきっかけに妻の実家がある鹿児島に移住した。2016年からは京都精華大学の先生になることもあり、近々の京都移住も考慮している。秋田を出てから16年間で、数えて引っ越し13回。誰に言われたわけでもないのに、いわゆる"転勤族"を自演している。そんな移り気な僕にとっての、終の棲家はどこになるのだろうか? もっと踏み込んで言えば、兼松家のお墓はどの丘に建つのだろうか?
そんなことまでもぐるぐる思わせるほど、鎌倉→金沢→大阪→神戸→福岡→鹿児島→山形→東京と続く日本各地のショートトリップは、どれも眩しかった。人の魅力、風景の魅力、歴史の魅力。いずれも甲乙つけがたいし、移住を希望する者にとって、選択肢は無限にあるように思える。ときにその豊かさは、人を迷わせる。
この本はきっと、何色にも染まっていない若い世代にとって希望になるだろう。そして誰よりも"自分ごと"としてど真ん中に響きそうなのは、東京に住む30代後半以降の、比較的自由に仕事ができるようになってきた男性なのかなと思う。
この本に登場する素晴らしい生き方をしている人たちが、ほとんど男性なのは示唆的だ。おそらくパートナーがいて、ひとによっては子育ての真っ只中だったり、両親の介護が間近に迫っていたり。そんな人生史に残る大事な時期に、"移住"という選択肢が強烈な現実感を持って訪れる。
だからこそ葛藤するのは当たり前だ。そして葛藤こそ祝福すべき恩恵なのだと思う。子どもをどこで育てるのか、両親とどんな距離感で過ごすのか。移住を機に、大切な家族との対話の中で気付かされる"絶対に外せない条件"こそ、無限の選択肢を図らずも狭めてくれる。都会でも田舎でも、海外でも、呼ばれたかのように住む場所を選べたら、それ以上の喜びはない。
我が家の庭が七色に輝いていれば、いつだって隣の庭は青いままでいい。そんな世界各地の美しさを分かち合いながら、縁の地に根を下ろして、面白くローカルに住んでいきたい。そんなことをタイミングよく思わせてくれた、とても意味のある一冊でした。
担当編集者より
昨年の夏、金沢で行われた「R不動産サミット」に、全国(東京、金沢、福岡、稲村ヶ崎、山形、神戸、大阪)のR不動産の運営者が集まった。「R不動産」というネットワークを組みながら、メンバーのキャラクターも年代も、街の規模も、扱う物件も、力を入れている活動もバラバラ。ただ、共通していたのは、強烈な地元愛。統一感はまるでない、けれど目的や価値観の深いところで共鳴している不思議な集団、R不動産の企画はここから生まれた。
40代以下の若い世代の地方への移住志向が、3.11以降加速している。本書に登場いただいた移住者の方々も、働きざかりの世代で、フリーランスのデザイナー、ウェブ制作会社の社長、ショップオーナーといった、働く場所や住む場所を自由に選べる人たち。そうしたスキルを持って全国を自由に移動できる人々はまだ限られているけれど、彼らが移住することによって街に新たな動きが起これば、その街を面白くするコトが増えてヒトが自然と集まるようになる。
住み方や働き方の価値観は多様化している。そうした新しい価値観を持つ人々が地方を元気にする時代。それを実感できる一冊。
(宮本)
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