評 : 倉方 俊輔 (建築史家/大阪市立大学)
旅行したくなるような「楽しさ」
著者の松永安光さんとは、2013年6月のベルリンとアムステルダムへの旅行をご一緒した。松永さんが理事長を務めるHEAD研究会で海外のリノベーション事例を視察すると伺い、それに便乗したのだった。
私は近現代の日本の建築史の研究者であって、建築設計にもまちづくりにも関わっていない。「実践」とは遠い。加えて「都市」と「保存」の分野は、大学院時代からの流行だったので逆張りをし、伊東忠太や吉阪隆正といった国内の建築家を専門研究してきた。
市場を踏まえた「実践」の精神、「都市」的な視点、「保存」継承の価値への着目の3者は、いずれも旧来のいわゆる「アカデミック」な建築の分野に欠落しがちなものだった。それらが交差したところに、最近の「リノベーション」と「リノベーションまちづくり」の興隆もある。
そこから遠い私がベルリンとアムステルダムの旅行に参加したのは、近代建築史の教科書に出てくるような建築を、松永さんや深尾精一さんといった大御所と巡れるといった、ちっぽけな気持ちだったのは否定できない。
けれども楽しく、新たな領域に目を開かされた。例えば、ベルリン郊外の1920〜30年代の大規模集合住宅(ジードルンク)では、デザイン以上にそれが維持されている仕組みを考えさせられたり、元チューインガム工場複合施設では、アーティストを使ったクールな手法で、近代の遺産を通じて街が活性化している仕組みに感心したりした。
国内の近現代建築を研究するからといって、それしか見ていないのは違うのではないか。その後は、少しでも空いている期間を見つけて、ニューヨーク、ポートランド、サンフランシスコ、ロンドン、パリ、バルセロナ、北京、上海、杭州、バンコクへと旅行したのだが、本書を手にすると、それらすべてが含まれていることに驚く。現地での体験が精度高くよみがえり、重層的な背景も知れる。それを可能にしているのが著者たちの学識と、ますますの好奇心だろう。改めて単体の建築の価値というものを再構築しようという私にとっても、とても刺激的だ。
だから、本書はリノベーション、「実践」や「都市」や「保存」に関わっている方はもちろん、これまで縁遠かった方々にも手に取ってほしいと思う。旅行したくなるような「楽しさ」の先にある新潮流を易しく、深く、教えてくれる一冊だ。
担当編集者より
原稿を読んでいるともっと詳しく知りたくなった。グーグルで地図を探し、写真やストリートビューを見ると、楽しくなった。
簡単に検索できたものもあるが、ほんとうにその場所で良いのか、迷うものも多かったので、せっかくなら読者が容易にたどり着けるように入り口のページをつくりたいと思った。
幸い入社予定の神谷君が協力してくれて、使い勝手が良いものができた。予想以上に時間のかかった力作なので、読んでいただいた方はもちろん、まだの方も下記のページを覗いていただければ幸いです。
http://www.gakugei-pub.jp/gakugeiclub/renovamap/
(前田)
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