「リノベーション」は、システムをリノベートできるか
「東京R不動産」で知られる建築家・馬場正尊氏による「公共空間のリノベーション」をテーマとしたマニフェスト的な作品集+事例集+アイディア集である。
「マニフェスト的な作品集+事例集+アイディア集」と少々説明的に書いたのは、本書の構成が読者にとって難しいと感じられるかも知れない、と感じられたからである。まず第一に、作品集をベースにしたマニフェストかと思いきや、自分以外の作品も先進事例として含まれている点。そして第二に、事例集かと思うとアイディアスケッチが並列されていて、現行の制度下では実現不可能なものも含まれている点である。
建築家によっては自らが設計した竣工作品以外はプレゼンテーションしない、という規範意識を持つ人もおり、建築系の読者はそのような規範に親しんでいるところもあるので、本書は自らの作品を含んだマニフェスト的な事例集であり、アイディア集であるから、他の建築家が出版するいわゆる「作品集」的な書籍とは少々異なる読み方を要求する点に注意が必要かもしれない(その点では山崎亮氏の『コミュニティデザイン』は自らの事例に限り、しかも実現したものばかりであるので、実は作品集のように読むことができる)。つまり本書は馬場氏の作品集というよりも、「実現できるかわからないが、こういう事例をもとにすると実現できるかも知れませんよ」という、いわゆる「企画書」的な書籍である、と理解するとわりとすんなり読める。そしてそれが本書の特徴でもある。
さらに本書を特徴付けているのは、既存建築物の増改築(いわゆる「リノベーション」)事例だけが掲載されているわけではなく、「アオーレ長岡」や「名護市庁舎」のような新築の事例も並列されており、制度や概念、組織などのような社会のシステムを「リノベート」することが含まれている点であろう。そこには馬場氏による既刊『都市をリノベーション』などで展開されてきた馬場流の概念の拡張が含まれている。
既存の建築物やシステムを前提としてそれらへの上書きを主題とするというロールモデルは、世代的なものもあるだろう。かつて塚本由晴氏と貝島桃代氏による「トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ」(『10+1』No.21所収)も「都市をリサイクル」すると宣言していた。同論考には東京都の公共施設のリストが含まれているなど、今日でいう公共施設マネジメントのような具体的な視点も含まれていたが、基本的には官僚組織からも、商業主義からも自由な立場で都市空間の可能性を謳う姿勢が強調されていた。
馬場氏やアトリエ・ワンの書籍を読むと、磯崎新氏の『建築の解体』と比較したくなる。磯崎氏は世界中の同時代的な動きを精力的に紹介しながら、既存のレガシー(遺産)システムを「解体」しようとした。「解体」にせよ、「リサイクル」にせよ、「リノベーション」にせよ、言葉は違うが、既存のシステムを否定し、新しいシステムの到来を高らかに宣言しているという構成には共通点がある。
もちろん、それに伴う強さと同時に、弱さもある。強さは発想の自由さ、弱さは実行力であろう。だがその弱さ、ナイーブさも、かつてのル・コルビュジエや磯崎がそうだったように、次第にキャリアが追いついていくことで解消されていく。いつしかアイディアは実現し、自らの事例が増え、「企画書」はいつか「作品集」へと変わっていくのである。本書は両者の中間点にあるのではないかと思う。
ただ、馬場氏の「リノベーション」に磯崎氏の「解体」にあったような歴史に対する解釈や批評はあまりない。もしそれらが加わったら分野を超えて理解がより大きく広がるのではないかと感じた。理論面では公共施設をめぐる状況、とくに制度や財政に対する分析が、批評面では馬場氏が経験した時代の転換、特に馬場氏が関わったという1996年の都市博中止が象徴するような、広告企画によって建設を煽動する社会からストック社会への移行への分析などが読んでみたい。
というのは、阪神大震災や東日本大震災を経験した日本社会では、投資額をとにかく低く抑えたい若者や民間のビルオーナーは別として、人命の保護に責任を持つ公共施設の保有者にとって古い構造物に対する信頼はあまり高いとは言えず、またライフサイクルの観点からも投資効率が疑問視されているなかで保存改修の意義は共有しにくい。さらに、バブル経済が崩壊し、虚構に満ちた社会が崩壊するトラウマについても、私のように少し下の世代にとっては具体的な実感がないため案外共有しにくいところもあるから、価値の転換、特になぜ馬場氏が企業社会からの自由をことさら強調するのか、前提への説明なしに共有できないところもあるからである。
とはいえ、新しい公共空間のあり方に関わる先進的な事例をこれだけ網羅的に集め、論じた本はこれまでほとんどなかった。公共空間のあり方について関心のある読者、特に公共空間を司る首長や行政職員には特に読まれ、議論されることを期待したい。私自身は本書の先進性に大いに刺激を受けるとともに、いつか馬場氏の立つ公共空間を使う立場というよりも、管理、経営する行政職員の立場に立った本を書いて、私なりの「RePublic」に挑戦してみたいと思わされた。
(建築家・東洋大学専任講師/藤村龍至)
担当編集者より
馬場正尊さんがずっと気になっていた公共空間。建築設計の仕事を通じて、日常の暮らしの中で、公共空間の不自由さを痛感し、それを柔らかく解きほぐそうと、この本は企画されました。
公共空間は使いづらいのが当たり前、退屈でも気にならなくなっていませんか。
この本は、そんな人々の意識を揺さぶります。
ハッピーな事例とアイデアがちりばめられ、シリアスな方法論も軽快な語りで読ませ、頁をめくっていくうちに、公共空間って本当はもっと自由で豊かなものであるはずなんだと気づかされます。そのことに気づき行動を起こした人たちが、私たちの時代のパブリックを体現していく、この本がそんなきっかけになってくれたら嬉しいです。
(宮本)
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