シェアをデザインする
変わるコミュニティ、ビジネス、クリエイションの現場

猪熊純・成瀬友梨・門脇耕三 編著

四六判・248頁・定価 本体2200円+税 ISBN978-4-7615-2564-4
2013-12-15

■■内容紹介■■ 
場所・もの・情報の「共有」で何が変わり、生まれるのか。最前線の起業家やクリエイターが、シェアオフィス、ファブ・ラボ、SNS 活用等、実践を語る。新しいビジネスやイノベーションの条件は、自由な個人がつながり、変化を拒まず、予測できない状況を許容すること。ポスト大量生産&消費時代の柔軟な社会が見えてくる。



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評 : 兼松佳宏(greenz.jp編集長)

 よく考えたら“share”とは不思議な単語だ。辞書によれば、「〈…を〉分ける,分配する」と「〈ものを〉共有する; 〈意見・苦楽などを〉共にする」、微妙にニュアンスが違う(ように僕は感じる)二つの意味を持つ。
 前者では、正当な分け前はあくまで“わたしのもの”であるが、後者では、“みんなのもの”であるという。ここでは「“所有”(私有とか共有)とは何か?」「わたし(たち)は何を持っているのか?」というセンシティブな問いが隠されていて、だからこそこれだけ多くの人が、“share”という言葉に引っかかるのかもしれない。

 起業家やデザイナー、アーティストから社会学者まで12名ものレクチャーとトークセッションをひとまとめした『シェアをデザインする』には、そんな多様な“share観”を垣間見ることができる。
 「チャレンジをしながら生活や身を守るための方法がシェアなのではないか」(p.63 馬場正尊さん)
 「目的なくシェアしていく世界を考えています」(p.73 島原万丈さん)
 「シェアには、経済的な合理性ばかりではなく、何か自分がよいことができている感覚、共感消費を呼び起こす部分があるのではないか」(p.88 関口正人さん)
 「地域ごとの最適解を考えていくための仕組みを、どのようにつくっていくのか。そのためのひとつの仕組みであり、やり方が、シェアなのかなと」(p.137 三浦展さん)
 「『想像しきれないことまでは書き切らないけれど、この目的のためにお互いを信じ合いましょう』というのが合意書です。そうでなければシェアもできない。」(p.181 林千晶さん)
 「富を誰かが独占せず、皆でバランス良くシェアしようとする発想は、公共性と近いものがあるような気がしています。」(p.229 馬場正尊さん)

 全体的に、縮小に向かうマクロな社会背景とインターネット的な“コモンズ”の文化、市民が主体となって公共的なサービスをつくる“ソーシャルデザイン”といった近ごろの話題と重なるところも多く、私有と共有、オープンとクローズの境界線を自問したり、対話したりするための格好の材料になると思う。

 ただ、共感する内容も多かった反面、違和感や物足りない感があったのも正直なところだ。そのモヤモヤこそ読書の贈り物(機会に感謝!)だとすれば、ここでは敢えてそのことについて少し触れてみたいと思う。それは“share”のもうひとつの大切な意味、「(一人の人が持つ)役割;参加、貢献」という文脈だ。
  ペイ・フォワードの仕組みで運営されているレストラン「カルマキッチン」などの具体的なプロジェクトを通じて、優しさの表現としての贈り物が循環する「ギフト経済」を提唱するニップン・メータさんは、いまの社会に必要な4つの“あり方”のシフトをこう定義している。
 ・消費から貢献へ
 ・取引から信頼へ
 ・不足から充足へ
 ・孤立からコミュニティへ
 詳細はgreenz.jpでの対談記事に譲るが、これらの言葉を聞いた時、シェアも含めた現在進行形のラディカルな変化を的確に捉えているように感じた。

 “信頼”というキーワードは本書の後半、「クリエイティビティのシェア」にテーマが移って初めて登場したが、林千晶さんのいう「契約書から合意書へ」という新しい関係の結び方=社会の“あり方”のアップデートこそ、今の時代の気分なのだと思う。
それは結果的に“縁”や“ソーシャルキャピタル”というような、「わたし(たち)が既に持っている」ものを見直す契機となるだろう。
 そう考えると、「縮小する社会で、どう“生き抜く”のか?」という類の問いを掲げた時点で、暗に今までどおりの“不足”を前提としてしまっていないだろうか。そうではなく「わたし(たち)は、既に優しさを受け取っている」、つまり“充足”を前提とする社会への根本的なシフトこそ、シェアの広がりから紐解くべき議論の入り口なのではないだろうか。
 その変化は決して大それたものではなく、「自分自身が世界を眺める眼差しを変えてみることで誰にでも訪れる」とニップンさんは言う。彼の活動がユニークなのは、個人の性格に関係なく誰でも優しさの循環に参加できるよう状況を整えているところだ。つまり、ギフト経済はデザインできる。
 だからこそ「シェアをデザインする」というのなら、ハードやソフトだけでなく、もっと奥深い“シェアするあり方”についても解像度を高めてゆきたい。消費から貢献へ。不足から充足へ。その軸足を移すための橋渡しが、“シェア的なもの”の本質なのだと思うのです。

担当編集者より

 こんなに掴みどころのないアイデアって無いなと、悩む場面が多く、編集の難しい本だった。タイトルも装丁も、編者の皆さん、デザイナーの原田さんにやたらとぎりぎりまで相談してようやく出来上がった本だ。
 一方で、ロフトワークの林千晶さんに言われた「何が起こるかわからない場所をつくりたい」という言葉にワクワクしたし、実際に訪れたfabcafeは本当にそういう場所で驚いた。
 アイデアと信頼を共有してとにかく前に進む、そういう推進力がシェアする姿勢にはありそうだ。私自身もその体現者でありたいなと思う。(井口)