評 : 木下 勇 (元太子堂2・3丁目まちづくり協議会会員 千葉大学大学院園芸学研究科教授)
対立と真摯に向き合い、対話を重ねて人がつながる、持続可能なまちづくり
まちづくりについて専門家が書いた本は数多いが、住民自身が著したものはそう多くはない。特に単著の本は。この本は地区計画制度が出来た1980年からの、地区単位のまちづくりの過程を住民の生活の視点から語った貴重な本である。西の真野、東の太子堂と、まちづくりの老舗の真野まちづくりとよく比較される、関東におけるまちづくりの歴史に名を知られる太子堂まちづくり。その世田谷区太子堂2・3丁目地区まちづくり協議会のリーダーの梅津政之輔氏が著した、30 年以上のまちづくりの変遷過程を綴ったものである。
地区計画制度とともに、協議会方式まちづくりと普及したまちづくり協議会は地区計画が策定されると解散されてしまう所が少なくないが、30年以上もまちづくり協議会が解散せずに継続していることも珍しい。その意味は本書によく表れている。本書のタイトルに表れているように「暮らしがあるからまちなのだ」と、生活が続くようにまちづくりにも終了はない。
真野まちづくりと異なり、もとは行政主導で地区計画制度の適用として、当時、最も災害の危険度が高い、この太子堂2・3丁目地区で住民参加のまちづくりが始まったのは1980年。行政にとっても住民参加のまちづくりは初めてのこと。地区計画の青写真が先に描かれていたことからの行政対住民の対立に始まり、道路拡幅、建物不燃化を推進したい行政側の論理と、道路の安全と沿道のコミュニケーション、生活文化を大事にする住民側の論理の葛藤は最初から最後まで続いて来た。言葉も行政用語と住民の生活用語のギャップがあり、そんな対立を含みながら、行政と住民の協働が続いてきたのが実際である。いつの間にか住民主導に変わってきたとも言えるが、正確には住民と行政の対話的まちづくりとも言うべき過程である。住民の間でも対立はつきものである。実際のまちづくりはそんな対立の渦にあるが、それが表面化して、解決のための対話を続ける。そこに今は切れてしまっている人と人との関係をつなげる努力がみられる。当の梅津氏もさんざん攻撃の対象にもされてきた。しかし、梅津氏は言う。「地域というのはいろいろな価値観の人がいる、まちづくり協議会はいろいろな価値観があることを知る広場みたいなところ」と。
対立を避け、行政の論理になすがまま事業の終わりがまちづくりの終わりとなり、対立はないかのように水面下に隠れ、それぞれの生活が孤立化した地域と、このように対立を人がつながるきっかけとして丁寧に対話を続ける地域と、どちらが持続可能な社会であろうか。本当はこのような取り組みがいろいろな地域で暮らしを守るために広がってほしい。
太子堂まちづくりは特別な特殊解ではない。梅津氏以外にも立役者はいろいろ居る。それぞれの地域で独自のまちづくりのリーダーシップを発揮する人が出てきてしかるべきである。「時間と忍耐はまちづくりの必要コスト」と氏が本書で語るように、これは30年以上まちづくりに関わってきた一住民が、後継者や他地区に伝えたい気持ちが随所にふんだんに表れている。それゆえに得るものの多いまちづくりの参考書である。
評 : 乾 亨 (立命館大学産業社会学部教授)
自治的地域運営の先駆的にしてきわめて優れた事例
「一人一人の住民が機嫌良く暮らすことができるまちを創らなあかん・守らなあかん」という、住民として当たり前の「想い」から太子堂のまちづくりは(梅津さんの活動は)はじまり、(行政の協力を得て)30年間にわたり、住民の想いに耳を傾け、住民同士で地域のあり方を話し合い、人と人とをつなぎ、ルールをつくり、少しずつ地域を良くする活動を継続してきた。とりわけ、狭隘道路・木造住宅密集という都市計画的課題を抱えた地域において、住民の安心・安全を守るために、人のつながりを育みつつ、住民同士の話し合いを基盤に、道づくりや防災広場づくり、木造住宅の不燃化などに取り組み成果をあげてきた経験は、当事者にしか語り得ない貴重な物語である。
町の形や暮らしを激変させることなく、できるところから少しずつ良くしていく「修復型まちづくり」は、成果が見えるまでに時間がかかるため、近年、行政内部では評判が芳しくないそうであるが(一気に町の形を変える「クリアランス型」のほうが、効率的)…この本を読めば、「暮らしを守る」という立場で考えた場合、まちづくりは修復型にならざるを得ない、ということも納得できるに違いない。
都市計画的規制まで含めて地域の方向を定め実行していくことは、一般的には行政の任務と思われているが、太子堂では30年も前から(もう一カ所、神戸市の真野地区でも35年前から)、「地域で決定し、地域で実行する」という自治的地域運営をおこなっているという事実に注目してほしい。近年、国も地方自治体も、「参加と協働」の相手として、小地域ごとに地域を代表し地域を運営する「協議会型住民自治組織」を立ち上げていく方向に向かいつつあるが、じつは、「太子堂まちづくり」や「真野まちづくり」は、自治的地域運営の先駆的にしてきわめて優れた事例なのである。その意味において、この本が発信している「住民の暮らしを守る」ために「地域で地域を運営する」というメッセージと経験は、決して「まちづくりの古典」や「昔話」ではなく、個々の住民がむき出しでグローバルな社会に放り出される新自由主義的政策がすすむ今こそ学ぶべきものだと考えている。
地域で暮らす者にとっては「自分たちでできるんだ」と勇気づけられ、まちづくりやコミュニティに携わる自治体職員にとっては、これからのコミュニティ政策を考える上で示唆に富む一冊として強く薦めたい。
担当編集者より
梅津さんは本書の「あとがき」で、あるシンポジュウムのパネラーに招かれたおり、その時の司会者だった佐藤滋さんから「私がまちづくりの研究を始めたころから活動している“古典的”な太子堂まちづくり協議会の梅津さんです」と紹介されショックを受け」たと書かれている。
ご本人にはショックだったかもしれないが、私は最高の褒め言葉だと思う。
世の中、流行廃りが激しく、人々の関心は移ろう。なにも本質的な前進がないまま、言葉がカタカナ語に変わり、事例が変わって何か新しくなったような気分になる。その繰り返し。それで本当に良いのだろうか。
そんな流行廃りに惑わされず、時代に応じて変化しながらも、基本を守って漸進してきた太子堂はの当事者による本書を読んでいただき、「継続するとはどういうことか」を考えていただけたらと思う。
(前田)
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