未来に選ばれる会社
CSRから始まるソーシャル・ブランディング



森摂+オルタナ編集部 著
四六判・224頁・定価 本体1800円+税
ISBN978-4-7615-1353-5
2015-10-01

■■内容紹介■■ 
会社にとっての最大のミッションは組織や事業を永続化すること。その実現には、営利の追求だけでなく、社会全体から支持されることが必須だ。社会満足度を上げ、企業価値を高める「ソーシャル・ブランディング」という戦略。その方法論を、国内外20社以上の成功例から実践的に解説。未来を志向する会社の誠実な強さを探る。



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人と社会を幸せにできる
会社だけが未来に選ばれる


坂本光司(法政大学大学院教授)×森摂(オルタナ編集長)




会社は誰のものですか?
100年後も輝き続ける会社にするために大切なことは何ですか?
7000社以上の企業をみてきた経済学者と、企業経営の本質を取材する経済記者が語る、未来に選ばれる会社とは。

 

 



会社は誰のものですか?

 『オルタナ』という雑誌を2007年に創刊してから8年が経ちまして、今回初めて単行本『未来に選ばれる会社』を出版しました。
私は、前職で日本経済新聞の記者を20年やっておりまして、その当時から、会社は誰のものか、会社を永続的にするものは何か、ということを考えていました。例えば、日経新聞的にいうと、会社は株主のものなんですね。ところが、本当にそうなのかなという思いが在職中からあったのが、この『オルタナ』という雑誌をつくる一つのきっかけになりました。その後独立をして、小さいながらも自分の会社(株式会社オルタナ)をつくりました。
会社をつくってみて、会社は誰のものかという命題は簡単に解けました。その答えは、会社は誰のものでもないということです。つまり、会社は経営者のものでも、株主のものでも、社員のものでも、顧客のものでもない。結局、みんなのものであるということが、自分で会社をつくってすごくよくわかったんですね。
次に解きたかった命題は、会社を永続的にするために必要ものは何かということです。これは結構難しかったのですが、その後、私なりにいろいろ調べていくうち、従業員満足度、顧客満足度、そして社会満足度が必要だと考えるに至りました。
新聞記者をやっていた当時から、企業の経営者に取材で会うと、決まって最後に、「社員と株主と顧客、どれが一番大事ですか」と尋ねていました。当時はお客様が第一と答える経営者がほとんどでした。
そのなかでとても印象に残っている経営者がいました。当時の株式会社カトーデンキ、現在の株式会社ケーズホールディングスの加藤修一社長(現会長)です。加藤さんにも同じ質問をしたところ「社員が一番大事ですよ」とすばり言われたんです。当時、この答えを聞いたのは加藤さんが初めてでした。この加藤さんの言葉はそれ以来20年、頭から離れない。
家電業界は競争が熾烈です。加藤さんの会社はそのなかでよく生き残っておられて、売上げも20年以上、増収増益だと思います。おそらくその秘密は、社員を大事にするという、加藤さんのポリシーにあるんじゃないかと思います。
この従業員満足度が一番で、その次に顧客満足度がきて、最後は社会満足度が必要になるというのが、私の仮説です。
従業員満足度も顧客満足度も数値化できますが、この社会満足度だけはまだ数値化できません。これが数値化できれば、ひょっとしたら世の中を動かすことができるかもしれないと思っています。


人を幸せにする仕事、人を不幸にする仕事

 坂本先生に初めてお会いしたのは、多分4年くらい前だったと思います。そのときに坂本先生から「私は約7000の会社をこれまで見てきて、どんな会社が強く、どんな会社が100年、200年と続いていくのかがわかった。それは社員とその家族を大事にする会社だ」と言われました。それが大変印象に残っています。

坂本 ご紹介いただいたように、私はこれまで40年以上、7300社の中小企業を調査・研究してきました。その中でぜひ皆さんに紹介したいという会社が400〜500社あります。その中で数社ずつ『日本でいちばん大切にしたい会社』という書籍にまとめてきました。来年1月に5巻目の『日本でいちばん大切にしたい会社5』が出版されます。
今日はその中から1社、社会福祉法人北海道光生舎という会社を紹介したいと思います。この会社は北海道赤平市で、今から60年前に江常男さん(故人)がご夫婦で起こされたクリーニングの会社です。現在、従業員が1300人まで増え、北海道の主要都市に拠点を持つまでに成長しています。
江さんは会社を大きくしたいという思いはまったくなかったそうですが、大きくせざるをえない事情がありました。それは、この会社で雇ってほしいと希望する障害者が次から次にこの会社の門戸を叩いたからです。現在1300人の社員のうち、およそ半分は障害者の方です。
なぜ、この会社がこんなに障害者雇用に力を入れているかというと、江さんご自身が想像を絶する障害者だったからです。10歳の時に片目を失い、19歳の時に両腕を付け根から失ったそうです。江さんを雇ってくれる会社はなく、結果的に自分で会社をつくること以外に職を得る方法はなかったんです。人間は働かなければ幸せになれませんから、江さんは自分で会社をつくったことでようやく幸せになることができわけです。
当時、赤平は炭鉱町で、炭鉱事故で怪我をした障害者がたくさんいて、十数名の障害者が就職し、会社はスタートしました。クリーニング業を選んだのは、作業がたくさんの工程に分けられ、片手のない人、足の悪い人、それぞれの障害に合った作業に就くことができると考えたからだそうです。
私の本は涙が出るような経営学書と言われますが、夢と希望のある苦しみはどんな苦しみでも耐えることができるけれども、夢と希望の失われた苦しみは耐えることができません。

 今、日本の企業の障害者雇用率は徐々に上がってきていますね。

坂本 上がったといっても、日本の企業の障害者雇用率(2015年11月、厚生労働省発表数値)は、まだ1.88%なんです。民間企業の法定雇用率は2.0%ですので、法律を守っていない会社が53%あるということです。  今、障害者の方は、人口比でいうとだいたい6%、800万人弱くらいいます。そのなかで、実際に民間企業で働いている人はわずか45万人くらいしかいないわけです。


大学で教えるべきは、人を大切にする経営学

 坂本先生の著書『日本でいちばん大切にしたい会社』のシリーズは、たくさんの人に読まれているわけですが、なぜこの本を書こうと思われたのでしょうか。

坂本 私も、最初から人を大切にする経営論をやってきたわけではありません。大学で経営学を勉強しましたが、当時の経営学では、会社の目的は業績を極大化するとか、いかに社員の効率を高めるかとか、経営の成果は利益であるといったことを教えられました。会社にとって一番大切なのは株主である、あるいは顧客であるという視点で企業を見ていました。
しかしいろいろな企業の経営者にお会いして、自分のそれまでの常識を覆されたのです。業績を求めていない会社の方が、好不況にかかわらず業績を伸ばしていて、業績を求めている会社の方が業績はぶれまくっていることに気づいたんです。

 なるほど。

坂本 実はそれに気づいたのは十数年前なんです。私が教わってきた経営学は間違っていたわけです。だから私は今、大学人として経営学を破壊したいんです。
現在の経営学で教えられるのは業績論で、それを学んだエリート学生たちは大会社に就職し、やがて社長なります。このサイクルを変えない限りは難しいと感じています。
これは私の力不足ですけれども、人間本意の経営学、経営の目的は業績を高めることではなく、人を幸せにすることだということを教育している先生が、残念ながらあまり広がりを見せていません。

 そう言えば、大学でもそういうことを教える先生はあまりいませんね。

坂本 そこで「人を大切にする経営学会」をつくりました。学会員は600人いるんですが、普通、学会というと大学の先生が圧倒的多数ですけれど、この学会は珍しくて、大学の先生は50人くらいしかいないんですよ。でも、若い先生が随分入ってくれて、そこには希望を見ています。


なぜ、人を大事にする会社は強いのか

 社員を大事にする会社は強くなるということは、確かに頭の中ではわかるんですが、明日からすぐ行動に移すのは大変そうだと考える経営者も多いと思います。明日から変わるためには、どこから変わっていけばいいのでしょうか。

坂本 「社員を大事にする会社は強くなる」というのは理想でも理論でもなく、シンプルな現実なんです。自分が所属する組織に不平、不満、不信感を持っている社員は、組織の業績を高める努力はしないからです。自分が所属する組織や上司に不満のある社員は、必ずその足を引っ張ろうとします。これは当たり前です。
ですから、会社の業績を上げようと思えば、まず社員が不平、不満、不信感を抱かない環境をつくるのが最善最短の方法です。
経営者がやるべき大きな仕事は三つしかありません。方向を明示すること、決断をすること、社員のためにいい職場環境を準備すること。売上高を高めるとか、新商品をつくるというのは経営者の仕事じゃありません。
そして大事なのは、決断をする、方向を明示するときの物差しです。その物差しは、二つの物差しを使いましょうと言っています。一つは、会社に関係する人々の幸せづくりにとって「正しいか、正しくないか」。もう一つは、「自然か、不自然か」という物差しですね。

 なるほど。ただ、実態として全国400万の会社があるなかで、どれくらいの社長さんがこれをわかっておられて、実際に行動に移していらっしゃると思われますか?

坂本 そうですね、そういう社長さんは、残念ながらおよそ1割くらいではないでしょうか。しかし、大学に比べると、企業の方が少し変わりつつあると感じています。
そういう企業の動きを後押しするために、私たちは2010年から「日本で一番大切にしたい会社大賞」という賞を毎年募集しています。これまで6回開催してきましたが、この賞の応募条件は厳しく、過去5年以上にわたって、以下の五つの条件にすべてに該当していることが必要です。@リストラをしていないこと、A仕入先企業へのコストダウンを強制していないこと、B障害者雇用率は法定雇用率以上であること、C黒字経営であること、D重大な労働災害がないこと。

 確かに、一昔前までは顧客第一主義という経営者が圧倒的に多かったですが、今は、意識が高い経営者の中には、お客様より社員が大事だと考える方々が少しずつ増えてきたように感じます。

坂本 私が教鞭をとる法政大学大学院創造研究科の学生は60数人いるんですが、そのうちの7割くらいは現職の社長さんで、残りの3割は士業の仕事をしている方々です。
 現職の社長さんは2年で修士課程を修了すると、自分の会社経営の現場に戻るわけですが、90%以上の人が障害者雇用に取り組んでくれます。また以前はリストラをやっていた会社が一切リストラをやらなくなります。
では一体どんな教育をしているかというと、院生たちを「人を大切にする経営学」を実践している会社に年間100社くらい、連れて行きます。そこで訪問先の経営者といろんな議論をするなかで、いろいろなことに気づきます。

 古今東西、人や社会を大切にしてきた会社は多数存在し、そういう会社は長生きしているのではないでしょうか。
たとえば、インドの三大財閥の一つ、タタ・グループの創業者はゾロアスター教を信仰するペルシャ人で、インドのヒンズー教社会では完全なマイノリティでした。しかし、世界で初めて1日8時間労働制や本格的な企業年金制度、労災補償、出産交付金を導入し、社員満足度を高めるとともに、インド人の教育機会の拡大や奨学金の創設など類まれな社会貢献を続け、「善良すぎて潰せない」と言われるくらい、インド社会で認められる企業になりました。
一方、日本でも、近江商人の「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)は商いの美徳として語られることが多いですが、その神髄は「他国商い」にあります。近江商人は近江国(現在の滋賀県)で商いをしたのではなく、江戸をはじめ全国に商いの拠点を広げました。進出先の地域に商売を認めてもらうための極めて戦略的な経営理念が「三方よし」だったのです。
最近はブラック企業など、働き方をめぐる暗いニュースが多いですが、結局そういう会社は淘汰され、人と社会を大切にする会社だけが長生きします。企業経営の本質は実は凄くシンプル。さまざまな企業を取材したり自分で会社を経営する経験を経て、それを実感しています。

2015年11月13日 『未来に選ばれる会社』出版記念トーク、マルノウチリーディングスタイルにて


坂本光司

法政大学大学院政策創造研究科(地域づくり大学院)教授。
1947年生まれ。法政大学経営学部卒業。専門は中小企業経営論、地域経済論、福祉産業論。これまでの40年間で全国各地の中小企業7千社余りに自ら足を運び、現場を重視した研究を行う。著書に『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)など多数。

森摂

ソーシャル・イノベーション・マガジン『オルタナ』編集長。
東京外国語大学スペイン語学科卒業後、日本経済新聞社入社。流通経済部記者、ロサンゼルス支局長などを経て退社。2006年株式会社オルタナを設立、編集長に就任、現在に至る。一般社団法人グリーン経営者フォーラム代表理事。著書に『未来に選ばれる会社』(学芸出版社)など。