2003.5



連載第一回は「すきやき!」
晴れがましさといい、楽しげな音の響きと言い、初回を飾るにふさわしいメニューです。


いろは
四条通先斗町上ル(本店・北店)
我々のオススメは、現代作家が描いた襖絵が部屋ごとに異なる北店。

めにうとお値段
すきやき5人前+ビールで一人9000円也(←高! 連載初回で気合入り過ぎ!)

 連載第1回目からすき焼きとはちょっと飛ばし過ぎかとも思ったけど、ここはN吉のたってのお望みとあって、雨の中をすきやき屋へ。この店は、オイル焼きなんかもやっているが、なんといっても「ごあん」というザラメよりも粒の大きい砂糖で食べるすきやきがメイン。この日ももちろんすきやき。
 まず肉を食べる。このスタートの緊張感がなんともいえない。付き出しも出るけど、ここは満を持して肉から行きたいところ。とりあえずビールなんていうのもこの店には向かない。この日も、集合時間に遅れたN吉を、われわれはビールも呑まずに待っていたわけです。
 3人で3人前を食べ終わった時点では、まだまだいけるという感じだったけど、いざ追加の2人前が来て食べ始めると、結構腹一杯だったことに気づく。この辺の微妙な調整は、なかなか難しい。
 この店は古い建物に現代作家が襖絵を描いているという点で斬新な趣きがあるけど、その襖絵も年月が経ると次第に落ち着いた感じになってくる。桃山時代の襖絵なんかも、いまでもたしかに鮮やかではあるけれど、当初はもっと輝いていたんだなぁと、歴史に思いをはせながら食べていました。


 先斗町という場所柄、前はよく通るのに、入ったことないって類のお店だと思います。
 北店は老舗な構えながらも、現代作家に委ねた襖絵が斬新な、小間の連なる造り。種々メニューはあれど、やはり王道「すきやき」を我々は選びました。
 お砂糖を鍋に放って、お肉、割下。仲居さんが手際よくお料理くださる。
 まずはお肉だけを食べる、という儀式がここでは行われます。んま(うま)〜〜、甘〜。ほんのり甘くて大きな牛肉をいただき幸福に浸ってる間に、着々とお野菜なんぞも煮えて参りました。
 実のところ、「肉のうまさ」自体を堪能するのであらば、しゃぶしゃぶが一等似つかわしい調理法なのではなかろうか、と思っています。んだがすきやきの醍醐味っちゅーのは、火加減と割下と仲居さんのご助力により、刻々変化する味と真剣勝負ってところにあるのではないかと。
 たくさん食べて非常に満足したのですが、明朝胃薬を用いたことを恥ずかしながら告白しておきます。情けない。あと、遅刻してすみませんでした。

 今まで食べた牛肉で一番おいしかったのは、松坂の牛銀本店で食べたオイル焼だ。まさに至福の味だった。「いろは」のすきやきの牛肉も、きわめて上等のものだが、その牛銀の肉に比べれば劣るかもしれない。肉の良し悪しでほとんど決まってしまうであろうすきやきであれば、牛肉の味は、その評価の根幹をなすはずだ。
 しかしである。たとえすきやきであっても、牛肉の味だけでは語れない魅力があることを、「いろは」は教えてくれる。京都らしい風情。いやいや、そんな薄っぺらい魅力を言いたいのではない。先斗町という路地のようにせまい通りから店の奥に案内される。そこは、外部からほとんど遮断された空間だ。庭が見えるといったって、その庭も外部から遮断されている。そう、まさしく隠れ家のような部屋なのだ。そこで、濃密な都市の気配を感じながらこそこそ食するすきやき。肉を食することは、どこかで艶かしさがつきまとう。その艶かしさが倍増するのだ。このうまさを支えている空間と立地は、けっして他ではまねができない。
 もちろん、「いろは」は、その魅力をただほうっておくだけではない。ザラメより粒の大きな「ごあん」で直接肉をいただく独自の調理法。現代作家による襖絵(N蔵から詳しい説明があるはず)。どれも、この店に与えられた魅力を、さらに引き立てることに成功している。付け加えるのなら、この店のホームページも、細かなところまで作りこまれていて魅力にあふれたものだ。

 
  N蔵(えぬぞう):公務員。野菜がなくても地球は回ると信じている親肉派  
   
  N吉(えぬきち):編集者。マズいものでも一度は試してみたいいっちょかみ  
   
  N丸(えぬまる):団体職員。新鮮な刺身を何よりも好むオールラウンダー