2003.9


連載第五回は「ベトナム料理」
ビジネス街の裏通りで、夏の残り香を。


ティエム・フォーンヴィエット
中京区押小路通東洞院西入ル



めにうとお値段
ゴイクン(生春巻き)、サイゴンダック(ライスペーパーで)、ゴイセン(蓮の茎のサラダ)、バナナの葉香る焼き鳥、アサリのレモングラス蒸し、イカとトマトの炒め物、茹で豚(ライスペーパーで)、カニと春雨の炒め物、エビのココナツジュース蒸し、鶏肉のフォー、ベトナムビールしこたまで7000円也

 今回は、はじめて行くベトナム料理。ベトナムには行ったことがないけど、こんな感じの店が多いんだろうな、という雰囲気の店です。ということは、入り口の椅子とか壁の色なんかの「つかみ」がいいんじゃないかなと思います。
 この店の味付けの基本は、酸っぱくて、甘くて、というなかなか微妙なところにあります。しかも、味が二段構えで伝わってくるような繊細なところがあります。そして、酸っぱくて甘いというだけではなく、食材と味付け、味と香りなど多様な二重構造を楽しませてくれます。たぶんベトナム料理としては上級の部類なんじゃないかなというのが最初の印象です。タイ料理の辛さはなく、韓国料理の濃い感じの味とも違う。でも、どうしようもなくアジアを感じる味です。
 今回のメニューのなかの一押しはサイゴンダックですが、ダックそのものの美味しさはもとよりですが、びっくりするほど薄いライスペーパーの硬質な舌触りと合わせて食べる食感は絶妙です。この食感の違いも、二段構えです。バナナの葉香る焼き鳥は、食べ終わった後で、なるほどたしかに日常的に嗅ぐことのない香りだなと思いました。
 今回のメニューでは、エビのココナツジュース蒸しがちょっとこってり系ではあったけど、他の品はどれも嫌味のない、あっさりした味でした。なかでも、アサリのレモングラス蒸しは、ちょっと酸っぱい後味のスープが、さっぱり感満点で抜群のおいしさでした。
 まあ、パスをしたメニュー(ゴイセン)もあったのですが、はじめてのベトナム料理をとてもおいしく食べました。そして最後にひと言、閉店が近づいた頃合、なんとなく常連的な仲間たちが集まって賑わっているという盛り上がりに、一抹の疎外感を感じてしまったことを付け加えておきます。
 町家やビルの連なる中に、明かりがぽつん。
 クーラーもあまり効かない、白熱灯に照らされた緑の壁の店内にアオザイのおねいちゃん、片言の日本語。味はもちろんだけど、お店のホスピタリティや「場」のおもしろさも楽しみたいN吉にとって、このお店は「アジア屋台」(でもこぎれい)を感じさせてくれる、なんともツボを押さえた造りです。
 ベトナム料理って、酸っぱさがキーワードなのでは。が、魅力はそれだけにとどまらない。お料理によって、酸っぱい→甘い→辛い、甘い→酸っぱい→辛いと刻々その味が変化するのです。
 反面、ダイレクトに素材そのものの味を追求する、という料理ではないような気がする。エビを蒸すにしろ、和食ならまず「臭みを抜く」ことを考えるけど、おそらくそのまま調理してるのでは。で、ココナツの味にちょっと生臭さが加わる。でもその風味が、甘辛く酸いとゆ多面的魅力の一端を担ってる。足し算の料理、と言えようか。それでいて濃ゆくしつこくないところがなんとも上品に感じられますな。
 サイゴンダックを包むライスペーパーの薄いこと。白濁してもっちりしたもの、と思いこんでたんですが、ここんちのは薄くて透明、そしてほんのり甘くて歯ごたえも。アサリのレモングラス蒸しでは、ニンニクとショウガは効かせながらもその範疇におさまらないハーブの香りにうずたかく貝殻を重ねました。イカとトマトの炒め物は、甘さのあとにくる辛さにひえ〜〜。エビのココナツジュース蒸しまでくるともう満腹で、しかしついつい手が伸びる……。
 あ、食後にもたれない料理だとゆことも大きな魅力のひとつ。和でも洋でもないソースに開眼したけりゃここへおいでませ。
 タイ料理は日本でも市民権を得てきたようで、京都でも次々と新しいお店がオープンしている。しかし、ベトナム料理のお店となると、まだまだ少ない。
 こうした経験の少ないジャンルの料理を食べるときに悩むのは、その料理が美味しい場合に、それが料理自身が美味しいからなのか、料理人の腕がいいからなのか、判断が難しくなることである。そして、この店のベトナム料理はすこぶる美味しい。さてどうしよう。
 まず確実に言えることは、ベトナム料理そのものの魅力である。ベトナム料理は、ちょうどタイ料理と中国料理のよいところを併せたような料理だと思う。タイ料理のナンプラーと同じように魚醤(ニョクマム)を多用したエスニックな味付けだが、スパイス、特に辛いスパイスを過度に使わない。そして、中華と同様にきわめて多様な食材を使うが、油を過度に使わない。そう聞くと、とても日本人にはあう料理のように思えるが、実際、あうのだ。甘さと酸っぱさを主体とした味は、確かに最初は慣れない味だが、辛さや油っぽさが少ないために、日本人にはすぐに美味しさが理解される。
 ただ、この店の料理人の技量の高さもすぐわかった。付け出しに出された小さな豆が、食べたことのない味付けだった。その後、肉や野菜やフォー(麺)を食べ進むうちに、最初の豆の味が、実はとても美味しかったことがわかってくる。小さな付け出しの豆にまで、ちゃんとベトナム料理の真髄がしみこんでいるのだ。これはたいした技量だと思う。
 問題は、この店がこれほどおいしいと、これに次ぐベトナム料理の店が出しにくくなるのではないかということだ。本来これだけおいしい料理なのだ、もっと身近な料理になってほしいと思うのは私だけではないはず。

 
  N蔵(えぬぞう):著述業に転進。迫りくる胃カメラデイに募る憂鬱  
   
  N吉(えぬきち):編集者。夏バテで食細りビヤガーデン焼肉に降参  
   
  N丸(えぬまる):団体職員。美食のお供に万歩計で摂生を心がける日々