2004.4


連載第九回は「おばんさい」?
猥雑な下町に突如現る邸宅で、ほっこり。


北平〈きたへい〉
京都市西大路四条東二筋目北上がる


めにうとお値段
相変わらずの健啖家ぶりを発揮し、一人8000円也!
カンパチ・シマアジ・車海老の刺身、焼魚のハタハタ、蛍イカ酢味噌和え、レンコンの海老はさみ揚げ、かき天ポン酢、焼鳥みぞれ和え、鯨フライ、北平ピザ、地鶏卵のオムレツ、鶏と大根の胡麻ドレサラダ。
ビール、焼酎、カクテルなどいろいろ。

 西院〈さいいん〉にある北平は、すこし不便な場所にあるとはいえ、京都へ来た知人を連れて行くには恰好の店です。最近増えている、取って付けたような町家改造系とは違って、立派な日本庭園が広がり、さりげなく置いてある屏風や床の間の掛軸にも相応の歴史が感じられます。今回は、江戸時代に流行した雛人形の掛軸がかかっていましたし、その軸の前には蒔絵の卓が置かれています。このような室礼がわざとらしくないところがこの店の魅力です。6、7人にぴったりの近代洋風の部屋もあります。
  さて、料理ですが、これもなかなかいけます。
  カンパチとシマアジの刺身は新鮮でしたし、N丸、N吉に食べられたので口に入りませんでしたが、車エビの刺身もおいしそうでした。刺身を頼むと値段が跳ね上がるという意見があり、躊躇する向きもあるかと思いますが、頼んでみて損はしないおいしさです。牡蠣天ポン酢は、牡蠣料理としては意外な展開ですが、これも魅力的な食べ方だなと思いました。生牡蠣には恐れをなしている人も、これならいけるのではないでしょうか? 大振りでしたが、身の引き締まった牡蠣でした。魚貝系ではありませんが、鯨のフライというような珍しいメニューもあります。昔、給食で食べた鯨を思い出しながら食べるのも、いいかもしれません。
  肉系では、今回は焼鶏みぞれ和えと鶏と大根の胡麻ドレサラダ、地鶏卵のオムレツというように、なにかと話題の鶏にあえて挑戦してみました。焼鶏のみぞれ和えというのは、ありそうで、あまり見かけないものですが、甘辛くてビール向きの味付けでした。オムレツは十分に柔らかく、口当たりのいいものです。
  最後は北平ピザで締めくくったのですが、これは、店の名前を冠している割には、とくに変哲のないピザでした。もちろんとてもうまく焼けていておいしいのですが、もう一ひねりあってもいいかなと思いました。ただ、「創作」という技を前面に押し出さないさりげなさが魅力だという言い方もできるかもしれません。
 「春だから桜を見に」「特別公開寺院を見に」「紅葉狩りしたくて」等など、知人たちが時々京都を訪ねてくれる。
  京都らしさを味わいたい!という人たちと一緒に夕餉を楽しむなら、中心部の通称「田の字地区」や、最近は祇園あたりにも増え続ける町家改造系店を紹介すればよろし。そこそこの値段で食べられるお店も多く、京都らしい空間で薄味創作料理を楽しんでもらえる。まあ、建築に手をかけすぎて肝心の料理が今ひとつだったり、場所にあぐらをかいて食材と値段のバランスに首をかしげてしまったりという店も多いけれど。
  問題は、おいしいものが好きで、建築にも興味があったりするタイプ。どこへ連れて行こうか悩む。かなり悩む。
  そんな時にふと思い出すのがこの「北平」。観光地から離れた西院という街、闇に包まれた住宅街の中、何度訪れても入るのをためらわせる立派な門構えの邸宅である。
  玄関を上がって洋間を横目に奥座敷まで進む間に、お雛飾りに雛人形の掛け軸。季節を食材だけではなく室礼でも表現してくれる、こういったお店はむろん、京都には少なくない。ただ、ここの特徴は室礼だけが際立っておらず、きちんと建物と釣り合っていること。ほの暗いお座敷に腰を落ち着けると、まるで誰かの家に寄せていただいたような錯覚に陥る。
  ここは「おばんさいの店」だというのに、突出しにでてきたひじきの煮たや切干大根などのおばんさいを平らげた後は、ついつい刺身をたくさん頼んでしまう我ら。ぜんたい、京都のお店は魚介類の鮮度がイマイチで、一見みせではあまり刺身を頼もうという気にはならない。だけどここのは新鮮で、量が少なめなこともあって、どんどん箸が進んでしまう。車エビの尻尾はまだ動いていた。次々とでてくる器もお気に入り。「作家もの!」という肩肘張った主張はないが、薄く細やかなつくりで、柄も品良いものが多く、華やいだ気分を増幅してくれる。
  場所柄、店が閉まっていた場合はかなりイタイことになるので、予約してお出かけするのが安全だ。
 久しぶりに「北平」に行ってきたぞ。行ってきた、とつい言ってしまうのは、そこが西院という、京都市中心部で生活している者にとっては、ちょっと遠い場所にあるからだ。でも、遠くても、何度も通いたくなる店なのだ。その魅力はどこにあるのだろう。
  北平は、黒染めを家業としていた北村家が、その屋敷を利用して始めた「おばんさい」の店である。客間だったという店内は、古くからの屋敷の雰囲気がよく残っている。北村家の持ち馬「テイトオー号」がダービーを制したことを記念した洋間「競馬の部屋」なんていうのもある。ただ、この程度の由緒(というのも失礼だが)ならば、京都の中心部の町家レストランでもよく聞く話だ。
  やはり、魅力のポイントは、そのロケーションにあるのだと思う。遠いといっても、よそゆきの「郊外」とは違う。この屋敷の周囲には、かつて染めの工場が広がっていて、その中に建てられた屋敷が残ったものだ。そのことでもわかるように、どちらかというと、この場所は「場末」という言い方があたっている。実際に、今でも周囲にあるのはパチンコやチェーン店のファーストフード店ばかりである。
  屋敷も、京都中心部の京町家とは微妙に趣味を異にする。農家の作りにむしろ近い。そのために、屋敷の中でも、京都中心部とは異なる居心地を味わうことができる。郊外の瀟洒な感じとも異なる、どこかロケーションに似合った雰囲気が漂っているのだ。
  考えてみると、こうした古い住宅を飲食店に転用した例の中で、住宅のオーナー自らがそのまま店を経営するというのも、実は珍しい。でもこれがいいのだ。第三者による過剰な演出がどこにも見られず、屋敷が本来持っている素朴な雰囲気がそのままだからだ。
  同じことが、この店の味にも言える。どのメニューもとても美味しい。料理の内容も、いわゆる京料理を目指したように思えるし、「うつわの店」も標榜するだけあって、料理が乗る器もなかなかのものだ。しかし、北村家の現当主の料理好きが高じてオープンしただけあって、どの料理も素朴な美味しさなのである。だから「おばんさい」なのだ。
 
  N蔵(えぬぞう):著述業。朝掘り筍の味と香りを待ちわびる偏屈野菜嫌い  
   
  N吉(えぬきち):編集者。病気を恐れず鶏も牛もガツガツの博愛主義者  
   
  N丸(えぬまる):団体職員。カテキンと万歩計で体調万全なんでもござれ