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今回は中華料理「糸仙」。盛華亭に続く中華です。そして、やはりわれわれの好みを反映してか、あっさり系の広東風中華です。他のお二人はともかく、私は、こと中華に関してはあっさり系を好みます。
あっさりを象徴するのが、焼き豚汁そばでしょうか。シメに食べる汁そばから話を始めるのはスジではないかもしれませんが、これは微妙な味の汁に柔らかい焼き豚(これはもちろん単品で食べても美味しく、ビールによく合います)がいい感じですが、細麺がよく汁に絡んでいます。つまり、麺・焼き豚・汁の三点が絶妙のコンビネーションというわけです。
他のメニューで何が美味しかったかというと、あげるべきは焼売です。いままで京都で焼売を食べようというときには新京極の龍鳳に行っていました。たしかに龍鳳の焼売は大きさと肉気において、私のなかで、かなりの魅力をいまでも維持していますが、龍鳳の焼売が広東料理としてはワイルド系であるとすれば、糸仙の焼売は洗練系という感じです。歯ごたえといい、肉汁のにじみ具合といい上品であって、なお「肉らしさ」を十分に感じさせてくれます。また、と思われるかもしれませんが、もう一皿食べたいと思わせるような美味しさです。
かに玉も独特でした。普通の中華料理店で天津飯としてご飯の上に乗っているような感じとは少し違い、甘酸っぱさが押さえられていて、その分卵の風味が際だっていました。このかに玉に限りませんが、どの料理もちょっと他の店とは違う独自の味付けと見せ方をしていて、それでいて、全体としてとても統一感のある印象があります。
味はあっさり、場所はひっそりという糸仙は、隠れ家的な気分を味わいながら中華を楽しみたい手合いには絶好の店だと思います。値段も手頃ですし、店の人の愛想もいい、気分良く食べられるお勧め店です。 |
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ほの暗い小路の所々に灯る、艶やかな赤い提灯。
西陣の織物関係の旦那さんがたが集ったという上七軒<かみしちけん>は、北野天満宮の近く、京都の北の花街です。今はだいぶ寂しく、平日の夜とはいえ、さほど華やいだ雰囲気を感じることはできません。
元御茶屋を改造したという中華屋さん「糸仙」は、何度足を運んでも、「この道であってたっけ?」と方向音痴N吉を不安に陥れる路地奥にあります。
昨今流行のこじゃれた町家改造系でなくて、家族系経営、お客さんも家族連れ多し。当然お値段も抑え目なんだけど、おいしいんです。
焼き豚と酢の物をアテに、ビール。焼き豚はしっとりしてて、じんわりと味がしみています。小海老のチリソースは、家族系中華店のセオリーとして、ピリ辛じゃなく甘めに仕上げてあるのですが、薬味のネギがきっちり効いてて甘ったるさが残るということはありません。鳥の唐揚は骨付きではなく、焼き豚同様にスライスされているので、お箸で上品にいただけるのが素敵。花街だから、女性に配慮、なのかしらん。
油もよく切ってあって、ものすごく軽く、さっくりいただけます。春巻きは皮から手作りらしいです。
写真からもわかりますが、どのお料理も、盛り付けがあまりに愛想ないのには驚かされます。これは「味で勝負!」な開き直りなのか、はたまたシンプル礼賛志向なのでしょか。いずれにせよ、「みんなで取り分けてねボリューム」で出てくるのがうれし。中華料理お決まりの回転テーブルこそありませんが、中華の醍醐味ってのはやっぱり、みんなで大皿をわけわけして食べる豪快さにあるやな気がしますもん。こういうお食事って、ぐっとみんなの心を近づけます。
たっくさん食べたのに油がよいのか、あんまりもたれません。まあ、それでもおなかいっぱいで苦し。
一階はカウンターに小上がり座敷、お店の荷物もいっぱいおいてあって、と庶民感覚に溢れてますが、二階にはお座敷もありますので多人数対応も可能です。
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ここは、上七軒である。同じ花街でも、中心部の祇園や先斗町と違って、賑わいはそれほど感じられない。でも、だからこそ、花街らしい風情が残っている。糸仙は、そんな通好みの街の、さらに路地を入っていた奥にある中華料理店だ。そんな都市の最奥地とも言うべき場所にあるのに、いつも客足は途絶えない。いや、逆に、この場所の特性というのが、実はこの店の最大の魅力でもあると思うのだ。なぜか。
糸仙は花街にあるが、気取った店ではない。単なる街の中華屋さんのような店だ。でも、ちゃんと「広東料理」の看板をかかげている。そして、実際に、その料理の質は極めて高い。チャーシューにしても、旨煮にしても、最後の汁そばにしても、派手さはないが、広東料理らしく、味が多彩で、食材のうまさを上手に引き出している。
今回も堪能できた。
しかしである。このぶっきらぼうの盛り付けはなんだろうか。最初に出てきたチャーシューは、3人で話が盛り上がっているときに、何も考えずに箸を運んでいた。食べ終わってから、ようやくその美味しさに気づき驚いた。器も、食材の並べ方も、街の中華屋さんそのものでしかない。なげやりと言っても過言ではない。そのために、じっくり味わうという身構えが出来ないうちに、おもわず料理を口の中に入れてしまうのである。広東料理の特徴でもあるあっさりとした味付けが、なおさら、こちらの緊張感を緩めてしまう。でも、そうした気さくな食べ方こそが大切なのだ。
料理において、確かに盛り付けは重要な要素である。しかし、この店は、盛り付けの要素をあえて無視することで、広東料理のような味の多彩さや幅広さを味わうための方法を教えてくれる店なのだと思った。そうした多彩さは、身構えないで食べてこそ、後からじわじわ味わうことができるからだ。
ただし、まったく身構えないで食べてしまっては、味の真髄はわからない。適度なよそゆき感が求められる。糸仙の立地するこの特異な場所とは、まさにそのためのものなのだということがわかる。 |
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