2005.1


連載第十六回は「郊外イタリアン」
商店街に背を向けて、お目当ては天晴れドルチェ?


イル・バッカナーレ
京都市伏見区新町4-465-5
Leafのぺえじ<http://www.leafkyoto.net/newopen/0308/shop04.html

めにうとお値段
ソーセージ・ベーコン・レンズマメの煮込み、マグロ中トロとイクラのタルタル・温泉卵ソース/手長海老とトマトの自家製タリアテッレ、ピッツァ・プロシュート/イトヨリのこんがりローストのたまり醤油バターソース、カナダ産猪のグリルすだち味噌ソース/アップルパイとジェラード添え、栗のスフレジェラード添え/パン、ワイン1.5本で一人6000円也

 今回は、わざわざと言ってもいいわけですが、夕方、満員の地下鉄と近鉄に乗って桃山御陵前まで行ってきました。なにを物好きなと思われるかもしれませんし、私自身も、桃山まで?と一瞬たじろいでいました。といっても、南に美味しいイタリアンがあると聞けば満員電車もものとはせず、という感じで出向いてきました。このあたりが、われわれの趣味的なところです。それにしても、桃山御陵までを視野に入れているN丸はたいしたものです。
 で、料理ですが、これは桃山まで行く価値は十分にあります。すべての品がかなりのハイレベルだったなどと書くのは沽券に関わる気もしますが、すくなくとも、選択できなかったメニュウにもあらためて挑戦したいと思わせる味ではありました。
 この店のイタリアンのおもしろさは、たぶん意外な味付けと食感ではないかと思います。たとえば前菜に食べた「マグロ中トロとイクラのタルタル・温泉卵ソース」など、まさにその通りの中身なのですが、これが今までに食べたことのない味と食感です。極めつけは私が選択した「カナダ産猪のグリルすだち味噌ソース」です。まあカナダ産の猪というのがどんな顔をしているのかは知りませんが、歯ごたえのある肉で、その肉自体にも牛や豚とは違う味があります。マトンに近いのかとも思いました。でも臭みはありません。そして、「すだち味噌ソース」というのが、なんともおもしろい味です。どこか和風の懐かしさを感じさせるような、そんな味がカナダの猪とマッチしていました。これは(いつもあるのかどうかわかりませんが)お勧めです。
 デザートについては多く語る人がいるのではなないかと思いますが、私の担当した「アップルパイとジェラード添え」は、これまた普通のアップルパイとは違う食感でした。パイはパイなんですが、柔らかくてしつこくないさっぱりした味でした。
 ワインもたらふく呑んでいい感じでした。最後に。難点といえば、前にも書きましたがタバコですね。せっかくの味なので禁煙にするべきではないでしょうか。これを読まれた方々、ぜひ他の人のいるところでの喫煙は(食事中にかぎらず)ご遠慮ください。かなり迷惑です。
 夕暮れ時の伏見大手筋商店街は、会社帰りのオジサマ、買い物中のオバサマたちで賑わってました。その喧騒を背にして、不安になりつつ歩く暗い道。どうやら同じ電車に乗っていたのに、N蔵N丸にいささか遅れをとって到着です。
 メニューは、シェアするアラカルトのみ。この、メニューを決める時間というのがわくわくして大好きです。
 まずは前菜のタルタル。カルパッチョとかタルタルって、あんまり好みじゃないんす。京都では絶対に鮮度落ちだし。ここんちのタルタルも、さほど鮮度にメウロコ!とゆことはなかったのですが、その混ぜ加減と、温泉卵とゆカップリングにやられました。ぐーるぐる混ぜた温泉卵をパンに乗っけて、その上に、タルタルを。中トロとイクラという、いずれもちょっとおせっかいな味に、さらにまったりとした温泉卵。足し算三昧でうげ、って感じなのですけど、そこニンニクやコンソメが乱入して、味を調えてます。もちろん、食感はトロリンさん。うんうん、これ、うまいぞ!
 プロシュートのピッツァは塩味薄めで、さくっと何切れも食べられます。店によっては水っぽくて困るイトヨリもうまくソースと絡まってるし、どのお料理も付け合せのお野菜にまで手間をかけているのが、噛み締めたその味からよくわかります。
 そして、極めつけはドルチェっ!栗のスフレ!!ぷっくり膨れた焼き立てを楽しむ、N吉大好きな一品です。ほんわかあったかい、舌の上でとろけるやさしさに、足をバタバタさせてしまいました。まあ栗にはアクがありますからどうしても洋酒がきつめになって、最後のほうはもうおなかの重さも限界でありましたが、あまりのうまさに食べきりました。で、ご忠告です。甘モノ余白は充分残して、お料理をオーダーしてください。
 カウンター席、テーブル席、奥に掘り炬燵席もありますが、二人でひっそりデート仕様、とゆ感じじゃありませぬ。おいしーもの好きな人と、数名で楽しむのがよきお店ですかね。
 東京では、郊外でも美味しいお店が多い。高円寺や下北沢、あるいは自由が丘などには、都心でも食べられないような食事を出す店がある。大阪でも、阪神間まで出かければ、市内で食べられないような美食を出す店にめぐりあえる。ところが、京都には、そうした郊外の名店というのが思い当たらない。はっきり言ってしまえば、京都には、そもそも郊外文化というのものがないのかもしれない。
 確かに住宅地としての郊外は存在する。しかし、そこに独自の文化が育たないのだ(これは地勢的、歴史的にしかたがないことだが)。だから、伏見と言われても、桃山城の城下町で酒蔵の町でもある、ぐらいのイメージしか持てない。ここで何かを食べなくてはならないとしても、酒蔵を改造した「鳥せい本店」ぐらいしか思いつかなかった(それも、ほとんど観光名所化したお店になってしまっている)。
 そんな状況の中で、このお店を発見した。
 正直に言って、この店の味は、市内にあるイタリアンの名店にも決してひけをとらない。いや、素材の組み合わせに対するセンスのよさで言えば、どの名店より優れていると言えるのかもしれない。マグロとイクラを卵でまぜて、イタリアンの味付けで食べさせる。意外な組み合わせだが、確かに洗練された味になっていて驚かされる。以前に来たときには、牛肉に、胡麻団子のように黒ゴマをびっしりつけて焼いたものが出てきた。これも、初めて食べる食感と味に驚かされた。
 もちろん、ベースになっているイタリアンの味はしっかりしたものだ。自家製のパスタやピッツァ、パンもすこぶるおいしい。そして特筆すべきなのがデザートの美味しさ。シェフがパテシエ出身と聞いて納得もした。
 こんなにすごいお店が、京都の郊外にはまだ隠れているのだろうか。だとしたら、われわれはたいへんだ。必死に探さなくてはならない。いやー、やはりこの店は、奇跡の存在なのだと思うのだけれど。どうだろう。
 
  N蔵(えぬぞう):著述業。ご馳走続きで脂肪を促成栽培の日々  
   
  N吉(えぬきち):編集者。貧血とゴキブリ襲来で心身細る日々  
   
  N丸(えぬまる):団体職員。週末起業を夢見て板前修行の日々