2005.5

連載第十九回は「小料理屋」
場末感ただよう街にて、至福のひととき。


和酒菜処あおば
京都市中京区四条通坊城上る tel)075-821-1323
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めにうとお値段
ハモ落とし(梅肉で)、よこわの刺身、タイラ貝の塩焼、生鰊の塩焼、おぼろ豆腐、鴨の鍬焼き、若竹煮、すずき・茄子・トマトのたでソース、メバルのおろし煮玉子豆腐、川海老と新生姜のかき揚げ、平目の昆布締めと鳥貝の酢の物、筍おこわ蒸し、鮎寿司サラダ、穴子蒸し寿司、どぼ漬け、にビールと焼酎それなりに、で一人5800円

 今回のあおばは、四条大宮の駅から西へ坊城通りまで歩き、そこをすこし北上したところにあります。ということで、おわかりのように、どちらかというと不便なところにあります。だから穴場的な店です。もっとも、京都駅からは10分くらいですが。しかし、料理は細やかに手が掛けられている上品なものです。メニューの数はそれほど多くはありませんが、われわれが食べたものを見ていただけばわかるように、季節ものを上手くあしらった料理です。今回で3回目なのですが、時期にあったものが手軽に美味しく食べられる店です。
  ハモ落としとよこわの刺身からはいりましたが、先月紹介した「十両」とは違い上品な盛りつけです。もちろん、刺身も美味しいのですが、この店では、素材そのものの美味しさだけではなく、それに手を加えた味の微妙さを味わってほしいと思います。塩焼系も焼具合が程よく美味しいのですが、今回気に入ったのは、平目の昆布締めと鳥貝の酢の物と穴子の蒸し寿司でした。
  とくに仕上げに食べた穴子の蒸し寿司は絶品と言ってもいいでしょう。穴子は、店によって妙にパサパサしていたり、甘ったるかったりすることもあるのですが、ほどよい歯ごたえと味付けですし、それがすし飯とよく合っています。これを食べるために、はじめから余裕を残しておく必要があります。
  それから、やはり、この季節、なんと言ってもタケノコを食べないといけないということで、若竹煮とタケノコのおこわ蒸しを食べました。私は、タケノコが食べられるだけで満足しがちですし、若竹煮にはそんな当たりはずれがないように思っています。つまり、よほど質の悪いタケノコを使わない限り、まあそこそこの若竹煮が出てきます。でもおこわ蒸しは、タケノコ専門店は別として、あまりメニュウにあがっているのを見ません。それだけ、上手く作るのは難しいということなのでしょうが、この店のは、タケノコとおこわの、それぞれ性質の違う「固さ」が絡み合った食感がとてもいい感じです。ただ、この原稿がアップされる頃にはメニュウからはずれているかもしれません。
  この店、じつは去年まで大和大路で店を出していたママの次世代店なのです。ママが時折出してくれる料理もなかなか凝ったものでしたが、この店もその伝統を引き継いでいます。焼酎や日本酒も玄人好みの銘柄を揃えていて楽しめます。
 四条大宮は交通の要衝にもかかわらず、N吉自身はあんまりなじみがありません。物価が安くて暮らしやすそうですが、猥雑なイメージもあります。でもこんなところには、きっとおいしいお店がありそうって密かに期待を抱いていた街でした。
  そんな街においしいお店ができたと聞いて、出かけてきました。駅からは少し離れたマンションの1階。きちんと地図を見ていかないと、辿りつけないかもしれません。またもや遅刻にて合流いたしました。N蔵・N丸、ごめんなさいを。
  ハモ落としで初夏を感じつつ、お刺身・塩焼きなどを次々に平らげます。水っぽいハモはNG!なN吉ですが、ここんちのはおいしくいただけました。梅肉に、もうちょっと酸味が欲しいかな。タイラ貝ってのは初めていただきました。大きい貝だけれども、貝柱しか食べられないそうです。味は申し分なし、シャクシャクな食感が楽しい焼き物でした。若竹煮は、もすこし若芽が厚いほうがN吉好みです。
  驚いたのが「たでソース」を使った一品。「たで」はたで酢として鮎を食べるときにしか用いたことはなかったのですが、上手にまったりソースに仕立ててらして、すこうしのコクとさっぱり加減が、素揚げしたスズキと茄子にうまく絡んでいました。生のトマトの味が箸休めにもなり、たでソースの引き立て役にもなり、と千両役者。こーゆーカップリングは、ウマ店ならではのものですなーとにこにこ奪い合いつつ食べてしまいました。
  お酒の品揃えも素敵ですが、こんな風にどのお料理もおいしーので、次々あれもこれもと頼んでしまいました。で、結局、注文品数15! 一品がちいちゃいちいちゃい、ということもないので、やはりうまぺ連は食べすぎなのだと自省してます。
  そうそう、京都お蕎麦店としても有名なN店のご夫婦もいらしてたので、ここんちのおいしさは太鼓判だと思います。

 邦画やテレビドラマでは、小料理屋というのがよく出てくる。ちょっと場末で、カウンターだけで、ちょっと年増だけど美人のお上さんが一人で切り盛りしていて、常連のくたびれたサラリーマンが一人でぶらっと立ち寄るような店。「あおば」は、要素だけ取り上げれば、そんな店の典型だ。
  こうした小料理屋には妙なあこがれがある。自分の生活環境に見当たらない、というよりも、自分の行動様式にこうした店が馴染まないからだろう。要するに、飲み食いは常に「ハレ」の行事としてしまっているからなんですね。静かに杯を傾けて、なんてことはまずないので、たまにはこうした店でひっそり飲んでみたい、などと思ったりするわけだ。しかし、その場合、料理の美味しさは、特に問われるわけではない。お上さんの手料理という付加価値さえあればいいわけだ。
  「あおば」は、この点において、小料理屋を逸脱してしまっている。出てくる料理の美味しさが、小料理の枠をはるかに超えてしまっているのだ。和食の基本をしっかり押さえながらも、その上で独自の工夫を凝らした上品な味のものばかりである。味だけではない、すずきと茄子とトマトを盛った皿など、なかなかの色彩感覚だ。
  実は、この料理を作っているのは、お上さんではなく、彼女がスカウトしてきた、老舗の店で修行を積んだという女性である。まだ若い。だから、料理の独自な工夫にも、フレッシュさが感じられてすがすがしいのだ。
  今回は、3人なので、奥の小上がりでいただいたが、今度は、ぜひともカウンターでひっそり呑みたいものだ。ちょっぴり場末の小料理屋で、だけどとびきり美味しい料理がつつける。こんな贅沢はない。こんな小料理屋なら、「ハレ」の感覚を抑えて、静かに呑むことができると思うのだ。




 
  N蔵(えぬぞう):著述業。煩多な俗務にビバ整体  
   
  N吉(えぬきち):編集者。雑務に没頭で蕁麻疹再発  
   
  N丸(えぬまる):団体職員。面倒激務にもTV欠かさじ