2005.9

連載第21回は「蕎麦」
ひっそり冷たい喉越しに、ゆく夏を惜しむ。


蕎麦屋・にこら
京都市上京区智恵光院通五辻上ル五辻町69-3 tel)075-431-7567

 
めにうとお値段
単品で、イチジクのピリ辛胡麻ソース、京鴨ロース、穴子煮こごり、子鮎の山椒煮、京赤地鶏花椒焼、冬瓜冷やし煮込み、おろしそば(辛味大根)、フルーツトマトそば。

コースで、そば寿司+前菜で鴨ロース、冬瓜、穴子煮こごり、子鮎の山椒煮
そば豆腐の枝豆ビシソワーズ、フォアグラのそばみそ漬けと加茂茄子のソテー、お蕎麦チョイスで六白蕎麦のつけ汁ざるそば、デザートチョイスで蕎麦白玉入り冷たいぜんざいにビールひょいひょいで、一人6000円アンダー。

 今回は蕎麦屋です。SOBA-YAと書いた方がいいような洒落た店ですが、ここも、最近のわれわれの傾向通り、わかりにくい場所にあります。しかも、その洒落た店構えは、周囲の街並みからすると唐突です。しかし、蕎麦は美味です。
 ただ、蕎麦屋というのは、蕎麦を食べるだけならばもちろん良いのですが、蕎麦に行き着くまでの前座が必要になります。江戸前の風情だと、板わさで日本酒ということになるのでしょうが(そんな店も風情も少なくなりましたが)、この店には、そんな、定番であり、ある意味で安易なメニューはありません。コースメニューに、蕎麦寿司や蕎麦豆腐の枝豆ビシソワーズがあったり、フォアグラの蕎麦味噌漬けがあったりというように、いずれも凝ったものです。以前、新田辺の方のそれなりに評判の蕎麦屋でコースを食べたときに、店の大将(というか、マスター)がいちいち蘊蓄をたれるのに辟易としたことがありますが、ここでは、それはありません(強いて言えば、メニューの効能書きが多少それに当たるか)。しかし、一品一品がかなり凝っていることはたしかです。
 ただ、私的難点は、京野菜が前面に出ていることです。これはまあ、なんというか、完全に私が悪いわけですが、いささか食べたりないという感じが残りました。そのなかで、京鴨ロースは、ほのかに甘みのある柔らかい歯ごたえで絶品でした。地鶏の方は、調理で食べさせるという、この店らしさが存分に出ていましたが、やはり「技」ありの美味しいものでした。
 さて蕎麦です。メニューを見ると、どれもこれも試してみたいものばかりでしたが、やはりはじめてということで辛味大根のおろし蕎麦にしました。いくつかの感想がありますが、上品な味です。で、たしかに美味しいのですが、ちょっと引っかかるところがあるとすれば、それはソフィストケイトされ過ぎているかな、というところです。もうすこしワイルドな感じを求めてしまうのは、ないものねだりということでしょうか。あまり腰が強くなく、どちらかというともろい感じのする蕎麦でした。ただ、京野菜を意識しているだけあって、大根と蕎麦のからみは絶品でした。そして、次回は、ぜひともフルーツトマト蕎麦を食べてみようと思いました。
 蕎麦も含めた食材を楽しむことのできる店です。もちろん、あくまでも、ガツガツとせず上品に、です。
 平日の夕方ってのに、人もまばら、車も皆無な西陣界隈。ほんとにここいら賑わってたの?とあやしみつつ、お店にたどりつきました。
 開墾した土地に初めて植えるのが蕎麦、と何かの本で読んだことがあります。痩せた土地でも育つし、収穫までの期間も短いらしい。だから、基本的に貧乏食だと思ってますし、蘊蓄ミセは嫌いです。
 ここんちは、町家改造店。少しカジュアルな内装と、製法を細やかに書いた卓上のPOPに「こだわり店では?」と少し不安をいだきましたが、そんなこともなく、ものごっつおいしかったです。
 コースは予約のみなのでとりあえず一人分だけお願いし、あとはアラカルトで楽しみました。
 前菜の量が、割合多い。ひょっとしたら3人なんで多めに盛りつけてくれはったのかも? 冬瓜、好きだぁ。翡翠色に透き通った果肉を口に運ぶと、お出汁の味とともにとろけて夏を感じます。ビシソワーズも和風のお出汁。冷製スープでは気になるざらざら感はなくて、枝豆の蒼い甘さが舌に心地よし。フォアグラのそばみそ漬けと加茂茄子のソテー、まさか蕎麦屋でフォアグラを食べるとは思っていませんでした。洋風和風の齟齬だけじゃなくて、脂含有量が蕎麦とはミスマッチでしょ、と思ったのです。が、これがどうして。ほのかに香る蕎麦味噌に漬けられたフォアグラは、味の輪郭を際だたせつつもねっとり、そしてその下に敷かれた旬の加茂茄子が、控えめな存在感でフォアグラを包み込む。そっか、これって贅沢茄子田楽なんだ!
 こんな調子だから、蕎麦への期待度もあがるっつーもんです。
 コースでも料金プラスして、和洋守備範囲の広いお蕎麦を選ぶことができます。
 N吉は 六白黒豚のつけ汁ざるそば。脂っこすぎるとやだな、って思ってましたが問題なし。あっさり甘みある鴨南蛮って感じかな。それにしてもお蕎麦、おいしーです!
 たよんないくらい細い麺は艶やかで、かみかみごくんと喉越し最高。N蔵のも、N丸のも、意地汚くいただいてしまいましたが、いずれも〆を飾るにふさわしいさっぱり加減で、おなかにもたれず爽快でした。
 蕎麦は確かに奥が深い。蕎麦打ちの技術だけではない。うどんの小麦粉と違って、蕎麦そのものの品質にかなりばらつきがあるし、それをどれだけ小麦粉と混ぜるか(混ぜないか)という配合の問題もある。私の周りにも、蕎麦作りにのめり込んだ趣味人が何人かいる。
 最近の蕎麦ブーム(ほんと?)の中で、そうした蕎麦の奥深さをストイックなまでに追求した店が増えているように思う。そのこだわり方は、うどん屋やラーメン屋よりもさらに求道的であるように思える。
 この店「蕎麦屋・にこら」も、最初は、そうした求道的な店の一つだと思った。なにしろ、店内にある能書きによれば、カラーゲージで色をはかった蕎麦を、摂氏7度・湿度60%に保った冷蔵庫で保管するところから始まっている(その後も延々とこだわりの手法は続く)。
 でも、実は、美味しいのは蕎麦だけではなかったのだ。「そば豆腐の枝豆ビシソワーズ」や「フォアグラのそばみそ漬けと加茂茄子のソテー」などというものまであるのだが、これらが、蕎麦屋の「おまけ」にはなっていない。それこそ、フレンチの料理としても十分通用する質を持っているのだ。これは驚いた。鴨ロースや冬瓜冷やし煮込みなどの、和食惣菜メニューもきわめて高いレベルのものだ。しかも、いずれもが、蕎麦屋でしかできないような味付けや工夫が施されている。
 蕎麦屋がいろいろなメニューもそろえるようになって、いつのまにか居酒屋的な店になるというケースはよく見かける。しかし、ここは違う。蕎麦から発想した新しいジャンルの料理屋になりえていると思う。北山通近くにある「蕎麦工房・もうやん」も、そんなコンセプトの店で人気になっているようだが、ここ「にこら」は、さらに一段上のレベルに到達した店だと言えるだろう。最後にいただいた「フルーツトマトそば」の、蕎麦つゆ・オリーブオイル・バルサミコ酢・大葉を組み合わせた味のセンスは、まさにそのレベルの高さを思い知らされるものであった。
 
  N蔵(えぬぞう):新鮮シーフードにがっつりin USA  
   
  N吉(えぬきち):編集者。朝食ボリュームにおくびin Hawaii  
   
  N丸(えぬまる):団体職員。コーン茶にほっこりin KOREA