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しかし昨年、 廃刊となった。 その後全国の専門家達が「廃刊にしたくない。 まちづくり人に届ける情報はたくさんあるし、 今一度やれないだろうか」と会議を行ったり、 アンケートなどをとったりしていた。 そのような活動の結果、 皆さんが今お越しの学芸出版社の尽力により、 「季刊まちづくり」が、 まちづくりの総合誌として出版されることとなった。
全国に都市計画やまちづくりを専門に扱う出版社はあるが、 地元京都の学芸出版社は、 とても頑張っていて、 今では全国で一番大きいまちづくりの出版社となっている。 そしてとても頻繁に、 まちづくり関連の書籍を出版している。 つまり、 日本の都市計画、 まちづくりの話や情報の発信は、 「京都が発信源」というようになっている。 そして「造景」の復刊が京都から起こったのも、 大変重要なことといえる。
ただ、 一旦廃刊になった雑誌をどういう形で皆さんのお手元に届けるかまだ決まっていないところもあるので、 今日の京都でのミニシンポジウムだけでなく、 東京や豊中でも同じようなシンポジウムを行っている。
京都では、 まちづくりに取り組んでいる方をパネリストとしてお迎えして進めていきたい。 京都では「まちづくり」という言葉に、 色々複雑な使い方がある。 そしてその他にも様々な事情がある。 例えば、 ここにおられる5名の方は、 京都では比較的有名な方ばかりであるが、 今日お越しの皆さんの他にも、 幾つかグループがある。 このため、 京都でまちづくりをしている著名な方を全て集めてシンポジウムをすることは、 難しいという事情がある。
大森さんの先生は、 立命館大学の乾先生だが、 乾先生が率いるグループもあるし、 リムボンさんの率いるグループもある。 他にも交通を中心にしたグループや木村万平さんを中心にしたグループなど、 沢山のグループがある。 最近活発になってきているNPOの取組もあるし、 色んな形で複合しながら京都のまちづくりが進められている現状がある。
これらをどのように比較し、 それぞれの持っている特徴を理解し、 役割を検証し、 「では、 全国はどうなのだろう」といった場合にどんな情報が必要なのかを考えていくのが京都の役割でもあると考える。
「造景」は全国の優れた事例を美しい写真と共に紹介をしてきた。 そして欧米の事例も積極的に紹介してきた。 主にこれらの2つの柱を中心に構成されてきたのが特徴であると思う。 日本や欧米の優れた事例の紹介は、 長年、 大学で都市計画を教えているものの主な仕事でもあった。 「ヨーロッパではこうだ」という視点から「日本の都市計画の限界はここだ」という指摘をしており、 いわば事例の受け売りをしてきたことが現実としてある。 これは明治維新の昔から大学の先生がしてきたことであり、 事実これをすることでご飯を食べてきた。
しかし、 最近は日本が成熟してきたのか、 いくら優れた事例を紹介しても、 役に立たなくなってきている。 今日は現場で頑張っている方との意見交換を行うが、 優れた欧米や全国の事例をすぐに導入できるか、 というと出来ない事情がある。 その理由は、 「京都のまちが、 (例えば)なぜフィレンツェのまちの真似をする必要があるのか」という、 根本的なことによるのである。 東京はビルが並んで発展してきたから、 京都も高いビルを建てよう、 と考える必要があるのか、 というのと同じ問いかけである。 京都には京都の身の丈にあった、 京都らしい町並があるはずである。 しかしどこか一方で、 パリのようなまちに憧れることはあるし、 このイメージをどう京都のまちづくりにつないでいくか、 ということを模索することが、 私たち学者の仕事になってきている。 そして「住み良いまちづくりとは何か?」ということを模索することが、 まちづくり人の仕事となっている。
一方「スーパーの女型」は、 全くこの逆である。 たまたまパートに入った女性が、 スーパーの内情を知り、 どこか変だと思って行動を起こす。 野菜売り場の人と喧嘩をしながら解決し、 また肉売り場の人とも喧嘩をして改善する。 全てを1つ1つ発見しながら、 改善していって、 結果スーパーががらりと変わる。 つまり自分たちで1つ1つ解決していくのである。
どちらのやり方が、 まちづくりに適しているのだろうか。 もちろん「スーパーの女型」であろう。 だから「市長が変わるとまちづくりが変わる」というものでもなく、 市民一人一人が変わらないと、 まちは変わらないのである。 しかし、 それでも多くの市民は黄門様を待っているし、 いつか助けてくれるだろうという気持ちが染みついている。 そして、 優れた事例の中に「私たちを助けてくれるものがあるのでは」と他力本願になっているのである。 しかし、 そんな理想はどこにもないと思う。
89年のベルリンの壁の崩壊により、 「みんなが等しく幸せになれる社会」という夢は壊れた。 そこにどのような展望や希望を見いだすのか。 それは水戸黄門を待つのではなく、 自分たち一人一人の中に解決の方法を見いだす時代になっている。 その時に必要な情報は何であろうか。 それは「気付き、 発見、 ルール化、 普遍性を持つもの」を一人一人発見し、 検証するためのものであろう。 これをどのように共有していくか、 というのが今後求められる情報の役割ではないだろうか。
雑誌の「造景」も「美しい景観があるところには、 美しいまちづくりがあるのではないか」という思いこみがあったのでは、 という反省をする必要があるのではないか、 と感じている。
今日パネリストとしてお越しの方の活動は、 美しい形を実現している訳ではない。 美しい形を実現するためではなく、 取組の中から何か美しいものが生まれるかもしれない、 と京都で取り組んでいる人たちだ。 だからといって「それではダメだ」と決めつけるものではない。 形に囚われないからこそ、 まちづくりの大きな流れを評価し、 支援し、 育てていこうというのが大事なのであろう。
文化は人の心の中で育まれるのであって、 先ずは「人づくり」が重要になってくる。 その原則を確認して生まれた経験や哲学をどのように情報発信するか、 ということがまず課題であろう。 今日は「形の情報」ではなく、 「心の中でどのような発見があったか」というまちづくりの情報をどう共有していくかを話し合いたいと思う。 そうでないと、 人が感動して読んでくれる雑誌にはならないと思う。 人づくりに役立つ情報を含んだものであって欲しいと思う。 それは、 一人一人の意識をどれだけ掘り下げられるか、 というものであろう。
今、 まちづくり人が求める情報とは
季刊まちづくりへの期待を込めて京都府立大学助教授 宗田好史
季刊まちづくりへの期待
皆さんこんにちは。 最初に主催者を代表してご挨拶し、 その後進め方について説明したい。 今回のシンポジウムの趣旨をわかりやすく説明すると、 「造景」という雑誌があったが、 これは今から約7年前に出されたまちづくりの雑誌である。 この頃は阪神・淡路大震災があり、 全国で市民によるまちづくりが活発になってきた時代であった。 この雑誌は写真も沢山使われており大変美しい雑誌でもあり、 今後もまちづくり活動が活発になるとともに、 愛される雑誌になることを期待していた。
海外に学ぶ時代の終焉
今日のテーマは「今、 まちづくり人が求める情報とは」とあるように、 まちづくりを取り組んでいる人がどのような情報を求めているのか、 という「情報」にテーマを絞って考えてみたい。
水戸黄門型とスーパーの女型のまちづくり
まちづくりには「水戸黄門型」と「スーパーの女型」の2つのタイプがあると考える。 「水戸黄門型」は、 皆さんご存じだと思うが、 勧善懲悪のストーリーで、 最後に葵の紋入りの印籠を見せて解決するもの。 それまで悪徳代官にいじめられていた人々は、 自分たちは抵抗しないままであったが、 そこに助さん角さんが登場してやっつけて、 水戸黄門様がやってきて、 全てをやっつけていってくれる。 そして人々は、 自分たちは何もしないで「ありがとう」とだけ言って、 見送る。 つまり、 解決するには黄門様を待つしかないのである。
形に目が囚われすぎてはいけない
私は京都に10年間いるが、 私は実はイタリアで5年間都市計画の勉強をし、 その後は国連で働いて世界のあらゆる場所で都市計画やまちづくりに関することに関わってきたので、 世界の事例を知らないわけではない。 しかし、 そのような知識は京都では役に立たない。 イタリアの事例がこうだ、 といって京都で役に立ったことはない。 にもかかわらず、 現在でも多くの専門家がヨーロッパの研究をして、 紹介をしている。 私自身はこのことについて、 多少の疑問を持っている。 形から入る、 形に目が囚われて中身を見ようとしない、 日本人の限界があると思う。
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