京都の老舗の数珠屋さん 中野伊助

 数珠つなぎコラム

珠数の起源と「珠数と数珠」

 拝啓、木々の緑も日ごとに色めく季節になりましたが、貴殿におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
 常日頃から何かとお世話になりながら忙しさにかまけて貴殿の御質問に答えられず誠に申し訳ございませんでした。
 私も永らく珠数屋さんに勤めておりましたがこのほど職を辞し、毎日が蕩蕩と流れて暇をもて余しており、退屈感をそろそろ感じておりましたので貴殿の疑問に私の長い経験のうちから少しずつでもお答えさせていただこうと思います
。  まず最初にお答えさせていただくことは、一ー珠数の起源はいつ 二ー「珠数」と書くのと「数珠」と書くのとではどちらが正しいのか? の二点でございます。
 一ーさまざまな説をお聞き致しておりますと珠数の起源はほぼ次のとうりになっております。昔、難陀国の毘琉璃王が自国に常に戦乱があり、五穀実らず悪病が流行して大変困っていたときにお釈迦様にたずねたところ「木患子の実を百八個つないで、いつも身につけ、隙ある毎に念仏を唱え、一つずつ、つま繰ればおのずと心が静まり、憂いを除き、無常の平安を得られるだろう」と説かれました。これを聞かれた王様はたいそう喜ばれ、早速実行されると、後に国は治まり、五穀は豊穣し、悪病も消え、国王を始め人々も幸せになったというのが珠数の起源だといわれておりますが、実際にはお釈迦様以前から宗教はあったわけですし、又、珠数について書かれた経典も残されているようですから、古代インドで発生したのはどうやら事実のようです。余談ですがそれがヨーロッパに伝わりキリスト教のロザリオになったそうです。いずれにしてもイスラム教やバラモン教でも同じようなものが使われているので、人類の歴史とともに自然発生的に登場した、荘厳なる道具だと言えるのではないでしょうか。
 二ーよくお盆などの高速道路の渋滞のときに新聞では「車の数珠つなぎ」とかかれていたり、あるいは辞書を引くと「数珠(珠数)」と明記されていたりします。さていったいどちらが正しいのかとおっしゃっておられましたが、私の意見ではその業界のほとんどのお店で「珠数」と表示されておられますし、又、京都では「珠数屋町」という地名もありますので「珠数」の方が良いのではないでしょうか。しかし数学の問題の様に決まった答えがひとつだけというものでもないと思っておりますがいかがでしょうか。
 さて次回からもいろいろ「珠数」についての御質問にお答えさせていただきますのでどうぞよろしくお願いいたします。 まだまだ寒さも残る日もございますので十分にお体のほどご自愛下さいませ。敬具

(こちょうのおきな・珠数師)
平成11年3月掲載 宗教工芸新聞より抜粋