京都の老舗の数珠屋さん 中野伊助

 数珠つなぎコラム

「珠数と念珠」

 拝啓、春もたけなわの日和、貴殿におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。先月からようやく貴殿の御質問にお答えさせていただくことが出来、私といたしましても長年の気がかりが吐露できて少し安堵の気持ちでございます。しかしながら前回のお答えに少し足りない部分がありましたので今回補足させていただきます。と申しますのは「珠数」と書く場合のほかに「念珠」と表記する場合も多いので、これの違いは何か?ということで御座います。
 私の場合「珠数」というのは読んで字の如く念仏の数を数えるお道具でもございますので私が御奉公させていただいていた珠数屋さんではお店で作って取引先に納品させていただくまでは商品であるから「珠数」であり、最終消費者が実際に使われた時にその方の「念」が入るから「念珠」になると説明するように教育されました。なるほどもっともな話と思っておりましたが、実は冗談として在庫品を作るときに「この商品が売れますように」と最初から珠数屋さんの「念」がすでに入っているとよくお客様に申しておりました。それとお客様によっては「珠数」と発音しにくいので「念珠」といっておられた方のほうが多かったような気がいたします。しかし宗派によって、あるいは厳格な和尚様によっては「念珠」ではない、「珠数」だと判断される場合もあるようで、これは教えの中に「念」という考えが使われないためです。いずれにせよこれもまた正解のない永遠の課題だといえると思うので御座います。
 後、貴殿がよくおっしゃっていたことに「商品名に紛らわしい言葉がある」ということです。一、(新何とか)二、(ハリ何とか)三、(何とか紛い)四、(何とかハート)といったところです。一の場合はプラスチックのことです。たとえば本黒檀に似ているので「新黒檀」といったところです。耳にした話ですと「最近作られた新しい黒檀だから新黒檀」といっていた方もいらっしゃったそうです。二、ガラスのことで、正倉院御物の中にもあるガラスの古い言い方です。三、これは一と二の両方を兼ねてしまいまして紛い物のことです。しかしこの字は最近あまり使われておりませんので「紛い」という字を「粉」と読み違えて、たとえば「珊瑚紛い」を「珊瑚の粉で固めたもの」と解釈なさっていた方もいらしたので困ったものです。四、かってのチェコスロバキアで作られている切り子ガラスのことでその昔は「ハートマス」と呼ばれていたのでそれの名残です。高級クリスタルガラスで有名な「スワロフスキー」と双璧をなす企業が生産しているので非常に質の高い製品です。
 次回はもっとも貴殿が頭を悩ましておられた水晶について書かせていただきたいと思っております。それではお体の方ご自愛下さいませ。かしこ

(こちょうのおきな・珠数師)
平成11年4月掲載 宗教工芸新聞より抜粋