京都の老舗の数珠屋さん 中野伊助

 数珠つなぎコラム

「最終回:不易流行」

 拝啓、霜冷えの候、貴殿におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。夏の暑さが終われば、秋を越えていきなり冬の寒さがおとずれたような今年は異常な気候が続いていますが、気象と同じく宗教用具業界も過去一年間の変化よりこの先一年が、かつて類を見ないような変化をするだろうといわれています。
 余裕のあるところはじっと我慢すれば何とかなるでしょうが、貴殿の店はいかがでしょうか?「不易流行」の精神で立ち向かわないと大変な事になってくるのではないでしょうか。
 さて前回の続きですが、答えはお分かりになられたでしょうか?「八ッ房」はこの像には「八正道」を表わすと記してあります。「八正道」とはお釈迦様が説かれた事で、苦を滅する道について、本当に苦を滅する道は苦から逃れようと努力する事ではなく、正しく物事を見る「正見」・正しく考え「正思」・正しく語り「正語」・正しく行為し「正行」・正しく生活し「正命」・正しく努力し「正精進」・正しく念じ「正念」・正しく心を決定させる「正定」の八つの道を「八正道」として説かれたのです。なるほどこれでも充分意味付けがなされると思いますが、実は調べてみますと他の意味もあるのです。筆者はこの意味を清凉寺に直接出向いて問うてみましたが、留守番の方は御存じなかったし、霊宝館にその意味を持つ珠数さえないようでした。もちろん秘宝として誰にも見せないのかもしれませんが。
 細かい縁起についてはここでは略しますが、実は『眞木八ッ房百万遍大念珠』というのがあり、親珠は阿弥陀如来・その次は観世音菩薩・地蔵菩薩・善導大師・南無阿弥陀仏・円光大師・釈迦如来・勢至菩薩の二佛・一名号・三菩薩・二大師の八尊に表示された大房が八方に垂れている、一種独特の百万遍大念珠ゆえにこの名が付いたという事です。このように真の意味があるのに、いつのまにか忘れられて違う部分で利用されていたり、違う解釈がなされていたり、有名寺院でさえこういう状態ですから「お珠数屋さん」が忘れても仕方ないかもしれません。
 しかし本当は変化してもよい事と変化してはいけない事が必ずあるはずです。これこそが「不易流行」です。この思いを根底に持てば少なからず、この時代を乗り越えてゆけるでしょう。そして次に渡してください。幸福は一人占めしないで、次に渡す事が世の中の幸福へ繋がり、つまりは業界の発展へ繋がるからです。よろしくお願いします。
 ところで突然ですが、最近めっきり耳も遠く、目もかなり悪くなり体調もよろしくありません。最初は二年の約束で書きはじめましたが、知らず知らずの間に四年近くになりましたので、そろそろここらあたりが潮時と感じ今回を持って筆を置かせていただきます。ここまで続けられたのも読者の皆様のおかげです。どうもありがとうございました。
 最後になりましたが、今後の皆様方のますますの御活躍をお祈り致します。さ・よ・う・な・ら

(こちょうのおきな・珠数師)
平成14年10月掲載 宗教工芸新聞より抜粋