HISTORY OF RENAISSANCE ARCHITECTURE
ルネッサンス建築
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時代:15c-16c
場所:イタリアから全ヨーロッパへ
特徴:古代(=ローマ)の再生(ルネッサンス)、商人の世界、構造と形態の分離。
造形:透視図法等をはじめとする視覚の問題としての表現が強く現れる。
一言:本質的にルネッサンスはイタリアのものであった。
- 15c-16cのヨーロッパの3つの革命:
- 1.ルネッサンス:イタリア;人文主義,メディチ家(商人の世界)
- 2.大航海時代:ポルトガル、スペイン;コロンブス、1492年、西インド諸島、タバコ、じゃがいも、性病、世界地図、コペルニクス(1543)。
- 3.宗教改革:ドイツ;マルチン・ルター;1517年
- 庭園、インテリアといったものが独自のジャンルを成立させたのもこの時期です。
- 理性よりも感性。ミラノの大聖堂の工事現場でフランスの技術者は"ars sine scientia nihil est"(科学の無い芸術は無意味である)と叫んだのに対して、イタリア人たちは"scientia sine arte nihil"(芸術のない科学は無意味だ)と答えたように、芸術至上主義的なところがありますが、しばしば見せ物的であり,空間意識は舞台装置的でもありました。
京都にあるルネッサンス建築:
京都に現存するルネッサンス建築らしきものを挙げておきます。
- 中京郵便局(京都市中京区三条通東洞院北東角)
1902年:設計/吉井茂則・三橋四郎
- 長楽館(京都市東山区祇園町南側)
1910年:設計/J・M・ガーディナー
正確にはイギリスのヴィクトリア時代の貴族館に範をとったネオ・ルネッサンスというべxきものですが、日本に1880年から45年間滞在したJ・M・ガーディナーの設計です。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ
:S. Maria del Fiore, Italy, Firenze; 1296- ,Dome=1418-1436; Dome=Filippo Brunelleschi設計
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・フィレンツェ大聖堂としても知られています。ドーム部分を設計したブルネレスキは最も重要な建築家の一人で、このドームによって14cの幕を閉じ,同じくブルネレスキの設計によるオスピダーレ・デリ・イノチェンティによって15cの幕を開けました。
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オスピダーレ・デッリ・イノチェンティ
: Ospdale degli Innocenti, Italy, Firenze; 1421-24, 1219年 Filippo Brunelleschi設計
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・ルネッサンスの幕開けとなったブルネレスキの捨子保育院です。この建物の表情の雰囲気は近代イタリアの建築家にも引き継がれています。
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パッツィ家礼拝堂
: Cappella dei Pazzi, S. Croce, Firenze, Italy; 1430-61 by Filippo Brunelleschi
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・パッツィ家の礼拝堂はイタリア・ゴシック建築のサンタ・クローチェ聖堂の回廊内中庭の中に設けられ、ブルネレスキによってサン・ロレンツォ聖堂聖器室建設の直後、おそらく1429年から30年の間に着工された。
初期ルネッサンス最初の集中式建築。しかしながら、サン・ロレンツォの主室が正方形であるのにくらべて主室が横に長い長方形となっている。
ファサードには6本のコリント式列柱廊を付し、内外部の至るところに古典的な形式を使用している。
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サント・スピリト聖堂
: Sant Spirito; Italy, firenze; 1436-1482; Filippo Burunelleschi設計
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・サン・ロレンツォ聖堂に続くブルネレスキ第2の聖堂。単純な幾何学的な論理で整斉な空間に、ルネッサンス的ヒューマニズムが満ちた世界を作り出しています。
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パラッツォ・メディチ
:Palazzo Medici-Riccardi; Italy, Florence; 1444-59; Michelozzo di Bartolommeo設計
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・ルネッサンスの大富豪、フィレンツェのメディチ家の邸宅です。
1階は荒々しい粗面石積み(<ルスチカ積み>といいます)、2階は平面石積み、3回は塗り壁という三層の構成は典型的なパラッツォ建築のパターンを作りました。2階が主室のある階で、<ピアノ・ノビレ>といいます。ミケロッツォの設計に依ります。
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パラッツォ・ルチェルライ
:Palazzo rucellai, Italy, Florence; 1446-51; Leon Battista Alberti, Bernardo Rossellino設計

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・この建物も三層構成をとっており、ローマ時代のコロッセウムにならってオーダーを3層に重ねた正面を持つ最初のルネッサンス建築です。この作品で初めて付け柱によって表面を分割計量し、単純なモジュールによってリズムを創り出しました。
建築家槙文彦氏の設計による京都市近代美術館は現代的なデザインにも関わらず、三層構成をとっています。余談ですがその近代美術館は設計者によると、近代建築初期のペーター・ベーレンス設計によるA.E.G.タービン工場(1907年ベルリン)の建物も頭にあったそうです。
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パラッツォ・ピティ
: Palazzo Pitti, Italy, Firenze; 1458-1783; by Brunelleschi, Ammannati and others.
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・パラッツォ・ピティはもとはフィレンツェの大富豪、ピティのために、フィリッポ・ブルネレスキが設計しましたが、ブルネレスキの生存中には着工されず、死後10年を経てから正面中央部分を着工し、その後いくたびか増築を繰り返して、正面左右の長さ201.3mにもおよぶ大規模な宮殿となりました。
・掲載画像はアンマナティ設計で1558-70年に建設されたものです。
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サン・フランチェスコ聖堂(マラテスタの神殿)
: San Francesco (Tempio Malatestiano), Rimini, Italy; by Leon Battista Alberti, Matteo de'Pasti, Agostino di Dccio; 1446-68
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・リミニの君主マラテスタがゴシック様式であったサン・フランチェスコ教会堂をマラテスタの神殿として改修しようとした建物。
・設計は、ルネッサンス時代の万能の人(l'uomo universale)、レオン・バティスタ・アルベルティ(1404-72)。
・正面はローマの記念門の形式をヨーロッパで初めて教会堂建築に応用した例です。
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サント・アンドレア聖堂
:Sant' Andrea, Italy, Mantova; 1472-1494; Leon Battista Alberti設計
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・外部と内部とが同一の壁モティーフによって統一。古代神殿とローマの記念門を複合したルネッサンス式解釈。設計者のレオン・バティスタ・アルベルティはレオナルド・ダ・ヴィンチと同じく万能の人でした。
彼の設計は正確無比なデザインが特徴です。
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サンタ・マリア・ノヴェッラ
:S.Maria Novella; Italy, Firenze; 1471-1512; Leon Battista Alberti設計
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・ゴシック教会堂の正面をトスカナ地方のロマネスクを基本デザインとして改装。白、緑などの大理石で色分けしているのはイタリアによく見られます。ロマネスクのサン・ミニアト・アル・モンテを参照してみて下さい。
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テンピエット
: Tempietto, S.Pietro in Montorio; Italy, Roma; 1502-10; by Donato Bramante

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・盛期ルネッサンスの最初の代表作品。 聖ペテロの殉教の地であるサン・ピエトロ・イン・モントリオ聖堂の中庭に建てられた記念堂。
同時期の作品にはサンタ・マリア・デラ・パーチェ聖堂中庭に附属する小さな回廊があり、ともに成熟したブラマンテの様式が表れている。
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サンタ・マリア・デッラ・パーチェ聖堂 中庭
: S. Maria della Pace (Courtyard), Roma, Italy; 1500-04; by Donato Bramante

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・ブラマンテは1499年にミラノからローマに移住したが、その時数々のローマ時代の建築を見てまわり研究した。そしてそれに深く感銘し、古代ローマの忠実な再現を試みようとする。
これはテンピエットとともにそのローマに移住した初期の作品でブラマンテの傑作といって良い。。
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パラッツォ・ヴィッドーニ・カッファレッリ
: Palazzo Vidoni-Caffarelli, Roma, Italy; 1515??; by Raffaello Sanzio??

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・盛期ルネッサンスの典型的な邸宅の様式となったブラマンテの設計のラファアエロの家を原型にしており、1936年ムッソリーニによってラファエロの家が失われた今、この建物が重要な意味を持つ。
・画家であり建築にも優れた作品を残したラファエロ・サンツォ(Faffaello Sanzio;1483-1520)の設計といわれていたが今は否定されている。
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パラッツォ・ファルネーゼ
:Palazzo Farnese; Italy, Roma; 1530-1546; Antonio da Sangallo il giovane, Michelangelo Buonarroti設計
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・盛期ルネッサンスを代表する邸宅建築。2階中央窓と3階窓はミケランジェロ設計でよりマニエリスム的になっています。窓周りのデザインは本来は構造的な柱梁の形なのですが、それが装飾部品となっているのがマニエリスム的です。この考え方はポストモダンそのものと言えるでしょう。
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ブロワの城館
: Chateau de Blois; France; 1515-25

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・ブロアの城館(13-15世紀)の西に増築されたフランソワI世の翼屋といわれる部分の中央にある大螺旋階段。
ルネッサンスは本質的にイタリアのものであった。フランスのルネッサンス建築であるフランソワI世の翼屋本体は北イタリアのルネッサンス古典的モチーフが多用されている。
視点の移動をともなう階段は、ルネッサンス、マニエリスム、バロックと変容する表現の格好の材料となった。
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サン・ピエトロ大聖堂
:S.Pietro; Italy, Roma; 交差部 -1564, dome 1587-89, Michelangelo Buonarroti設計; 身廊・正面 1606-24, Carlo Maderna設計

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・サン ピエトロ大聖堂はブラマンテやラファエロ、サンガッロなどが計画したが現在案はミケランジェロのドーム、身廊部と正面はマデルナにより形作られたルネッサンス末期の建物である。
ミケランジェロは大ドームの1/5の模型を作っていたのだがドラム部分(ドームが載る、太鼓の胴に当たる部分)迄できたときに死んでしまった。
世界最大で西方世界ではもっとも豪華な建築物だと言われ、建物に用いられたオーダーの大きさは逸脱している。だが広場や堂内に人があふれるときはその非人間的スケールが一体の舞台と化す。
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・他のサイトにある画像データ:
<gopher://gopher.lib.virginia.edu/I9/dic/images/westfall/>
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