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・メゾン・カレ(Mason Carre; 方形の家)は、ローマ建築がギリシアの影響を強く受けていた帝政初期の古典主義的傾向を代表するローマのもっとも保存の良い神殿建築である。 ・コリント式柱をもった正面6柱の白大理石でつくられた疑似周柱式神殿であり、パンテオンなどとともに、ルネッサンス以降、近代建築まで影響を及ぼした映像的な手法を見せている。 |
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・南フランスのニーム近郊にある水道橋。現在およそ300mほど残っている。高さ約49m。3段にアーチを重ね、一番上の第3層に水道が流れる。 ・水路は水源からニームまでわずか17mの落差があるだけで、水路の勾配は1kmにつき34cmあまりあるにすぎない。古代ローマ人たちは実に精緻な技術をもっていたといえよう。 |
| ・南フランスのニームにある円形劇場。現在も闘牛などに使われている。 ・ローマ時代はいわゆる劇場として機能していたものの他に、円形劇場(amphithetrum)とよばれるものでは闘技のような祝祭の催し物が行なわれた。 |
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・最上のローマ建築たる姿を残した数少ないモニュメントの一つであり、当時のコンクリート造の最高の技術が駆使されています。 ・内部は直径43mの球がちょうど内接する大きさで、頂部に直径8.9mの円が空いています。 ・この円が内接するという広がりはいわば最も整斉とした広がりで、建築家安藤忠雄氏もしばしば使用しています。 |
| ・1階から3階までの柱は順にドリス式、イオニア式、コリント式となっており、最上階はコリント式のピラスター(付柱)と言う構成になっています。 この構成は後世に大いに影響を与えました。平面は現在流行している楕円形プランとなっています。 あらゆる造形上の試みをなしたローマ建築は、ある意味ではルネッサンス、マニエリスム、バロックを通じて現代に至るまでのデザインのモチーフを既に成し遂げていたと言えます。 |
| ・ローマ建築にはギリシア建築にくらべ、さまざまな種類の建築物や土木工作物がが造られました。 そのひとつが純記念物的な建築物の記念門です。ティトゥスの記念門はその初期の代表作です。 |
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・ハドリアヌス帝(在位 117-138)はギリシア文化に傾倒してアテナイの繁栄につくし、市域を拡大した。そのアテネの古い市域とハドリアヌスが拡張した市域との境に設けられた市門。 上層部はコリント式のオーダー。ルネッサンス期のミケランジェロによるポルタ・ピアを参照すると興味深い。 |
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・記念門としては後期に当たるものです。高さ21m,巾25.7m,奥行7.4m。記念門の様式は後世によく引用されました。それほど完成度の高い構成となっています。 メダイヨン装飾のような新しい手法を用いているところが、ティトゥスの記念門と異なるところです。 |
| ・ローマの浴場(テルマエ thermae)はギリシアの体育館から発展したものです。従って冷水、温水、サウナの様なものから、娯楽施設までありました。 |
| ・ローマの東北東のティヴォリにハドリアヌス帝が長年にわたり建設した南北1km、東西600mにおよぶ、多くの建築群を持つ別荘である。 |
| ・ローマのテヴェレ河畔にあるヘレニズム(ギリシアを意味する)の色が濃い神殿である。高い基壇の上にトラバーチン製の前面4柱のイオニア式の擬周翼形式をとる優美な形態を持つ。 |
・参考資料:
・他のサイトにある画像データ: <gopher://gopher.lib.virginia.edu/I9/dic/images/westfall/>
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