JAPANESE ARCHITECTURE IN KYOTO
京都の日本建築

芳春院 No.1

- 場所:
- 京都市北区紫野大徳寺町:TEL 075-492-6010
- 拝観:
- 非公開
- 交通:
- 京都市バス(205,206)で大徳寺前下車、建勲神社前下車。
- 時代:
- 中世後半、1509年創建、1636年再建。
- 花 :桔梗・睡蓮(7月上旬)
- 見所:
- 呑湖閣(どんこかく)。
- 一言:
- なぜか禅寺の暗いイメージよりも華やかな感じがする。主に庭園と、飽雲池(ほううんち)の起伏と色彩、表情に富んだところから来るのだろう。

- 1608年(慶長13)加賀百万石前田利家公夫人の松子が建立。玉室宗珀和尚(直指心源禅師)を開祖とする。芳春院とは松子夫人の法号。前田家の菩提寺。
1796年(寛政8)全建物炎上、1798年(寛政10)現在に残る客殿、庫裡、閣などが再建された。
- 明治維新時に荒廃するが、1875年(明治8)に旧金牛院閣を移築、書院などを新設して復興した。近衛文麿公の学問所となる。武家茶人の片桐石州の墓もある。
明治以後、堂宇を切縮め、貞岳庵、松月軒、閑田庵(かんでんあん)、龍泉庵、滴凍(てきとう)太清(たいせい)、雑華(ざつか)、清心、一椿(いつちん)などの諸庵を合併し、後に東隣の高林院も合併した。
- 本堂前庭枯山水式庭園、裏庭には池の中に京の四閣の一つ呑湖閣(どんこかく)がある。
- 茶席として、落葉亭(二畳二台目。昭和初期)、松月軒(七畳出床席)、如是庵(四畳半下座床)がある。

左手の方に行くと本堂玄関がある。中央左下寄りに四方仏の手水鉢が見えるが、少々形が崩れているのでこのように表に現しておく方がかえって面白い。

- 呑湖閣。
1602年(元和3)京都の名医横井等怡と小堀遠州が飽雲池、打月橋、呑湖閣を建立。1796年(寛政8)焼失。
金閣、銀閣、飛雲閣の京の三閣に呑湖閣を加えて京の四閣と呼ばれる。 閣上に前田家の先祖の菅原道真公をまつり、閣下に玉舟和尚像、皇族等を祀ってある。

[No.1]裏玄関・呑湖閣
: [No.2]呑湖閣・アプローチ

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