JAPANESE ARCHITECTURE IN KYOTO
京都の日本建築

南禅寺 No.1

- 場所:
- 京都市左京区南禅寺福地町86:TEL 075-771-0365:Zip 606-8435
- 拝観:
- 拝観時間:8:40-17:00(12月-2月は8:40-16:30)、12月28-31日は休。
方丈庭園料金:500円、高校生400円、中・小学生300円。
三門(山門)料金:500円、高校生400円、小中学生300円。
- 交通:
- 市バス法勝寺町下車歩5分。地下鉄東西線で蹴上駅下車徒歩5分。
- 時代:
- 開山は鎌倉時代後期だが、現存する建物は全て近世の再建。
- 見所:
- 三門、方丈、方丈庭園。
- 一言:
- 瑞龍山太平興国南禅禅寺が正式名称。臨済宗南禅寺派の大本山。北方に禅林寺がある所から寺名を南禅とされた。
- 建造物:
-
- 三門(山門):重文。鎌倉後期の1295年(永仁3)完成。1628年(寛永5)に藤堂高虎の寄進により再建。
京都三大門の一つ。他は知恩院,東本願寺大師堂門(御影堂門)。江戸時代(1628年)の康音作の木造十六羅漢像が安置されている。
歌舞伎「楼門(さんもん)五三桐」で石川五右衛門の見栄を切るところで有名。
- 仏殿:最初に着工された伽藍。1293年(永仁1)落成。金剛王宝殿と命名される。現仏殿は1909年(明治42)の再建で法堂を兼ねる。
- 大方丈:国宝。桃山時代の1590年(天正18)秀吉が造営した内裏の清涼殿(実際は女院御所だった)を江戸前期の1612年(慶長17)に拝領し移建したもの。一重入母屋造り柿葺き。
方丈は豪華絢爛な狩野派の障壁画で満たされる。
- 大方丈庭園:虎の子渡しと俗称される。独立した六個の石を配置する。
- 僧堂:鎌倉後期の1295年(永仁3)完成。応仁の乱(1467年)で焼失したが、江戸後期の1798年(寛政10)再建。
- 勅使門:重文。江戸前期の1641年(寛永18)御所の日の御門を移建。総欅造の桧皮葺四脚門。
- 鐘楼:江戸前期1623年(元和9)の再建。
- 塔頭:
- 門内に金地院(方丈、八窓席)がある。天授庵、帰雲院、聴松院、南陽院、真乗院、高徳庵、正因庵、法皇寺、慈氏院、正的院、光雲寺など。
- 花:
- 桜(4月上旬)、紅葉(11月中旬)
参考文献:古寺巡礼 京都12 南禅寺;杉森久英、勝平宗徹、桜井景雄;淡交社;1977/04/20

- 亀山天皇が母大宮院の御所として離宮を鎌倉中期の1264年(文永1)に造営し、離宮の北に永観堂禅林寺があったことから禅林寺殿と呼ばれた。
- 院政の座から降り、南禅院で仁和寺の了遍を戒師として突如落飾し、法皇となられた亀山上皇は、当時東福寺三世の住持であった無関普門に帰依し、1291年(正応4)に無関を開山に迎えて、離宮禅林寺殿を改め、南禅寺の前身である龍安山禅林禅寺とした。
- その年末に無関は亡くなり、翌年の1292年に規庵祖円を第二世の住持に迎え、離宮の建物ばかりの禅林禅寺に伽藍の建立を創始し、1299年(永仁7)にほぼ完成、南禅寺の創建開山と称されるようになった。
- 室町前期の1393年(明徳4)火災で仏殿、法堂、方丈、南禅院、鐘楼、庫司、饗堂、大雲院を焼失。4年後までには仮の方丈、庫司、法堂、饗堂が再建され、1402年(応永9)に南禅院の一部が再建された。1411年(応永28)までに南禅院、方丈の毘盧頂閣が再興した。
- 室町中期の1447年(文安4)2度目の大火にあい、仏殿、法堂、僧堂、三門、庫裏、酒城、方丈などと、龍興院、天受院の両塔頭を焼失し、すぐに復興にかかった。しかし、1467年(応仁1)の応仁の乱により数十院の塔頭共々ことごとく焼失した。法堂、三門をふくめ、最小の復興がなされて戦乱を過ごした。
- 徳川時代に再興が進み、以心崇伝により御所古御殿下腸が実現して、女院御所が移建され現在の方丈(国宝)となった(寺伝では清涼殿とされているが崇伝宛の2通の書状により女院御所であると判明している)。
- 江戸前期1628年(寛永5)に三門が藤堂高虎の寄進により建造。
- 江戸中期1703年(元禄16)南禅院が再建された。

- 京都三大門は南禅寺、智恩院、東本願寺大師堂門とされる。ここに上がってみる伽藍は雄大で美しい。周囲の木々は桜と紅葉で、春と秋はことに華やかである。
- 修学院離宮の作事に関わった可能性もあるといわれる藤堂高虎が、大坂の陣で落命した将士の菩提を弔うために再建した。
もちろん石川五右衛門、歌舞伎狂言の「楼門五三桐」で高名。
- 五間三戸二階二重門(正面に5つの柱間、その中央3つが戸口、二階建、二重の屋根という意味)。入母屋造、本瓦葺。高さ約22m。左右に山廊がついており、階上に上がれる。
禅宗寺院三門の典型であり、
大きい寺院では同様の形式が多く、東福寺、大徳寺、妙心寺、浄土宗の知恩院などが五間三戸二階二重門。
- 階上には縁が廻り、内部は正面左右の須弥壇に本尊の宝冠釈迦如来座像と、江戸時代(1628年)の康音作の木造十六羅漢像を安置する広い一室空間となっている。狩野探幽、土佐徳悦の天井画。


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