JAPANESE ARCHITECTURE IN KYOTO
京都の日本建築

赤山禅院 No.1

- 場所:
- 京都市左京区修学院開根坊町:TEL 075-701-5181
- 拝観:
- 参拝自由:無料
- 交通:
- 市バス5,北8,31,65番で修学院道下車徒歩15分。
- 時代:
- 888年慈覚大師円仁の遺命により、高弟の安慧僧都(あんねそうず)が鎮護国家の守護寺として創建した、赤山大名神を祀る比叡山延暦寺の別院。
- 見所:
- 比叡山一千日回峰のうち「赤山苦行」の難行の雰囲気が感じられる。
- 一言:
- 御所からの表鬼門に当たり、「表鬼門の赤山さん」と呼ばれる。赤山明神は鎮宅霊符神として、各地で信仰されている方位の神。
- 花 :
- 一名紅葉寺と呼ばれるほどの、隠れたる紅葉の名所。参道と境内は紅葉で埋めつくされる(11月中旬-下旬)。

- もと大納言南淵年名(みなぶちのとしな)が小野山荘を営んだ所。
慈覚大師円仁が入唐し、赤山(地名)の清凉山で引接(いんじょう)念仏を習っているとき、赤山の神が示現して、日本までともに移ることを約束されたという。
そして入唐求法(ぐほう)の旅を終え、日本に戻る途中に2度も暴風雨にあったが、赤山明神の守護により無事帰国した。
円仁上人は生前に赤山明神を祭祀できなかったことを心残りとしており、888年円仁の遺命により、高弟の安慧僧都(あんねそうず)が鎮護国家の守護寺として創建した。
- 同様の護法神伝説には、園城寺の開祖、智証大師円珍が帰朝するときも、波間に示現した新羅明神の神助によって海波の難を免れ、この神を長等山麓に祭ったという伝えがある。
- 慈覚大師の高弟の建立大師相応和尚が始めた、比叡山一千日回峰行では、一千日中の百日間、比叡山の山上をめぐる回峰に加え、雲母坂(きららざか)の行者道を往復し、赤山明神へ供華を奉ずる「赤山苦行」と称する練行があり、山上回峰の約2倍の行程になる。
また赤山禅院は京都市内を廻る大廻りや切廻りなどの「回峰行門」の要にあたる重要な場所である。
- 東坂本の山王権現と相対し、雲母坂あたりはかって西坂本と呼ばれ、延暦寺の末寺があちこちに建てられ、東坂本とあわせて比叡山の東西から台宗を護法衛護の神とされた。
- 猿を掲げるのはは申(さる)の文字から由来し、「申」に「示」偏を加えると神になる。
また、申の字の古体は「亥」のナベブタを取って、右上から左下にはらう2本の線を1本にしたような形で、稲妻の形態を示す。


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