ごった日記2001 7月1日〜10日


【7月2日(月)】
●「ディープ・ブルー」。
 ソフマップで1480円で売っていたのでつい買ってしまったDVD。
 割と定番の積み重ねではあるのだが、これから起きそうなことが予想されるとさらにイヤ感が高まるような設定なので、ずっとイヤ気持ちいい感覚が持続するという、秀作ホラー。

【7月3日(火)】
●東京で買って送っておいた「グランツーリスモ3」と「GTフォース」(ステアリング・コントローラ)をようやく試す。
 意外とこのハンドルのモーターはパワーがあるのか、しっかりと反力をかえしてくるのにびっくり。ゲームも今はまだ実写と見紛うばかりのグラフィックに驚くばかりだが、やりこめばきっとはまるに違いない。
 しかし、グランツーリスモモードでミニを買えないのはどういうことか。何かクリアしていかないと車種が追加されないのだろうか。ガイドブックを買って調べなければ。

【7月4日(水)】
小林泰三『AΩ』(角川書店)。
 かつて広島のSF大会(アキコン、だっけ?)でパネルディスカッションをやったおり、拙著『ディプロトドンティア・マクロプス』の話になったとき、小林さんが「ぼくも××××××をやろうと思ってたんですよ」と言っていたのを思い出した。
 あれがこれなのね。
 さすがに理系が書くと違いますね。脱帽。
●本当に長い間さぼってしまった。色々と書くべきこともあったのだが、とりあえずはこれだけでアップして、明日から日付に関わりなくぽつぽつと書いていきます。

【7月5日(木)】
●日記をさぼっていた間の最大の事件はやはり、附属池田小の事件。何しろ六年間、あそこの隣の中学高校に通っていたのだ。空から見るとうちの学校はあんなふうに見えるのか、とか、段差があって隔絶した感のあった小学校がまさに隣り合わせに見えることとか、妙な感慨も抱いたりした。
 結局犯人は精神障害を装っていただけ、ということらしいが、あまりにもずさんであることが判明した措置入院制度は改正に向かいそうだ。やはり今のままはまずいでしょ。
●こういうことが起きるとすぐ「精神病者への偏見が広がるのが心配」「みんなが危険なわけではない」とかすぐ言い出す人たちがいるが、現に人が――子供がたくさん死んでて、遺族のショックもまださめやらぬうちからよく言うよな、と思う。大体、根拠もないのに強い偏見を持ったり、そのせいで人を差別するようなバカは絶対いなくならないし、ある程度仕方がない。ただ制度的に「精神病者は全員隔離すべし」などという法律ができないようにする必要があるだけ。
 精神障害者のほとんどは健常者と同様犯罪とは縁がなく、危険なのはごくごく一部だ、殺人などを犯しているほとんどの人間は健常者だ、というデータも、こういうことがあると必ず出てくる話。しかし、そんなデータを聞かされても、大多数の人には大した意味はないのではなかろうか。何の関係もないのにある日自分や自分の家族が殺される――その可能性に怯える人にとって必要なのは「無動機殺人に占める精神障害者の割合」なのだから。それは果たして何パーセントだろう。50%? 80%?
 今回の事件が衝撃的なのは、1、学校の教室で、2、白昼堂々、3、無関係な子供が何人も殺傷され、4、多数の生徒がそれを目撃した、という点だろう。4は別として、病気でも覚醒剤中毒でもない人間が1〜3のようなことができるとは、誰もこれまで想像しなかったはずだ。
 金品や女性を狙う犯罪に対しては、戸締まりを厳重にするとか夜道を歩かないとかある程度の自己防衛もできる(それでも被害に遭うことはあるとしても)。白昼、無関係の人間が切りつけてくる、となったら防衛のしようがないし、犯人の側には捕まらないようにしようとかいった考えもないのだから、どうしようもない。犯行が無差別だからこそ、みんな不安になるのではないか? もちろんそれは、年間で見れば交通事故死者より遙かに少ない数なのだけど。
●1の、学校で、という点での議論も多い。「校門を開けるか閉じるか」とか「開かれた学校」がどうのこうの、といった話だ。
 そんなの関係ないやん、と思うのはぼくだけ?
 学校の教室内で事件が起きたことは確かに衝撃的ではある。でも、あそこまで「狂った」相手に対して、全国の学校が防衛する、というのは滅茶苦茶な話。もし全国の学校の防犯体制がおそろしく強化されたとしたら、ああいうやつは通学路で犯行に及んだことだろう。あるいは公園に行ったかもしれないし保育所かもしれない。死傷者数はもう少し少なくなるかもしれないが、遺族にとってはかけがえのない子供を亡くすことには違いがない。もしかすると、今この瞬間にも交通事故で子供を亡くして、報道さえされない人もいるかもしれない。そんな子供やその家族に比べると、遙かに多くの人々に同情され、花を手向けられ、いつまでも話題になる分まだましだとさえいえる。
 学校に少しでも何かの責任を負わせよう、という論調はほとんど八つ当たりとしかぼくには思えない。
●母校のすぐそばで起きた事件で、あそこを母校としている同級生も一杯いるので、最近色々と話をしたりメールをもらったりもする。何かをしてあげられないか、という動きもある。ぼくも役に立てることがあるなら、何かしてあげたいとは思っている。死んだ子や遺族に、ではなく生きている子供たちに。でも、殺された子供たちに対する同情の度合いは、まったく自分と無関係な事件に対するものとさほど変わりはしないのだった。
 因果というかなんというか、最初に思ったのは、現場にいた子供たちは、もうこの先一生、ホラー映画を楽しむことはないんだろうか、とかミステリなんて読めないんだろうか、「かまいたちの夜」も遊べないんだろうか、ということだった。
 次に考えたのは、トラウマを受けた子供たちの中から、将来殺人者が生まれたら……ということだった。半分は本気の心配で、半分はネタ探しだ。
 我ながら、つくづくひどい人間だと思う。

【7月6日(金)】
●先日の朝日新聞に載っていたのだが、石原知事は田中真紀子を批判して「オヤジならこういうときもっとうまくやっただろう」といった意味のことを言い、「劣性遺伝じゃないの」と言ったらしい。
 すごく好意的に解釈すれば、「田中角栄のあの能力は劣性遺伝で、奥さんにはその遺伝子がなかったので娘には遺伝しなかった」と読めなくもないのだが、まあ単に石原がものを知らないのだというのが正解だろう。
 石原がバカなのはともかく、大新聞がこういう発言をそのまま載せて、言葉の誤用をそのまま放っておくというのはいかがなものか。もしかして朝日の記者もデスクも「劣性遺伝」の正しい意味を知らんのでは?

【7月7日(土)】
●二年越しのお約束、いっこく堂(劇団名なので「さん」はいらんか?)との対談がついに実現。いやー、感無量。
 1時間くらい余裕を見て家を出るつもりが、寝坊した上にスピード違反で捕まってあわや遅刻、というぎりぎりに対談場所のホテルに到着。すでに全員到着していて、いっこく堂は写真撮影を終わったところ。すぐにいれかわって撮影。今度は二人(人形つき)で撮影。
 そして対談。――この模様は8月発売の人形シリーズ最新刊『人形はライブハウスで推理する』に収録予定なのでそちらをご覧ください。
●解散後、河内さんの旦那を呼んで河内さんと三人で食事。

【7月8日(日)】
黒田研二『硝子細工のマトリョーシカ』(講談社ノベルス)。
 生放送のテレビドラマ、というので島田荘司の「糸ノコとジグザグ」のテレビ化の時のことを思い出したが(岸本加世子か誰かの主演で、二時間ドラマ史上でも珍しい生放送だった)、あんまり関係なかった。もう少し「生ドラマ」を作る側の緊迫感もあると盛り上がったのではなかろうか。
 最後はタイトル通りの結末を迎えるわけだが、何だか込み入ってて正直よく分からない。整理不足なんじゃないかという気がする。
乙一『きみにしか聞こえない』(角川スニーカー文庫)。
 表題作が一番泣けるかな。展開は予想できるのだが、簡潔な文章でツボを押されるとどうしようもない。どれもいいのだが、書き下ろしの「華歌」は完全に予想外のオチで背負い投げを食らった。こんな手も使うのか……。
 とにかく乙一の文章は余りにも肌に合いすぎるくらい合うということに改めて気づく。

【7月9日(月)】
舞城王太郎『煙か土か食い物』(講談社ノベルス)。
 面白い。この文章とキャラクターメイキングは気に入ったのだが、ミステリ部分はいらんな(水と油……というより、単にくだらない。「くだらない暗号だ!」といえばくだらない暗号が許されるかと言えばそうでもないだろう)。今度は純文(「現代」か何か)らしいのでそっちの方に期待。(この日記をアップした後で「『現代』じゃなくて『群像』ですよ」と編集者氏から連絡あり。「書かないで」とは言われなかったので別にいいんでしょうね。近々載るそうです)


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