ジャンル 一般 |
山行報告 西山ハイキングクラブ |
||
行き先 |
大峰山・和佐又ヒュッテから前鬼口 |
||
日時 |
2025年6月30〜7月1日(月・火) |
天気 |
晴れ |
<参加者> 6名 |
|||
<コースタイム> 30日 JR長岡京4:00〜和佐又ヒュッテ7:20〜朝日窟8:35〜文殊岳9:00〜大普賢岳10:30〜七曜岳12:50〜行者還14:10〜弁天の森17:35〜聖宝の宿跡18:25〜弥山小屋20:10 1日 宿出発4:30〜(弥山登頂と朝食)〜宿出発5:30〜八経ヶ岳6:10〜船のたわ9:30〜運転手のA・B組と2班に分割10:30〜孔雀岳100m手前14:15(救助要請)〜救助ヘリ到着17:10〜登山再開17:20〜釈迦ヶ岳19:30〜深仙小屋21:00 2日 深仙小屋4:45〜太古の辻5:30〜二つ岩6:30〜前鬼小仲坊7:40〜車止め8:20 |
|||
<リーダー報告> @ 二日目、朝一番で弥山に登ってから弁当にしてもらった朝食を食べ、出発。Cさんの弥山登っている様子を見ると昨日と同じ感じなのでやばいかも?と不安に感じたがSLに相談しなかった。 A 予感は的中し、さらに遅くなり、平地でもペースアップできない。本日は下山日、タクシーの予約をしていた。ドライバー2人(A・B)を先行させ、下山時刻が遅くなることに備えた。 B 残り4人で歩くがますます遅くなり、ふらつきや意識が遠い(受け答えに覇気がない、目があいていない?)が感じられた。 C 時間は2時近く、「30分眠って休みたい」と申し出てきたのでこれ以上は無理と判断。救助要請をした。 D ヘリ到着まで3時間要し、その間Cさんは殆ど眠っていた。 E 17時ようやくヘリが到着し、Cさんは運ばれていった。残されたCさんの荷物を分け登山再開。日没までに釈迦ヶ岳を超えるよう急いだ。 F ヘリで運ばれたこと、登山開始時間など、グループラインに送ったが電波がなく、時差があって届いた。SLからも「Cさん釈迦ヶ岳は無理、引き返すことを考えたほうがいい」と、ラインを入れてくれていたが後に届いた。 G 釈迦ヶ岳を下り初めで日没を迎え、笹藪の下に段差や岩がかくれているのが見えづらく、Iさんが度々こけた。 H 深仙小屋に着き、下山続行しても下山時刻は23時、危険と判断し宿泊することを決定した。 I 避難小屋に泊まることを連絡するにも電波が入らずauだけが通信でき、電波を求めて登山道に登ったり下りたりした。SLは留守本部や家族の連絡もしてくれた。 J 翌朝、明るい中、下山できてよかった。 K 前鬼口小仲坊に着いてホッとした。車止めまで遠かった。 L 下山出来、山道を歩かなくてもいいのだいうことに心底安堵した。 M 一度自宅に帰ったBさんが前鬼口まで戻ってきた。分乗して道の駅で温かいうどんを食べた。染み入るほどおいしかった。 N 帰りに温泉に寄ってもらい、きれいさっぱりしたので気分も晴れた。 O 病院に迎えに寄った。元気に回復していたのでよかった。 P 救助ヘリを呼び、立派な遭難1件となってしまった。 原因を考えると参加者の自己の体力、持病への理解不足。 リーダー間での報告相談不足。 CLの経験不足から柔軟な考えや厳しい決断ができなかったのが大きな要因と思われる。 健脚例会は高齢化が進む当会において難しいものとなっていくのだろうか?10年前にはほぼ同じ距離を歩く例会が実施されているが? 申込者の力量を当人とリーダーがわかる目安ができれば、今回のような事故が防げるように思う。 また、持病のある人、持病ではなくとも、山行中や山行後に重大な体の不調があった人は縦走登山への参加を見合わせる配慮もする必要があると感じた。「前回はあかんかったけど今回は行けるはずだ」に賭けるのは危険なことだ、と今回よくわかった。 今回、最悪な事態は免れたのが本当によかった。 メンバーの一致団結した協力に感謝します。 ヒヤリハットあり |