京都ダウン症児を育てる親の会(トライアングル)会報


(1999年4月号 掲載)

厚生省児童家庭局母子保健課
「出生前診断に関する専門委員会」
委員長 古山 順一 殿

出生前診断に関する専門委員会から出された
「母体血清マーカー検査に関する見解案」に対する意見

 私は、十数年にわたり京都のダウン症児を育てる親の会に関わっており、ダウン症の子ども達を愛し、ダウン症者やその家族の幸せを心から願う者です。この意見書では見解案の中の大変すばらしい点について意見を申し述べさせていただきます。

 見解案中の「この検査は、医師が妊婦に対してその存在を積極的に知らせる必要はなく、検査を受けることを勧めるべきでもない。また、医師や企業等はこの検査を勧める文書などを作成または配布すべきではない。」の部分は、母体血清マーカー検査の扱いについての基本姿勢であり、もっとも重要な部分であると思います。この部分を入れられた委員の方々の見識を高く評価いたします。見解案のこの部分は絶対に削除されないようにお願い致します。

 母体血清マーカー検査は胎児の選択的中絶を視野にいれた検査です。胎児の治療を目的としたものではなく、障害があれば抹殺してしまおうという一環の流れの最初に行われる検査です。それが医療行為であるとはとても思えません。しかもこの検査は診断結果がとてもあやふやなもので、それ自体ではなんの確定診断もできず、いたずらに妊婦に不安を与えるばかりで、どんな結果が出ても妊婦を釈然としなくさせます。検査結果によっては妊婦を危険性の高い検査へ誘導する事になるとの事前説明も十分に行われないまま実施される場合があります。胎児に異常があれば妊婦は、時間的にも心理的にも余裕がない状況で「自己決定せよ」と追いつめられ、周りの重圧によって否応なしに不本意な自己決定を迫られることにもなります。この検査は、妊婦に「障害をもつ子を産んではいけない」との脅迫観念を植え付けるものであり、また、だれもがいずれは障害者になる可能性があるにもかかわらず、社会に「障害者は不要」という偏見にみちた通念を浸透させるものです。そんな検査を知らされる事は胎児をいつくしむ母性をもった妊婦には迷惑でもあります。

 見解案でも問題点にあげられているように、この検査は「不特定多数の妊婦を対象に胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング(ふるい分け)検査として行われる危険性」があります。規制なしでは医療産業という大きな波にのって、その弊害も知らされずにどんどんと社会に広がるでしょう。障害をもつ胎児をふるい分ける行為は、現在生活している障害をもつ者の存在を脅かすものであり、母体保護法に改正される以前の優生保護法の中にみられた優生思想へと逆行するものです。見解案であげているこの危険性を回避するために検査の普及には歯止めをかける必要があり、この「・・知らせる必要はなく・・」の部分は絶対に不可欠です。

 この検査を母親の「知る権利」や「社会的ニーズ」を掲げて積極的に推進するべきであるとの意見がありますが、医学の進歩にともなって今後ますます細部にわたり、また専門性をおびてくる個人情報の提供、受ける側の「知る権利」は「自分の事について」に限定されなくてはいけないと考えます。胎児は母親の体内で育つとはいえ、母親とは別の生命です。母親が胎児を「自分に不都合があれば中絶してしまおう」とする情報提供の前には、胎児の生まれようとする権利は尊重されません。それを知る側が「権利」と主張する事ができるでしょうか。また「社会的ニーズ」についても、「障害をもつ子が生まれるのは不幸」との間違った考えに基づいた要求であり、現実に普通に生活している当事者やその家族の大多数の「生まれてよかった」「産んでよかった」という訴えに反するものです。社会にそのようなニーズを生じさせる競争主義的な現代の風潮こそが改められるように取り組むべきです。

 厚生省が出生前診断の検査の実施を容認する以前に行うべき事は、全ての人が遺伝や障害について勉強できる機会を与え、障害をもつ人もそうでない人も共に生きる社会づくりを啓蒙していく事、障害について正しい認識をもった人間性豊かなお医者さんを育成し、医療と連携したカウンセリング体制を充実する事であり、その具体的なシステム作りこそが先決と考えます。その事にもっと予算をつけて下さい。

 この見解案にある、「現在、我が国においても、また、国際的にも、障害者が障害のない者と同様に生活し、活動する社会を目指すノーマライゼーションの理念は広く合意されている。胎児であっても障害を有する者もそうでない者も同様に命が尊重されるべきことは自明であり、この技術は胎児の疾患を発見し、排除することを目的として行われるべきではない。」の記述はまさにそのとおりですし、重要な理念です。この見解案の大変すばらしい部分であり、明記された事は非常に意義があると思います。この理念に基づいたガイドラインであったなら、それは日本が真の文化国家として明示されたものとして高く評価され、世界の手本となると信じております。

 くり返し述べますが、「この検査は、医師が妊婦に対してその存在を積極的に知らせる必要はなく、検査を受けることを勧めるべきでもない。また、医師や企業等はこの検査を勧める文書などを作成または配布すべきではない。」の部分は絶対に削除されないように、くれぐれもお願い致します。

1999年2月28日   
近藤 雅子   
京都市東山区五条橋東6丁目541   



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