京都ダウン症児を育てる親の会(トライアングル)会報


(1997年8月号 掲載))
父親の見た有香の   

中学生時代(中学生の自覚)

高平福治   

 学校まで歩いて30〜40分。毎日、元気に出かけていく娘を見て思ったより順調な滑り出しを喜んでいる父です。当初、通学路を教える為、母親が送り迎えをしていましたが、現在は友達と途中で待ち合わせ一緒に登校、下校は一人で帰るという状態です。
 でも、小学校から中学校への変化は大きいですね。中学校では教科別に先生が替わりますし、教室の移動も多くなります。でも何と言っても同級生が3倍になった事が一番かもしれません。

 中学生になって、変わったことは教科の中に「英語」がある事。
「ハー・ワー・ユー」「カミーン」と身振りを入れて楽しそうに「こう言うんやで」と説明してくれました。先日は母親の友達が帰る時「英語習ってるんや」「シー・ユ−」とやって大喝采だったそうです。英語はずいぶん彼女の世界を広げてくれる事でしょう。(私としては、ローマ字を覚えてくれた方がパソ通が楽かなと、勝手な事を思っています・・カナ入力は大変ですから)

 弁当。京都市は中学の給食普及率が全国で最低ランクなので中学=弁当の感があります。小学校の時は朝寝坊だった娘が30分以上も早く起きて毎日、母親と一緒に弁当を作っています。(正確には5月始めからは睡魔及び弁当作りが目新しくなくなったことに負けてやっていませんから「いました」です)
 ご飯が好きな彼女は、兄が弁当を持って行くのを見て、早く中学生になりたいと思ったにちがいありません。でも、パンが良いと言う時もたまにはあるようです。周りの友達の影響でしょうか。

 制服と言うものも中学生になって初めて着ました。少しお姉さんになった様な感じです。でもスカートは苦手です。今までズボンばかりだったので・・・「ユカさんは、スカートでもあぐらをかいている」と先生の間で評判になってしまいました。(これは早く直さないとヤバイ!)

 小学生から中学生への大きな変化の波が彼女の自覚を大きく育てているように思います。自分の意志をはっきり言う事も多くなった様な気もします。益々広がっていく彼女の世界。力強く歩んで欲しいものです。


このページへのお問い合わせはトライアングル事務局まで


会報No.71のindexへもどる
会報バックナンバーのindexへもどる
三角データベースのindexへもどる

homeへもどる