京都ダウン症児を育てる親の会(トライアングル)会報


(2012年12月号 掲載)
 出生前診断について論議がなされる中、11月13日東京にて日本産科婦人科学会の公開シンポジウムが開催されました。トライアングルから佐々木和子さんに参加をお願いし、その内容および今までの経緯も含めて「意見書」を作成していただきましたので、お知らせ致します。尚、この意見書は12月中旬に「指針」を出す予定の産科婦人科学会へ提出済みですので、ご了承ください。それと、京都新聞社にも「育てている立場からの意見」として送付いたしました。


出生前診断について今思うこと

2012年11月25日

日本産科婦人科学会理事長 小西郁生殿
    倫理委員会委員長 落合和徳殿
母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会委員長 久具宏司殿
母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会    委員各位殿

京都ダウン症児を育てる親の会
佐々木 和子

    
「母体血を用いた出生前遺伝学的検査」についての意見


 私たち京都ダウン症児を育てる親の会は発足して27年になります。
1996年に母体血清による出生前検査が、マスコミを通して「儲かる検査」として報道された時、親の会会員対象に『出生前診断及び、母体血清スクリーニング検査に関するアンケート調査』を行いました。そして、81%の親が我が子をかわいいと思い、産んで良かったと思っている結果を持って、貴学会及び厚生省(当時)に検査の中止を申し入れ、厚生省のヒアリングにも参加し、意見を述べてきました。
 あれから16年が経過し、私たちの子どもも立派に成人し、仕事に、趣味活動にと、元気に楽しく日々を過ごしています。今、私たちは、あの時以上に、産んで良かったと実感し、我が子の笑顔とともに、世間の誤解や偏見や差別に屈することなく堂々と生活しています。そんな、不幸とは無縁の私たちの生活を否定するような、出生前検査を認めるわけにはいきません。
 しかしながら、検査が存在し、選択は個人の自由意思という言葉のもと、実施されている現実があるのも知っています。
 8月末にマスコミを通して新しく「母体血を用いた出生前遺伝学的検査」がまた、「母体血で99%ダウン症がわかる」と大きく報道され、なぜ、私たちの子どもが生まれるべきではないかのような言い方を繰り返しされなければならないのか、強い怒りと悲しみを感じました。
 新しい検査が「朗報」であるかのような報道は、人々の障害に対する獏とした恐れや不安をかきたて、障害を持つことや遺伝病に対する差別、偏見を助長させることになります。
このような検査の導入に強く反対します。

 11月13日の「出生前診断-母体血を用いた出生前遺伝学的検査を考える-」公開シンポジウムに参加させていただきました。
 ダウン症協会の玉井理事長が「なぜ、ダウン症がいつもダーゲットにされるのかを考えた時、ダウン症の子どもが長く生きるから」と言われました。出生前検査とは、親にこんな残酷なセリフを言わせる検査であるということを強く心に留め置いていただきたいと思います。
 貴学会からは、「生物の多様性」「ひとは誰でも遺伝子の変異を持っている」「自然の摂理の中では普通に起こる事」「判断できない異常は数多くある」等の発言があり、それならば、出生前検査など必要ないのではないか、と思ったのは私だけではないと思います。

 また、貴学会が、今回の検査が母体血清マーカー検査と違い、遺伝子の時代に入ったことで、ダウン症の検出のみならず、検査が広範に行われた場合には社会的に大きな混乱を招くことを危惧されていて、その為に今回の臨床研究で、遺伝カウンセリングの構築に重点を置いていることがわかりました。遺伝カウンセリングの重要性は十分に承知した上で、意見を述べさせていただきたいと思います。

 私は、2005年より、文部科学省科学技術振興調整費振興分野人材養成プログラムとして5年間、非医師遺伝カウンセラーの養成が近畿大学と京都大学で行われ、外部評価委員として一般から参加してきました。院生の授業内容は高度かつ、大変豊富なもので、遺伝カウンセリングを行う上で必須であると認識していますが、継続して評価していく中で、一般の人の生活感覚とのギャップを感じていました。日本ではカウンセリング体制が整っていないため、一般には遺伝カウンセリングについてほとんど知られていず、また、高度な知識を持てば持つほど、一般の人との知識の差ができ、カウンセリングの前段階(基礎知識を知る)が必要になってくる。内容が難しくなれば、とても時間が足りない。クライアントが理解できないまま、中途半端なカウンセリングで終わってしまいそうな気がかりがありました。外部評価委員を終了する時、その実態を明らかにし、そこから見えてくる問題の掘り起こしをしておくために、アンケート調査を行いました。
 対象は私の近隣地区住民及びダウン症の親、他、です。
 集計293で、82%が遺伝カウンセラーを知りません。にもかかわらず、60%の人が、関心があると答えています。遺伝カウンセリングに関心があるのか、遺伝そのものに関心があるのか、意見を読んでいると、判断しかねるところがありますが、関心があるけど、よくわからない、知識がない、という意見が多い。
 また、「関心がない」と回答している人の意見の中にも「もっと知らせるべき」という意見も多くあります。自分は遺伝カウンセリングを受けないけれど、必要なこと、と思っていると受け取れます。また、「これを機会に関心をもった」「正しい知識をえることは重要なことと思います。正しい情報が知らされるよう、頑張ってください」等、記述内容を読む限り、カウンセリングだけではなく、遺伝に関して数字には出ていない「関心や問題」が読み取れます。
 遺伝に関して学ぶ機会がなく、その為に遺伝や障害についての誤解や偏見、差別が起こっている日本の現状が浮き彫りになっています。
 結果、アンケートの目的である「気がかりな実態」が明らかになっています。

 私は子どもがダウン症であったことから、生物及び、遺伝(遺伝子)に関心を持ち、紐解いてきました。そこで生物の多様性の意味と奥深さを知り、ダウン症を始め、様々な特性は自然な表れの一つであること、と納得しました。
 子どもとの生活は心豊かで楽しく、多くを学んできましたので、ありのままに生活を送る、というのが良いと考えています。アンケートには、そういう意見の人も多く、また、遺伝子は慎重に扱うべき、との意見もあり、とても重要なこと、と思っています。
 しかし、遺伝子産業はどんどん日常生活に入ってきていて、企業の中にはビジネス(利益をあげる)として、インターネット上で、お金になる遺伝子検査を次々と募っている所もあります。
 一般の人は軽い気持ちで検査を受けるのでしょうが、検査用試料で企業が興味ある遺伝子を調べようと思えばできることや、遺伝子はとても複雑に働き合うために、遺伝子の型だけでは何も決定づけられないことを、どれだけの人が知っているのか疑問です。
 一般社会に、ダウン症だけでなく、様々な障害を持つ人たちやその家族が日々、当たり前に暮らしていることについての情報が、正確に伝えられていませんし、障害のある子どもを安心して産み、育てることができる福祉や、教育面における社会的支援体制がまだまだ不十分です。
 障害児や、障害とともに暮らすことへの共感をもつカウンセラーが今の社会や教育環境の中、それ程、育っているとも思えません。
 その上、カウンセリングやマスコミ報道は「中立」という立場をとりますが、社会は障害者や弱者を排除する傾向にあり、決して公平とは言えません。
 そんな中で、「母体血を用いた出生前遺伝学的検査」の導入は限定つき臨床研究とはいえ、対象者が本当の意味での「個人の選択」ができるとは思えません。

 今、するべきことは、障害とともに暮らすことを積極的にとらえられるような遺伝カウンセラーの養成とともに、貴学会のいわれた、生物の多様性を納得できるような遺伝/遺伝子についての知識の普及、障害者本人やその家族によるピアカウンセリング体制の確立、社会的支援体制の充実です。
 知識の普及に関しては、貴学会より文部科学省へ生物の学習の中に生命体、特にヒトについて、正しい知識を早くから学習する機会を作るように強く要求していただきたい、と考えます。

 私たち京都ダウン症児を育てる親の会は、障害があっても、共に学び、共に暮らす、活動しています。社会は様々な特性を持つ人たちを含んで造られており、人は決して一人では生きていくことはできません。誰かを排除するのではなく、互いに支え合って生活してこそ、人としての気づきがあり、安心と幸せを手に入れることができると確信しています。誰もが検査など受けなくても安心して子どもを産み、育てる社会が来ることを願って、これからも活動を続けていきたいと思っております。

 12月中旬には貴学会が「指針」を出されるとのことですが、私たち京都ダウン症児を育てる親の会の意見を考慮していただきますよう、お願い申し上げます。


添付資料:「遺伝カウンセリングに対する一般社会の認知度と感心」 アンケート調査報告
     佐々木和子:京都ダウン症児を育てる親の会
近畿大学遺伝カウンセラー養成課程外部評価委員(2005年〜2009年)


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