京都ダウン症児を育てる親の会(トライアングル)会報


(2015年12月号 掲載)

福山富起子

 昨年の総会に「20週年はホテルで講演会と宴会で御祝いしたなぁ。30周年はどうする?」という会話をしたのが、始まりでした。総会後に、会員さんに花火師さんいるけど、盛大に花火をあげようかと話が持ち上がりました。京都では花火はあげられない。ならば滋賀県へと会場探しに行きました。会場の広さや予算など考えてこれならばというのがあったのですが、京都の親の会やし、御祝い会は京都でしなければと花火はボツになりました。
 
 その次に企画に挙がったのが、体育館を借りてトライアングルに運動会をしてはどうだろうかでした。島津体育館を借りて、トライアングルらしい運動会をしようと考えました。早速、下見に行き、参加して楽しい種目を考えたり、ダンスや音楽があったら楽しいかも.....など話が盛り上がっていました。しかし、当日に動く元気が今の事務局では不安やなぁと言い出して、これもボツになりました。
 
 3番目にあがったのが、ファッションショーでした。ファッションショーもただ衣装を着て歩くのでなく、布から手作りして、自分たちの思いのこもった衣装をまとってランウェイを歩くのは素敵ではないだろうか、とようやく決定したのが昨年の暮れでした。それをメインに、一芸、飛び入りランウェイ、展示、パネル、など日頃みんなが頑張っていることを沢山の人に披露したいと、いろんな企画をどんどん考えました。
 
 事務局が一番こだわったのは、一般の人達に見ていただく、啓蒙活動でした。誰もが参加して楽しめ、そして本人たちがキラキラ輝けるというコンセプトのもと、いよいよ活動開始です。
 
 まずは会場探し。何人参加なのか、予想もつかないのですが、一般の人達に見に来ていただくには、入りやすい会場がいいとみやこめっせに決定。そこからは、高い会場費や経費などのお金の工面に奔走しました。助成金を貰うために、顧問の佐々木さんがいろんな知恵をくださり、何回も書類を書き直し、やっと通った時には山を一つ越えた感じでした。
 
 同時進行でしていた、ファッションショー準備や当日企画の出し物、ブースとやることは山積みでした。事務局は各部署に分かれそれぞれが動き、知恵を出し合い、沢山の会員さんの力を借りて出来ました。ポスター、チラシもその一つです。デザインの得意な会員さんにお願いして制作してもらいましたが、事務局の無理難題を受け止め、素敵なポスター、チラシが出来上がりました。
 
 8月。いよいよ、当日に企画運営について具体的に活動開始です。下見も3回行きました。ボランティアさんもここから動きに参加です。音響さん、撮影スタッフ、ファッションチーム、ボランティア学生、事務局とそれぞれが企画に合わせて動きました。会報でも作品募集やスライドショー写真募集などしましたが、なかなか集まらない。人海戦術で頑張りました。
 
 10月は怒涛の日々でした。マスコミや新聞等の広報、関係各所のボスター、チラシ配布、当日のバンフ作成など、やることは沢山ありました。
 一番の心配ごとは、当日の参加数が読めなくて、どのくらい準備したらいいのかが分からないことでした。「広い会場がスカスカだったらどうしょう...」と考えてました。
 
 そんな心配は無用でしたね。700名以上の人で、立ち見で見ていた人には、申し訳ないくらいでした。お蔭さまで、沢山の方々の笑顔、本人たちのキラキラした姿が見られ、大成功でした。会場が大きな愛に包まれたトラフェスでした。たかが30年。されど30年。本当に厚みのあるトライアングルだと痛感しました。
 
 今回、私はファッションショー担当でした。事務局の中では一番楽だったかもしれません。4月から月1回のスタート。布にペイントからはじまり、歩き方の練習、衣装制作などやることは沢山でしたが、ファッションチーム3人組が最強のコンビで進めてくれて、私は指示されたことをこなせば良かったからです。あんなに素敵なファッションショーに関われて、嬉しく思います。小学生チームの予想しない動き、10代の衣装のイメージ作り、20代のゆっくりした動き、どれをとってもファッションチームの工夫が見られます。動きは予想しない本人たちだけに、あらゆることを想定し、準備してくれた3人組にはほんとに頭が下がりました。同じ空間にいられたこと、改めて感謝でいっぱいです。この3人組はTKBの事もあり、二束の草鞋で頑張ってくれました。ほとんど裏方の彼女たちの頑張り。成功しないほうがおかしいですよね。見ている人達を笑顔に幸せにしてくれたファッションショー。なんといっても本人たちのキラキラした顔。最高の瞬間でした。 。
 

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