高平福治
中学に行くに当たっての親としての目論見は本来なら もっと早い時点で書くべきたと思ったのですがタイミングを失したこともあり今になってしまいました。 娘を普通学級に通わすことにした基本は、出来るだけありふれた普通の中学生の生活を送らせたいと言うことにありました。それと同時に、級友たちにいろいろな人がいることを肌で知ってもらい、同世代に理解者を増やすこと、先生にもこういう生徒を受け持ってもらい障害を持った生徒に対する認識を深めて頂きたいという目論見でもありました。 中学では教科毎に先生が違いますから娘と関わって頂く先生の数も小学校の時より、ずっと多くなります。(小学校では担任と障害児に理解のある数人の先生が関わるくらいです) 「なんでこんな生徒が教室にいるんや」と思われる先生もたぶん居られたでしょうが、とにかく自分の生徒ですから、それなりに考えて対応してもらえたのではないかと勝手に思っています。 結果はどうかわかりませんが、有香という一人の生徒がいること、彼女がいることによって廻りの生徒たちが受ける影響などを実際に感じ取ってもらい、障害のある生徒を理解してくださる先生、統合教育の良さを感じてくださる先生が、たとえ一人でも増えてもらえれば目論見は成功したのではないかと思っています。 それから、担任の先生も ほぼ全教科を受け持つ小学校に比べると心理的な負担も少しは軽く「障害を持った生徒」と言う意識もうすれて、よりナチュラルな生徒と先生の関係ができたのではないかと思います。 学業に関して言えば残念ながら十分なフォローを受けているとは言えません。と言うより ほとんど普通学級では特別なニーズに対してのフォローは無いと言った方が適切かもしれません。この件は普通学級に入れる時に予期していたことですので、それほどこだわりはありません。ほぼ予想に近い状況でした。 普通の生徒さえ授業が理解できず かなりの落ちこぼれを出している今の教育制度、教育課程で学ぶのですから、特別なニーズを持った子供にまで対応出来ないのは現状では仕方のないことかも知れません。 教育改革に関してはいろいろと論議、提言されているのですが、私は基本的には教育先進国並に20〜25学級――先生が一人一人の生徒と向い合える学級編成――の実現が前提にあり、そのなかで各種施策が行われる以外に解決の道はないのではと思っています。 今の学校、その中で娘は授業が(たぶん)わからないながらも、学業に興味や感心を持ち続けてくれるか、彼女なりのスタイルでいいから授業に参加しているかが常に感心ごとでした。 この点に関して彼女は処世術を習得したのか、結構うまくこなしている様に見うけられます。 以前にも書きましたが、国語の漢字学習などは好きでしたし、大の苦手な算数でも黒板に書かれたことを国語の書き写しとしてノートにきれいに書いていたりもしました。音楽も好きで学校で習った曲を教えてくれたりします。 他方、疲れたら、授業中熟睡してしまったり、ストレスが溜まると うまく(?)頭が痛くなり保健室で休養するなど、適度に自分をコントロールすることも出来ているようです。 学業以外について言えば、部活(家庭科クラブ)を結構楽しみにしている様です。特に料理を作るときなどは、前日から「パン作るんや。おいしいで」とニコニコしながら話してくれます。何回も試食しましたが、毎回うまく焼けていました。お陰で家でも食事の支度や後片付けなども よく手伝う様になったと思います。 友達もずいぶん多くなりました。保育園や小学校からの友達に加えて、新しい仲間が増えました。入学した頃は、変な(自分と比べて異質)女の子に対して意地悪をしたりする子がいましたが、今ではほとんどなくなったのではないでしょうか。子供たちが有香をかなり受け入れてくれた結果だと私は思っています。 卒業後の進路の問題もありますが、今は残り少なくなった中学生活を楽しく元気に過ごして貰いたい気持ちでいっぱいです。 <以下は蛇足です> 教育あるいは学校に関して、皆さんはいろいろと感じておられると思います。障害を持った子供に対してインテグレーション、ノーマライゼーションとか言われているけれど、現実は初めに子供がいて、そのニーズに応えていこうと言うより、教育制度があり それに子供を合わせて(選別して)いこうとしているのではないでしょうか。 京都では最近各学校に育成学級が設置されるようになりました。それは教育に関して子供や親の選択肢を増やす意味では良いことと思います。でも設置後の運営は本当に子供のニーズに応える形になっているのか充分 親として見守り、学校運営に意見を言っていく必要を感じます。 |