京都ダウン症児を育てる親の会(トライアングル)会報


(2008年2月号 掲載)
慶太郎、ハタチになる!?

 久しぶりの登場です。
 ご無沙汰している間に、昨年8月12日に二十歳の誕生日を迎えました。
 トライアングルの行事も、年に1回の合宿かクリスマス会に参加するくらいになり、その度に初めて会う人がいて、「ダウンちゃんてまだ生まれてるんや」となぜか感心しています。当然、慶太郎を知らない人もたくさんいるので、小さい頃の事を話します。今会う人は、おとなしくて、やりやすい、かわいい(?)お兄ちゃんというイメージだと思うけど(母の欲目?)、小さい頃の慶太郎は本当に大変でやりにくい子だったんです。

 点頭てんかんで入院し、食道狭窄で痛い治療と手術。とにかく食べない子で、3歳まで粉ミルクで栄養を取っていたし、手術で食べられるようになっても、ほとんどの食べ物を嫌がり、赤ちゃんせんべいとクラッカー、プリッツを主食に幼児期を過ごしました。朝食は赤ちゃんせんべい、昼食はクラッカー10枚、夕食はプリッツ1箱、それに粉ミルクを足すという日々が何ヶ月か続きました。

 カボチャを主食にしていた時もありましたねぇ。そのうちフライなどのサクサクした物を好むようになり、おやつ系からおかず系を食べる様になったのですが・・・それでも好きな物しか食べず、嫌な物が前に並ぶと大声で泣き叫ぶという、たちの悪い子でした。行事や合宿に参加しても、みんなの中に入らず、入らせようとすると大声で泣き、みんなと一緒のご飯は食べず、嫌がって大声で泣く、ボランティアさん泣かせの小学校時代でした。
 またその泣き声がすごく大きく、あきれる程でしたね。

 そういえば、いつの頃からか泣かなくなり、好き嫌いはあるものの、よく食べるようになりました。(例にもれず、メタボ街道まっしぐらですが・・・)あんなに大変だった幼児期も、必死になっている間に過ぎて、今落ち着いた日常に忘れてしまっているこの頃です。そしていつの間にか、二十歳を過ぎていました。

 二十歳の節目に、家族でお参りに行きました。我が家流の成人式です。ビシッとスーツを着て下賀茂神社へ行き、うろうろする事も奇声をあげる事もなく、とてもかしこく神主さんのご祈祷を受けました。スーツ姿の慶太郎はとてもカッコよく、でもやっぱりかわいいわぁ と自己満足に浸っている母です。

 現在、『よしだ学園』という授産施設へ通っています。箱折りを中心に作業をしていますが、毎日がとても楽しい様で、ごきげんで通っています。
 かわいい慶太郎くんは人気者の様で、お兄さんお姉さんがまめに世話をやいてくれます。どこへ行ってもほっとけないタイプの様です。
 しかし、いつまでもお世話になっていては困ります。これからも母の愛のムチで、ピシピシ、でも楽しく成長して欲しいと思います。

(母 山本秀子)





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