京都ダウン症児を育てる親の会(トライアングル)会報


(1998年6月号 掲載)

受精卵の着床前遺伝子診断(着床前診断とは)

佐々木和子   

 精子と卵子が受精した後の卵子を受精卵とよび、受精卵は個体形成の出発点です。この精子と卵子が受精する過程が通常、母体の中で起こることは当然のことですが、この過程を体外で再現する技術を「体外受精」とよびます。

 着床前診断はこの「体外受精」という技術を用いなければ出来ない診断なのです。

 体外受精をして2〜3日後、受精卵が4〜8個に細胞分裂した段階で、1個の細胞を取り出して遺伝子を調べる。受精卵はそのまま培養を続けて、診断の結果、「正常」とされた卵だけを子官に戻して妊娠させようという技術なのです。

 体外受精は不妊を治療するための技術として登場してきたのですが、着床前診断では受精卵のより分けの手順が加わる分、より多くの卵子を取り出さなければならないので、一般の不妊治療以上に危険性が高いのです。

 着床前診断とは、いわゆる出生前診断技術の一つで、今までは胎児の段階で障害を発見し選択的中絶を行ってきたけれど、これをさらに進めて、受精卵の段階で選別する技術なのです。

 昨年5月に公表されたガイドライン案では、診断対象は「重篤かつ現在治療法が見出されていない遺伝性疾患」で「これらを回避するための疾患遺伝子の診断を基本とする」とされています。1997年の世界統計によれば、現在、アメリカ、スペイン、イタリアなど13カ国で実施され、診断が行われた約400例の約3割が「年齢依存性染色体異常」(おそらくその大半がダウン症)の発症防止を目的にしているというのです。ここでもダウン症は診断のターゲットになっているのです。元気に生活しているというのに、です。

 また、この着床前診断を受けるためには、妊娠機能には何の不都合も持たないカップルでも体外受精が前提となります。女性は卵子を取り出す時や、診断後の卵を着床させるために多種多様なホルモン剤の投与を受け、様々な医療行為を受けなければなりません。最近、卵を取り出す時に使われる排卵誘発剤が卵巣過刺激症候群という重い副作用を引き起こすことが次第に明らかになっています。卵巣が腫れ上がり、腎臓や肝臓の障害、血栓症、脳梗塞などおこし、死に至る場合さえあります。

 しかも、現在の体外受精の出産率が15%前後に過ぎないことを考えれば、妊娠にこぎつけるまでに6〜7回もこの過程を繰り返さなければなりません。妊娠成立後も診断の確かさを再確認するために、羊水検査など胎児診断の実施が必須とされていて女性のみ二重のリスクを負うことになっているのです。

 着床前診断を受けるということが、どのようなことなのか、なにも情報が知らされないまま臨床応用されようとしていることに対して、私達は反対してきました。

 ヒトゲノム解析計画と言って、2003年には人の持つ遺伝子の全てを解明できると言われています。それと平行して病気の原因遺伝子も次々と明らかにされてきています。しかし、殆どの遺伝病は治療ができず、知らされた情報に対して私達は大変な決断と覚悟をしなければならない時代がこようとしています。

 着床前診断を含む出生前診断や先端医療技術に関する情報を公開し、社会全体としてこの技術をどのようにしてとらえるのか、本当に私達にとって幸せをもたらすものなのか、議論を深め、差別的なものには『NO』を言っていく必要があると思っています。

(参考資科:月刊いのちジャーナル1998/4「科学的な“間引き”」利光恵子)

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